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魔女と少女2

次の日から、ニールの使用人としての仕事の日々が始まった。彼女は懸命に仕事にをこなしていたが、アンと顔を合わせる度に、かつての罪の記憶が蘇ることによって、集中を切らし、度々ミスを犯してしまった。周りはそんな彼女に気にすることはないと暖かい言葉をかけてくれたが、彼女はミスをする自分自身が許せずに、鬱々とした気分の日々が続いていた。





「……はぁ」


調理場で皿洗いをするニールが無意識にため息をついた。


「なぁに? 大きいため息ついちゃって」


調理場に入って来たメイが笑顔で言った。


「はっ⁉ すいません! 私ったらつい……」


ニールはとっさに口を手で押さえた。


「いいのよ、謝らなくたって……お嬢様の事?」


メイが尋ねた。


「え、何故それを?」


ニールが目を丸くして言った。


「ごめんなさい、あなたの過去の事、奥様方から聞いたのよ。もちろん、あなたが洗脳を受けて、悪人の手先としてお嬢様をさらったことも」


「そうだったんですか……」


「その……やっぱり酷だったかしら、洗脳されていたとはいえ、さらったことがある子のいる家の使用人をするなんて」


「いえ、そんな。お仕事は少し大変ですけど、皆さんお優しい方ばかりで、とても幸せです……ただ」


「ただ?」


「ただ、私、自分自身がこんなに幸せでいいのかと思ってしまいまして。確かに私は洗脳を受けて悪人に操られていました。けどその時犯した罪の数々は、洗脳されていたとはいえ、私のものである事には変わりないと思っているんです。それこそ、お嬢様をさらったことも。それなのに、その償いもせずに、幸せに生きていって果たしていいものなのかなと……」


「ニール……」


「……」


「……ねぇ、ニール、あなた、目標ってある?」


「へ? 目標……ですか?」


「そうよ、目標、こういう事がしたいとか、ああいう人になりたいとか。何かない?」


「目標……っ⁉」


そう考え込んだニールの脳裏にかつて、神殿で彼女のことを魔物から守ってくれた、ウォルタとフレイの姿がよぎった。


「……助ける力を持つ者」


「ん?」


「誰かを助ける力を持つ者、そんな人に私はなりたいです」


「……そう、素敵な目標じゃない。だったらあなたは、その目標に向かってひたすらに突っ走ればいいんじゃない?」


「それは……どういう意味でしょうか?」


「単純なことよ。私はあなたが犯した罪の数々はあなたのものだとは全く思わない。けど、あなたがどうしてもその罪を自分のものだと思い込んでしまうのであれば、あなたがその目標に向かって努力することがその罪の償いになるんじゃない?」


「メイさん……そうですね、私が強くなって誰かを助けること、それが、償いになるのかもしれません」


「ふふっ、少しは元気になったかしら。それじゃあ、私も手伝うから、そこの皿洗い、とっとと終わらせちゃいましょう!」


「はい!」


そう言ってニールが皿に手を伸ばしかけた次の瞬間、突如、家の外で爆音が響いた。


「っ⁉ 何、今の音⁉」


メイが身構えながら言った。


「今の音、庭の方から!」


そう言うとニールは調理場を後にして、庭から外に躍り出た。


「っ⁉ これは……」


ニールは目を疑った。彼女の視線の先では岩石の巨人の姿をした魔物が、村の魔女の保安隊相手に暴れ回っていていたのだ。


「そんな、なぜ魔物がこんな村の中に……」


そうつぶやいたニールのそばに、彼女の存在に気づいた保安隊の一人が駆け寄って来た。


「ここは危険です! 早く逃げてください!」


保安隊の一人が言った。


「あの、これは一体……」


ニールが尋ねた。


「村の地面から突如、あの魔物が姿を現したのですよ! さあ、早く逃げ……」


保安隊の一人がそう言いかけた次の瞬間、凄まじい衝撃波がニールを襲った。それは、魔物が体から放ったものだった。


「……うう、何て衝撃波なの」


衝撃波に吹き飛ばされ、家の中に放り戻されたニールが言った。


「はっ⁉ 保安隊の方は⁉」


ニールは再び外へと飛び出した。するとそこでは地獄絵図が待っていた。先程の衝撃波によって、周りの家屋はズタズタに破壊され、保安隊の魔女は全員、その身を地面に叩き付けられ、気を失っていた。


「そんな、こんなことって……」


「ニール これは一体……」


目の前の光景に動揺したニールの背中に声が響いた。


「っ⁉ お嬢様⁉」


ニールの振り返った先にはアンの姿があった。


「お嬢様! 危険ですから家の中に……」


ニールがそう言いかけた次の瞬間、彼女の足元に衝撃が走った。振り返るとそこには先程の魔物の姿があった。


「あ、あ……」


ニールは恐怖のあまり頭が真っ白になり、その場から動くことが出来なかった。そして魔物は自らの体に存在する穴の部分にエネルギーをためると再び衝撃波を放って来た。


(……もう、ダメ!)


「ニール! お嬢様!」


涙目をつむったニールの体は勢いよく突き飛ばされた。しかし、それは魔物の衝撃波によるものではなかった。家の中から飛び出して来たメイがとっさに彼女とアンの二人を突き飛ばし、魔物の衝撃波の射線上から彼女達を放り出したのだった。


「……うっ、今の声は……メイさん⁉」


体を起こしたニールが目を開けた先では、衝撃波によって家の壁に叩き付けられ、気を失ったメイの姿があった。


「メイさん!」


「メイ!」


ニールとアンはメイに駆け寄ろうとした、しかし、それは目の前に立ちふさがった魔物によって妨げられた。


(今度こそ、やられる……)


「ニール……」


そう思ったニールの袖を涙目のアンがギュッと握りしめた。


「お嬢様……っ⁉」


(誰かを助ける力を持つ者、そんな人に私はなりたいです)


その時、ニールの脳裏に彼女がメイに言った言葉がよぎった。


(……私の目標……そうだ)


彼女は震える体に力を込めた。


(怖がっている場合じゃない、私が守らなくちゃ……お嬢様を守らなくちゃ!)


ニールは目を見開くと、足元の保安隊の一人の腰の鞘から一本の魔法剣を引き抜いた。


「お借りします!」


ニールはその剣を両手で力強く握りしめた。


(私は魔法は使えない。けど、魔導具に僅かに残った、持ち主の魔力を活性化させることはできる!)


彼女の握る剣の刀身が僅かに炎を帯びた。


「これで!」


ニールは剣を構えると目の前の魔物に切りかかった。しかし、魔物は僅かな魔力を帯びただけの素人の剣を軽くかわすと、その強靭な腕でニールを突き飛ばした。


「ぐあっ!」


ニールは地面に叩き付けられた。


(……痛い、すごく痛い……けど!)


ニールは立ち上がると再び魔物に立ち向かった。


「私が! お嬢様を守る!」


ニールはそう叫び自分を奮い立たせ魔物に幾度となく切りかかった。しかし、その刃は魔物に届くことはなく、彼女は魔物の腕に突き飛ばされ続けた。


「……ま、まだ!」


ニールはボロボロになった体に鞭打って立ち上がろうとした。しかし、その足に力は入らず、とうとう彼女は地面に崩れ落ちた。そして、魔物は彼女のその姿を確認すると、アンの方に体を向けて歩き出した。


「……や、やめろ」


ニールは必死に体を動かそうとしたが、それは叶わなかった。


「動け……動けよ私の体……守らなくちゃいけないんだ。私が……」


ニールは力を振り絞って魔物に向けて右手を伸ばした。


「私が…………お嬢様を!」


ニールがそう叫んだ次の瞬間、彼女の心臓は計り知れない衝撃に襲われた。それと同時に彼女の伸ばした右手から高速の電撃が魔物に向かって放たれた。


「……い、今のは⁉」


彼女は自身の右手のを見つめた。その右手から放たれたのは紛れもない“魔法”だった。彼女のアンを守るという強い思いが彼女を魔女へと覚醒させたのだ。そして、その魔法を受け吹き飛ばされた魔物は、起き上がるとニールに向かって勢いよくその距離を詰めて来た。


(く、来る! 動かなきゃ!)


ニールは無意識の内に自らの体に電撃を走らせた、すると、その電撃に動かされる様に彼女は再び立ち上がった。


「う、動いた! ……この電撃が、私の……魔法?」


そうつぶやいたニールに向かって、魔物は腕を振り下ろして来た。しかし、彼女はこれを軽くかわした。


「体が軽い……この電撃のおかげかしら……とにかく!」


ニールは両手で剣を握りしめると、その剣に魔力を込めた。


「この力があれば、こいつを倒せる!」


ニールの握る剣の刀身が強力な電撃を帯びた。そして彼女はその剣を魔物に向かって勢いよく振り下ろした。


「はぁあ!」


そのいかづちの刃は魔物の体を真っ二つに切り裂き、魔物は光の粒子となって消えた。





「メイのケガ、大事に至らなくて良かったですわね」


魔物のとの戦闘を終えたニールにアンが言った。


「ええ、本当に……あの、お嬢様?」


ニールが尋ねた。


「ん? 何ですの?」


「その、今まで申し訳ございませんでした。お嬢様と顔を合わせる度に私、気分を悪くしてしまって」


ニールは頭を下げた。


「それは……わたくしをさらったことがあるからですの?」


「え、お嬢様、私の事を……」


「ニール、謝るのはわたくしのほうですわ。わたくし、お母様方には内緒にしていますけど、あの日、あなたの顔を見ていましたの。あなたには余計な気を使わせない様にと黙っていたのですけど、帰って困らせてしまったようですわね。ごめんなさい」


アンは頭を下げた。


「そんな、お嬢様が謝ることなんて……でも何故、それをお母様方には内緒にしておられるのですか?」


「だって、わたくしがあなたに顔を覚えているなんて言ってしまったら、過保護な私のお母様方はあなたの引き取りを辞めてしまうかもしれないじゃありませんの。そんなの悲しすぎますわ」


「お嬢様……何故、そこまでして私の事を」


「……あの日、街でわたくしの腕を捕まえたあなたの手はひどく震えていましたの。その時は恐怖で頭がいっぱいだったのですけれど、後から思ったのですわ、私をさらおうとしたあの人は本当に悪い方だったのかしらと……だから、新しく入って来る、悪人に洗脳を受けていたと聞いていた使用人の方があなただと分かった時、ホッとしましたの。ああ、やっぱりこの方は本当は悪い人ではなかったのですねわねって」


「お、お嬢様……」


ニールの頬を大粒の涙が伝った。


「も、もう、泣かないで下さいまし! ……それよりも、さっきのニール、とてもかっこよかったですわよ! まるで、ウォルタ様とフレイさんみたいで!」


「わ、私があのお二人みたい⁉ そんな、恐縮です……」


「謙遜することありませんわよ。魔物に果敢に挑む姿なんてまさしくこの前のお二人みたいでしたわ」


「そうですか……よろしければその時のお話、お聞かせ願えませんか?」


「ええ、いいですわよ。お茶でも飲みながら、ゆっくりお話しして差し上げますわ!」


「はい!」


二人は笑顔を向け合うと、手を取り合って家の中へと姿を消した。


そして、それ以来、彼女はあの悪夢を見ることはなくなったのであった。

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