第6話
「すみません……けど元はと言えばっ!」
「いや俺押し倒されて突然入れ替わったと思ったらビンタされただけなんだが……」
「うぅ……けど私っ……」
顔を赤くして枕を抱き締めそこに顔を隠すように押し付ける亜里朱。
時刻は日付が変わってすぐ、彼らは無事に身体が元に戻っていた。けれども亜里朱は先ほどの出来事のダメージが抜けきっていないようだ。
シンは悪くない。それも全面的に。それは亜里朱も分かっているのだがそれでも納得が出来ないのが乙女心。とても複雑な心境だった。
「うぅ……もうお嫁にいけません」
「はぁ、まぁ身体が元に戻ったんだ。じゃあ俺はこれで……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌てて呼び止める。
「なんだよ。責任とって嫁に貰ってくれってか?」
「ち、違うからっ!私、いきなりこんな訳も分からない世界に1人放り出されてもどうすればいいか……」
「あー……まぁ何とかなるだろ」
実に適当に答えたシン。
「ちょ、ちょっとっ、本気で待ってよ!このままだと私野垂れ死にする未来しか見えないし、ちゃんと責任持って元の世界に送り届けてよ!」
「えぇー、やだよ。めんd……まぁなんだ。人生生きてりゃ何とかなるさ!」
無言で冷たい目線をシンに向ける亜里朱。
「わーたよ、俺だって右も左も分からない迷子のやつほって消えたりしねぇよ。最後まで面倒見てやるさ」
嘘だ、さっきめんどくさいって言ってたではないか。とは亜里朱は言わない。この男に何を言っても疲れるだけだ。
「ありがとう……、私にも出来る事があれば言ってね。ただおんぶにだっこじゃ申し訳ないし力になりたいから……」
「まぁ……考えとくよ、それより今日はもう寝ようぜ。色々あったし今日はもう何も考えたくない」
「それもそうですね」
色々な事があって流石に疲れた、寧ろ戦闘をずっとしていた方が楽だったかも知れない。だが身体も元に戻った、これなら楽に今回の世界も救えるだろう。
そう思ってた時期がありました。
「な、何でまた入れ替わってるの!?」
「あれだな。これは夜だけ元に戻るパターンだな。時限式で恐らく24時から俺らが目覚めた5時。これが俺らが元の体に戻れる時間だな」
目を覚ました時、二人の身体はまた入れ替わっていた。実に迷惑な事に元に戻ったのは一時的なものだったらしい。けれども悪い話ではない、ずっと元に戻れないと思っていたのが僅かな時間でも元に戻れる時間が分かっただけでも儲けものである。
だがしかし亜里朱はせっかく戻れたのにまた入れ替わってしまったことにショックを隠せないでいた。
「うぅ、そんなのないよぉ」
「いつまでそうしてるんだよ。今日は外に出るぞ、そろそろ動いていく」
「えっと……それはどういう……」
「そういや情報共有がまだだったな。とりあえずお前には世界を救ってもらう、これは前に言ったな?」
「うん。けどそれは具体的にどうするの?」
いつまでもウジウジとしてられない、正直不安でいっぱいだしできる事ならここでじっとしていたい。けどそうは言ってられない、間違いなく自分は1人だったら何も出来ないのだから少しでも彼の役にたてるのであれば頑張って見ようかなって思う。
きっと彼はずっと1人で戦ってきたんだと思うから。
「まぁ言っちまえばこの世界の主悪の根源みたいなのをぶっ壊すなり無くしたりすればいいんだ。世界によって根源は様々で、人間だったりモノだったり動物やモンスターだったりすることもある。まず大事なのは情報収集と世界についての理解だが第一目標はこの根源の発見だと言っていいだろう」
「なるほど……人だった場合はやっぱり……」
「手っ取り早い話殺すのが1番楽だな。おいおい、そんな顔するなよ。確かに殺すのが1番楽だしそうするしかない時だってある、けどもし仮に改心させたり世界を脅かす事も出来ないほど追い詰めてやればそれでも解決する事が出来る」
どうやら顔に出ていたらしい。人を殺す、それは出来そうにない。どんなに悪い人だって自分と同じ1つの命なのだから。平和な日本で育った亜里朱に殺すという選択肢は最初から存在しない。
「シンは……」
「あぁ。この手で数多くの命を殺めてきた」
「っ!?」
「怖いか?許せないか?別に構わない、それが普通の反応だ。例えどんな事があっても許される事じゃない、世界を救う事になっても数多くの人が助かる事になってもな。それでも俺は後悔していない、そうすることでしか守れないモノがあるのなら俺は躊躇わない。結局は守るには誰かがそうする必要があるんだしそうすることでしか得られないモノだってある。だからお前は俺を許す必要も無ければ真似をする必要もない」
「……」
そう言うシンの瞳は何処か悲しげに揺れていた。今は自分の身体だがそのまるで自分を攻めてくれと言っているようなポーズがとても痛々し見える、まだ出会って時間は全然経っていないけれども、亜里朱にだって分かるぐらいに彼は優し過ぎるのだ。
何故見ず知らずの私を助けたのか。
身体が元に戻った時に何故すぐに別れなかったのか。
彼は色々と無茶苦茶な所もあるし正直一緒に居て疲れる。けどそんな彼のお陰で自分は落ち着いてられる、そうじゃなければ発狂しててもおかしくなかった。亜里朱は馬鹿じゃない、最初はそんな余裕もなかったが今ならわかる彼の何気ない気配りに彼の人柄が伺える。
一体どれだけ頑張ってきたのか。一体どれだけのモノを1人で背負ってきたのか。
「きゃっ」
「舐めんじゃねぇぞ……俺は望んでやって来たんだ。同情なんてしてんじゃねぇよ」
「だって……そんなの悲しいよ!」
「うるせぇよ!お前に何が分かるってんだ、俺だってなぁ!」
胸倉を掴んだまま怒鳴り散らす。それでも亜里朱は言わなくちゃいけないと止まらない。
「わりぃ、まぁ忘れてくれ」
「……うん」
だが亜里朱は納得していない。きっとこれは忘れてはいけないんだと心がそう訴えている。
「話を戻すぞ。俺はその根源が何となく何処にいるのか、あるのかが分かるんだ。ただはっきりと分かるわけじゃないからこの目で見るまで断定は出来ない。だから最初は情報収集しながら動き回ってその根源を見付ける事から始まる」
なるほど、と亜里朱は思う。
きっとシンはこの街で根源の気配を感じたんだろう。そしてこの前1人で外に出た時に何かあったんだとこの時感じた。
「ここは分かりやすい世界で貴族が中心だ、そして貴族ってのは分かりやすい。派手なのが好きでプライドの塊で何より面白いモノが好きだ、だからまず今日は貴族世界である社交界に出る下準備をするぞ」
「社交界……ってあの?」
「あぁ、お互いに自分の家とかの自慢しまくったり権力の大きさ見せびらかしたり踊ったりするあの社交界だ。根源は必ずそこにいる、そう俺の感が言っている」
「でもどうやって?私達身分すらなければお尋ね者ですよ?」
「簡単だよ。貴族ってのは大きな力を欲しがる、そして物珍しいモノが大好きなんだ」
亜里朱はこてん、と首を傾げる。きっと元の身体なら可愛らしかっただろう。しかし今は男、整ったシンの顔のお陰でキモくはないが何だかマヌケに見える。
「ここはいっちょ、ドラゴン退治と洒落こもうじゃないか」