第1話
世界は元は1つだった。
無限に広がる大地、何処までも続く青い空。
しかし平和は永遠には続かず世界を滅ぼさんとする侵略者が現れる、だが世界の意思によって選ばれた勇者がそうはさせない。
凄まじい戦闘、大地は荒れ果て緑は無残にも破壊された。激闘の末、勇者は侵略者を撃退するのに成功するが世界そのものが戦闘には耐えられず崩壊を始める。
勇者は最後の力を振り絞り崩壊を始めた世界を幾つもの世界に分ける事によって守り通した。
人々は勇者をこう呼んだ
勇者 ルーンと。
私はそこでは勇者だった。
物心付いた頃から私は世界を救う勇者だと、大きくなったら世界を守る為に旅に出るんだと言い聞かされて育った。
物心付いたばかりだった私はそれを当たり前のように受け入れ必要だから、強くないと何も守れないだとか言われて魔法や剣術なんかを村のみんなに混じって特訓をしたりもしていた。
痛くても、辛くても、しんどくても私は頑張った。勇者だからって言っても私はまだまだ子供だったから親に、それこそ沢山の人に頑張ったねって褒めて欲しい一心で頑張ったんだ。ただそれだけなのに。
私は1度も褒められた事がない。まるでそれが当たり前かのようにすぐ次のことをやらされる。そんな魔法や剣術が大っ嫌いだった。大抵のことはやろうと思えば出来てしまったしこれ程つまらないものはない、毎日が同じような事の繰り返しのように感じられて何も楽しい事はなかった。それでも私は仮にも世界の意思に選ばれた勇者だ。魔法が嫌いでも剣術が嫌いでも、戦う力がなければ何一つ守れやしない。だから私は修行を続けた。
けど私が勇者だからなのか、それとも元からの才能なのか私は村のみんなより魔法の扱いも、剣術も強かった。そんなものいらないのに私が勇者のせいでつまらない魔法と剣術をやらされる。だから私は『勇者』も嫌いだった。
ただでさえ飛び抜けて強いのに『勇者』という肩書きで私は1人孤立していたと思う。あ、いやそんな事はなかった。1人だけいたんだ、私みたいな子にも突っかかってきたやつが。
事ある事にやれ勝負だ、次はこれで競走だだの鬱陶しいことこのうえなかったのを覚えている。
だけどこれだけは言わせて欲しい、私は1度も彼には負けたことがない。何度負かしても彼は挑んできた。得意気に「へへ、俺の1週間の特訓の成果を見せてやる!」とか言いながら斬りかかってくるが私は魔法で即座に身体強化、それだけでなく加速魔法を使って彼を転して剣を突き付ける。そんな事が多々あった。小生意気な事に彼は剣術だけなら私と同じぐらい強い、馬鹿正直に付き合うだけ面倒なのだ。
彼も馬鹿じゃなくて1度使った手は通じず毎日搦手を考えたりするのも大変だった。何度負かしても挑んでくる彼。それを撃退する私。そんなよく分からない関係の私達。けど嫌いじゃない、私は自分でも気が付かないうちに笑っていた。
ちょっと歳を取って大きくなった頃私は勇者として旅に出た。
この頃に勇者としての武器、セイクリッドアームが権現したからだ。何でも私の半身のようなもので普段は見えないが呼び出せば何処からとも無く出てくるみたい。刀身からほぼ全てが真っ白な私のセイクリッドアームの名前は「慈悲深き愛を」だそうだ。私が決めた訳じゃない、セイクリッドアームがそう言っているんだ。文句なら剣に言ってほしい。
これで彼とお別れか、そう思うと無性に悲しくなってきて胸がキュっと縛り付けられるような痛みが生じる。病気かな、そう思って首を傾げるが私の身体には怪我もなければ体調不良のところもない。うーんと考え込んでいると地面に雫が落ちてきた。あれ、さっきまで晴れだったのに雨が降ってきたのかと空を見上げるが雨は降っていない。
けど地面は今も濡れ続けている。それが涙だって事に気が付くまでにかなり時間が掛かった。
そうか私は彼と離れ離れになるのが寂しくて嫌なんだ、そう気が付いた頃には既に私は旅に出た後だった。私は柄にもなくその場でペタンっと座り込んで泣いた、それはわんわんと泣いた。楽しくもなかった剣術も彼と剣をぶつけ合っている時間は楽しかった、何も難しくない魔法の時間だって四苦八苦しながらあーうー唸って一生懸命魔法を詠唱している彼をからかったり偶にアドバイスしてあげる時間もとても暖かくて楽しかった。
失って気が付いた。私はあの時間が何よりも好きだったんだ。泣いても泣いても涙は止まってはくれない。すると目の前にバサっと音をたてて大きな塊が落ちてきた、それはゴブリンの死体だった。真っ二つに斬り殺されたゴブリンの死体が何故?
「何泣いてんだよ」
聞き覚えがある声がして私は振り返った。そこには彼がいて剣についたゴブリンの血を払いコチラを見ている。いまいち状況が飲み込めない私がポカンとしていると彼がこう言った。
「お前は天才だけど変なとこで抜けてるからな、心配だから付いてきてやった。案の定ゴブリンに背後取られてるし何やって、ってうお!?」
自分でも自分を抑えられなくて私は彼に飛びついていた。
「いきなりなんだよ、ってかお前くさっ!ゴブリンの血だらけだろはなれ、ぐぼほ!」
取り敢えずムカついたからグーパンをくれてやった。
それから沢山の冒険をして
時には2人でモンスターの大軍なんかを討伐したり
時には2人で異国の地に足を踏み入れたり
時には2人で王様に謁見したり
時には2人で誰かを守りながら戦ったり
時には2人で戦いの事を忘れて買い物をしたり
ずーっと私達は一緒だった。喧嘩したり笑いあったり私達はずっと2人で旅を続けてきた。色んなものを2人で見て、私はいつしか世界が好きになっていた。
こんなにも世界が綺麗で素敵だって、彼が教えてくれたんだ。その時には「勇者」も嫌いではなく誇りに思えるようになり世界を守りたい、そう心から思えた。
そんなある時私達は身分制度が存在する国の王様に会いに城下町にいた時の話だ。ある貴族の家に招かれた私達は客間に通され飲み物を出された時、私が甘い物が好きだとここの家の人も知っていたらしく私の為に甘い飲み物を取り寄せてくれたらしい。もちろん彼の分も。
この頃には幾つも国や街を救ってきた為に私、というより勇者は有名だったのだ。
それを受け取って飲もうとした時だ、彼が突然剣を抜き飲み物が入った容器を斬り捨てたのだ。当然私は謝った。折角用意してくれたものを従者が斬り捨てたのだから。
私から彼に謝るように言っても彼は口を開こうとせず大喧嘩にまで発展し彼は何も言わずその日は止まっていた宿には帰って来なかった。喧嘩は幾つもした事があるがここまで大きな喧嘩をしたのは初めてだった、何日も帰って来ない彼を探しに行こうと何度もした。けど流石に今回した事は許せないことだし明らかに彼が悪い事は明白だった、だから私はこっちからは探さない事にしたんだ。
そんな彼が帰ってこなくなったある日、私は聞いてしまった。私が招かれた貴族はどうにも黒い噂が多く大の女好きだったらしい。そしてその貴族が最近女の子を薬で眠らして好き勝手やってるのがバレ捕まったという。それで私は理解した、彼は私を守ってくれたんだと。
彼は私に比べて弱い。剣術だけならそこそこ強いんだけどそれでも彼は弱い。けれども彼はとても賢かった。モンスターの弱点、訪れた国の名産やそこら辺に生えている花の名前まで知っていて料理や縫い物だって得意だ。彼は分かっていたのだ、貴族の事も、飲み物の中に薬が盛られていた事も。
私が謝ろうと彼を探そうとした時にヤツは現れたんだ。
突然現れたヤツは自分を「スペクター」と名乗りこの世界ではない別の銀河からやってきたと言った。そして同時にこの世界に降伏しろ、そう言ってきた。けれどもこの国の人は何を言ってるんだとまともに取り合おうとしない、そりゃそうだ。
そしてヤツが手を払った次の瞬間、街の半分が吹き飛んでいた。意味が分からなかった、こんな魔法見たこともなければ詠唱もなしにこれだけの規模の威力がでるはずもないのだから。
色々な場所を回ってきたけど私は勇者である自分より強い人を見たこともなければ聞いたこともない。仮に大勢の人を集めれたとしてもスペクターとやらに勝てるとは思わない。けど私は勇者。この世界の意思に世界を守る為に選ばれた勇者だ。勝てないから逃げる?じゃあ誰がこの世界を守るのだ。だから私は1人でスペクターに挑みに行ったんだ。
結果は惨敗。
何も出来ないうちに私は地面に転がされていた。
剣はかすりもしなければ魔法は3大基礎魔法はもちろん、勇者が使える特別な魔法も全てレジストされ何も効かず動きを見切る事すら叶わない。だが勇者である私にはある異能が宿っていてそのせいでスペクターは私を殺せなかった。
「不老不死」それが私に宿る異能。
私は死にたくても死ねないのだ、首をはねても心臓を潰しても私は蘇る。ある日セイクリッドアームが教えてくれた、「勇者」は1つその身に異能を宿すのだと。この世界に選ばれたものだけが勇者となり世界を守る、そしてセイクリッドアームと異能を授かる。正確には「不老不死」とは少し違うらしいのだが私には関係の無い事だ。
スペクターが何度私を爆散させたり引きちぎったり首をはねても私は死ななかった。死なないがそれでも疲れは溜まるものでいつしか私は膝を付き、そして倒れてしまう。
もう殺された回数なんてものは覚えていない。それほどまでに私はスペクターに何度も殺され続けた。
「実に面白い、ならお前は永遠に氷漬けになって封印してやる」
流石の私も封印されてしまったらどうしようもない。世界守りたかったな、そう思いながらギュッと目を瞑ってその時が来るのを待つ。
「おまえぇぇぇ!ソイツに何しやがった!」
あぁ、なんてタイミングでやってくるんだ。スペクターが咄嗟に封印魔法の矛先を剣を振りかざして襲ってきている彼に変える。あぁそれだけは、それだけは絶対にさせない。
私は残る全ての力を振り絞り彼に覆いかぶさるように魔法の斜線上に出る。徐々に凍っていく身体、それを唖然として見ている彼。あぁ結局謝れなかったな、けどこれだけは言っておきたい。
「大好きだよ」
「またこの夢……」
重い身体をベッドから起こし充電中だったスマホを手に取り時刻を確認する。7時27分、どうやら目覚ましより早めに目が覚めてしまったらしい。何だかいつも同じ夢を見た時はこうして早く目が覚めてしまう、と言っても内容は朧げで上手く思い出せないのだが何となくあ、今日も見たなというのは分かってしまう。
2度寝してしまいたい衝動を抑えながら身体を起こし、んーっと伸ばす。気怠い身体を無理やり動かし顔を洗う。そしてリビングに向かい慣れた手付きでパンを焼いて冷蔵庫から取り出したジュースを飲む。
これがずっと続けてきた私の朝のルーチンワーク。女の子らしくないなぁと思いながらも朝はどうしても弱く簡単に済ませてしまう。
ぱぱっと身嗜みを整えて用意してあった鞄を持てば準備完了。女の子は準備が長いって良く言うが私はそれにあまり時間をかけない、幸いな事に容姿は整っていて化粧がしなくても見栄えがいい私はよくモテる。自分で言うとナルシストのように聞こえるかも知れないけど過ぎた謙遜は失礼とも言うし。と言っても特定の誰かとお付き合いをした事はないのだが。
そんな事はさておき私は幾分か目覚めてきた身体を動かしながら家を出る。
目的地は高校、今日も私 更西 亜里朱の1日が始まる。
勇者ルーンのお話は国際的にも有名な話で誰もが知っている。
その昔世界は1つで繋がっていて侵略者から守り抜いてまた世界を救った、そんな話が現実だなんて思わない。けれどもやれ勇者さまは存在しただの、昔はこの地球もその世界の1部だっただの言われ続けている。
どの国もここが勇者さまの出身地だ、と言い合うように議論や出土物などを見せ合う展覧会は幾つも存在する。この日本でもそういう風潮は珍しくなくやれ島根がどうたら青森がどうたらと激しく各都道府県が凌ぎをけずっていたりする。
「ねぇほんともう飽きたくない?」
「勇者さまが偉大なのは分かったけどさぁ、そんないない人の事こんな勉強してもねぇ」
「だよねぇー」
そんな何処と無く聞こえてきた話し声を亜里朱は全くその通りだと思う。とてつもなくメジャーな勇者さまのお話は迷惑な事に自分たちが学習する範囲にまでくい込んできている。小中高とずっと聞かされ続けてきた生徒が飽きた、と言ってしまうのも無理もない。
英雄だか勇者さまだか何だか知らないがここまで来るといい迷惑なのだ。しかも存在するかも怪しい、というより殆どの人が存在すらしていないと思っているそんな勇者さまの話をここまで引っ張らないで欲しいものだと亜里朱は思う。
窓際の席で晴れた空をぼーっと見ながら亜里朱は思う、きっと勇者っていうのは夢の中に出てくる人の事を言うんだろうなと。
殆ど思い出せない夢の中で一際大きく脳裏に、けれども掠れているある男の子の背中を思い出しながら亜里朱は思った。
亜里朱は特に部活動には所属していない。なので学校が終わればそそくさと帰路につく。友達も多かれ少なかれいるが皆部活動をしていて一緒には帰れない。亜里朱も部活動やればいいのに、と口を揃えて友達は言うが何となく自分はやる気になれなかった。
将来の夢もなければ何かを生きがいにして生きている訳でもない。ただ何となく生きてそれなりに幸せになってそれなりの人生を歩んでいくんだろうと自分でも思っている。
そんなちょっと今どきの女子高生の思考から離れた亜里朱に彼氏持ちの友達が良く、出会いがあれば変わるよー、だなんて言われるが生憎と運命の出会い何てものは信じていない。
そんなロマンチックな想像は小学生で卒業したのだ。さて、今日は何のご飯を作ろうかと歩きながら考える。冷蔵庫には何が残っていただろうか、それによっては作るものを変わってくる。むむむ、と唸りながら歩いていると突然視界がボヤける。
「あれ、なんだろう」
ぱっと前を向くと光り輝く渦のようなものが見える、しかしちょっと遠くにあり過ぎて良く分からない。少し気になった亜里朱は寄り道して帰ろう、そう思った。
いつもは使わない道、少しドキドキするなぁなんて思ってしまった。もしかしたら冒険家とか向いてるのかもなんて思ってそれはないかとクスクスと笑う。
少しずつ光が強くなっていく。
もう少しで何か分かるかも、そう思った瞬間暖かい光が視界全体を覆う。
何かに包まれた感覚があり、何のことか全く訳が分からない亜里朱は突然襲ってきたとてつもない風と浮遊感に閉じていた目を開ける。
「って何で落ちてるんですかぁぁぁ!?」
気が付いたらお空の上だった。
なんのこっちゃ分からず不意に見てしまった下に広がる光景を見てしまって、あこれはダメだと亜里朱の意識は遠のいていく。
亜里朱は高いところがダメなのだ。
――――――――
「あぁ〜、だりぃ、しんどい、寝たい」
ふわぁ、と気の抜けた欠伸をする。
何度繰り返しても次元移動というのは慣れない。というより前いた所では時間的にも夜に該当していた訳で、そしてその時間までやるべき事をしていた彼がそう言うのは仕方がないのかも知れない。
「まぁそうは言ってられないよなぁ、さてとお仕事しますか」
そう言って人気のない森の中で目を閉じる。傍から見れば立ちながら寝ている不審者そのものだが別に寝ている訳ではない。
「ふむ、文明レベルはBってとこか?生活基準も悪くない、ただまぁ身分制度かぁ久しぶりにみたな」
そう言って彼はぼりぼりと頭の後ろをかく。
「魔法技術はC、基礎中の基礎だなこりゃ。別段他からの干渉もないしこりゃ久しぶりに楽な仕事かもな」
目を開ける。彼が何をしていたのか、簡単に言えばこの世界そのものを見ていたのだ。別次元からやってきた彼はこの世界について何も知らない、だからこの世界を直接『みた』のだ。とある事情で数多の世界を回ってきた彼はこうして世界にそれぞれの格付けを行う。
どうやら今回の世界はとても平均的な世界らしく比較的平和らしい。
前いた所では文明らしき文明はほぼ存在せず生きる為には人から奪う、そんな事が当たり前な世界だった。そんな世紀末のような世界で立て続けに仕事をしてきた彼にとって今回の世界はとても平和的で欠伸が出るほど簡単に終わりそうな仕事だ。
「ん、なんだあれ?」
遠くの方に何が落ちていってるのが見てる。
「って人じゃんか、ていうかどっから落ちてきたんだろうなぁ」
そんな呑気な事を言いつつふわぁ、と欠伸をする。この世界には空から飛び降りるのが流行っているのだろうか。
「意識ないっぽいし、助けないと不味いよなぁ。めんどくせぇ」
はぁ、と一つため息をする。しゃあねぇか、そう言うと彼は跳んだ彼とその落ちていく人にはかなりの距離がある、それを彼はただ跳んだだけで追い付いて見せた。それもかなりの上空でだ。
頭から落下していっている人を抱き抱えようとしたその時だった。
「ってなんだ、これ!?」
一瞬で視界が光で覆われた。
罠か、そう思ったが優しく暖かい光が全身を包み込むような感覚がしてそれはないとそれを否定する。じゃあそう思わせる為の精神干渉系魔法か、そう思うがこの世界にそんな高度な魔法技術は存在しない。なら、と次の思考にうつるまえに視界が晴れた。
「……なんじゃこれぇぇぇぇぇ!」
ぼやけた視界で辺を見渡す。
はて、私はいつ寝てしまったのだろう。確か私は……
「よう、目覚めたか」
そうやって私が話しかけてくる。
ん?
「あれ、私?」
「そうだな、この身体はお前のだ」
可笑しい、なんだか声が低くなっているような……というより男の人の声になってるような。ていうか何故私は私と話してるんだろう。
ってえ?
「な、なんで私!?」
「やっと意識がはっきししてきたか。取り敢えず、言わせてもらおう」
身体を見る、それは私のいつも見ている身体じゃなくて黒っぽい服にローブのような服を着ているがっしりとした男の人の身体だ。脳内でパニックに陥っている亜里朱をほっといて構わず目の前の私は口を開く。
「お前にはこれから世界を救ってもらう」
もう脳内で処理しきれなかった私はまた気絶した。