第3話
あのあと動けそうに無かったシンが
「お前が俺を運べばいいんじゃないか」
と言って拍子抜けするぐらい一瞬で街に辿り着いた。なんでこんな簡単な事に気が付かなかったんだ、とケラケラと笑うシンにもはやため息しかでない亜里朱。
これがファンタジーパワーなのかと未だに現実を受け止めきれない。こう亜里朱が思うに瞬間移動だとか空を飛ぶだとか魔法のアイテムだとか、こうもっと夢のあるものだと思ったのに実際はどうだ。瞬間移動とは言わなくともただ走っただけでものの数秒で目的地に着いてしまった。
「なんでお前そんな残念そうなんだよ」
「ううん……もっとこう魔法とか色々なもの想像してたんだけどなんか違うなぁって」
軍なんてビンタ(空振り)で全員まとめて吹き飛んでいくし亜里朱の中のファンタジー像が崩れ去っていくのを感じる。
「そういうのもあるし瞬間移動も出来るぞ、ただお前魔力ろくに使えねぇし何よりそっちのが早いだろ」
うん確かに。そう納得してしまう自分がいる。けれども釈然としないのは何故だろうか。
街の門番?
あぁ、それなら全速力で駆け抜けて目に止まらぬ速さで突き抜けて侵入したらしい。
――――――――
「気が付いたんだけどさ」
「……どうしたの?」
2人は街に入って真っ先に宿に入っていた。シンは制服なので明らかに周りから浮いていたが亜里朱が来ていたローブを借りて誤魔化した。もちろんこの国のお金なんて持っていないがシンが大丈夫と言っているので大丈夫なのだろう。幸いに後払いシステムのようで取り敢えずは何とかなりそうだ。
色々な事が起きすぎて精神的に疲れた亜里朱はベッドに突っ伏しながら返事をする。
「俺、お前に触れている間は魔法使えるみたいだ」
「ふーん。それがどうかしたの?」
「興味なさそうだなぁ、確かに大した事は出来ないんだが俺とお前の間に確かなパスが繋がってるみたいなんだ」
何でも身体が触れると魔力がシンの身体から亜里朱の身体に自然と流れ込んでいくらしい。理由は不明だがこれで身体の何処かが触れていれば魔法が使えるとの事。
「それでパスが繋がってるって言ってたけど……」
「あぁそれな。普通なら一方的に縛り付けるような感じになるんだが……俺達の場合はお互いに縛り付けられてるような状態だな。まぁ要するに運命共同体、どっちかが死ねば死ぬ、みたいな」
本来なら一方的に何かを与える為の道みたいなのがパス、らしいのだが自分たちのはお互いに道が通っているらしく迷惑な事に命を共有するに至っているとの事。
実に迷惑な話だが確かに身体が入れ替わってる時点でどちらかが死ねば人生終わりみたいなものだしそこまで驚きはしない。
多分前までなら驚いて声を荒げていただろうが今はそうでもない。
「以前として身体が入れ替わった理由は分からないがまぁそのうちどうにかなるだろ。時間で消えるようなもんじゃないから一概に大丈夫とは言えないがな」
「それって全然大丈夫じゃないよね……」
「今のうちに慣れとけよ、女の身体より男の身体の方が随分と楽だしそう思えば得だろ」
確かに色々と男の身体の方が楽なのだろう。お風呂とかでも……お風呂?
「もしかしてお風呂……」
「今更だなぁ、安心しろ。ちゃんと綺麗に洗ってやるから」
無駄にいい笑顔で此方にサムズアップしてくる。無性に殴りたくなってきたが悲しいかな身体は自分のモノだから殴りたくても殴れない。
「見ないで触らないで洗ってよ!」
「いやそりゃ流石に無理だろ、ほらこのおおきすぎず小さすぎないおっぱいだってだな」
「ひ、人の胸を触らないでよ!セクハラです!」
むにむにと自分のおっぱいを触るシンを止める。不安だ、不安しかない。自分で言うのもなんだがそれなりにスタイルは良いは思っているしそこまで身だしなみに気を使ってなかったと言ってもやはり他人、それこそ男に自分の身体を任せるなんて事は考えられない。
「あーもー!分かったから離せって!」
「やです、離したら何しでかすか分かったもんじゃ……っきゃ!」
「お、おい……んむぅ……」
亜里朱はシンを無理やり押さえつけようと、はたから見たら完全に襲っているような構図にしか見えないが悲しいかな中身は逆なので安心して欲しい。足を滑らせた亜里朱はそのままシンが座っているベッドにシンを押し倒すように倒れていく。合わさる唇、そして静寂。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「おいやめろよ、男の奇声とかキモいだけじゃねぇか!」
「うぅ……私のファーストキスがぁ……」
「こりゃ駄目だな」
どよん、と亜里朱は部屋の隅でいじけていた。仮にも花の女子高生である亜里朱だって女の子として色々なファーストキスのシチュエーションを想像しなかったと言えば嘘となる。期待していなかったと言えば嘘になるが現実を見ていない訳でもないのでロマンチックに、とは行かずとも初めてがこんななんてあんまりだと。亜里朱は人生で1番拗ねていた。
「これから俺は街の様子見てくるけど、亜里朱は……」
「あぁ……最悪だぁ……私……」
「うん、取り敢えず行ってくるな」
完全にどんよりモードに入った亜里朱を置いてシンは部屋を出ていった。帰ってくる頃には元に戻ってますように、まぁ無理だろうけど。そんな事を思いながら。
――――――
国家 エルミナーぜ
城下町 ルミナ
美しい自然の中にそびえ立つ城、街の至る所には川が流れ非常に美しい。その昔小さな国が少しずつ集まっていって繁栄していき国家エルミナーゼが生まれた
周りには幾つか小さな街もあるが城下町であるルミナはその中でも群を抜いて大きい。戦争なんて太古の大昔に終戦しており盗賊なんてものはいるが滅多に争い事なんてものは起きずとても平和だ。
この世界には貧富の差が存在する。特に珍しくもない制度だが特筆してあげるならそれぐらいしかない。それほどにまでこの世界は平和なのだ。
「平和、だなぁ」
シンはぽつりとそう呟く。
ここまで平和な世界にやって来たのは本当に久しぶりで凄く珍しい。戦争が、争いが殆どない世界なんて滅多にない。そこら中で客寄せをする住民、活気に溢れ子供達が走り回っている。
平和だからと言って油断は出来ない。自分が此処に送られた、という事はこの世界に危機が迫っているということに他ならない。危機と言っても様々な形がある、何かが暴れているだとか兵器で世界そのものが壊れそうになっているだとか直接的な危機もあれば自然が枯れ果て生命が絶滅寸前、新たに王になる者が愚王で戦争が起きて人類が滅びるなんてものもある。
原因が分からなければ対処しようがない、と言われればその通りなのだがシンにはその危機になる起点となる者が誰で何なのか、感覚的に分かるのだ。ただし視界に収めないと把握出来ない為こうして色々な場所を回る必要がある。それでもシンは自分の直感がこの街のどこかに世界の危機がある、そう告げているのをしっかりと感じでいる。シックスセンスとも言える感覚が近くに原因があるとこの世界に来た時から感じているのだ。
「運がいいんだか悪いんだか……だがまぁ」
身体が入れ替わったのは完全に予想外である。この平和で脅威もほとんど無い世界だったのは運が良かった、そうでなければなんの力もないこの身体じゃ直ぐに殺されるのは目に見えている。対人でそこそこであれば対処出来るが流石に全戦全勝とはいかない、こっちはろくに魔法なんてものは使えないのだから。それにモンスターになれば勝手が違ってくる、下級と言われる雑魚程度なら何とかなるだろうがそれ以上はどうなるかなんて分からない。
しかしこれはチャンスかも知れない、そうシンは思う。
「このクソッタレな……」
人生を終わらせる事が出来るかも知れない。
ポツリと呟かれた言葉は周りの喧騒に飲まれて消えていった。
「ねぇ君可愛いね。良ければ僕と一緒にお茶にでもしないかい?なぁに退屈はさせないさ、最高のおもてなしをする事を誓おう」
まず言わせて欲しい。
どうしてこうなった。
「この方は偉大なるブレイク家時期当主様、シャーク B ケルト様である。分かっているな?」
何が分かってるのかこっちが聞きたい。
「そう威圧するんじゃない。お嬢さんが怖がってるじゃないか」
「失礼しました、ケルト様」
何を隠そうシンは絶賛ナンパをされている。完全に失念していたが今自分は女でありそれなりに容姿もかわいいと言って差し支えない。だからと言って街を歩いていたらナンパされるなんて思いもしなかったシンは心底うんざりしていた。それもお相手はそれなりに権力がありそうな貴族、面倒な上迷惑極まりない。
「悪いな他を当たってくれ」
「ふむ、何か用事でもお有りでしたかな?」
「まぁうん」
「良ければ内容を聞いても?」
ウザイうえにしつこい。
出来る事なら無視して行きたいがそうは出来ない。この手の貴族の機嫌を損ねたらそれこそどうなるか分かったもんじゃない。それに感じる気が告げている、この男は見掛けによらずそれなりに出来ると。
「実はここに来たのは初めてでな、少し色々な場所を回りたいんだ」
「そうだったのですな!それなら良い事を思い付きました!」
「え、おいちょっと……」