魔女と少女1
お前は私の最高傑作だ。
「……違う」
お前は私の分身だ。
「……違う」
お前は私の夢だ。だから共に手に入れよう、この世界の全てを。
「……違うっ!」
喉の奥から飛び出した大声と共にニールはベットから勢いよく体を起こした。辺りを見回すとそこは、見慣れた魔女部隊の詰所内にある彼女の個室だった。
「……お目覚めですか?」
ノックと共に、部屋の中にソルジが彼女用の朝食を持って入って来た。
「ソルジさん……すみません、お恥ずかしい所をお見せしてしまって」
ニールが少し頬を赤らめながら言った。
「いえ、そんな……また、あの夢ですか?」
ソルジが尋ねた。
「ええ、記憶が戻ってからというもの、毎晩」
ニールが頭を押さえながら言った。
「そうですか……やはり不安ですか、一人でここを出て行くのは?」
テーブルの上に朝食の乗ったプレートを置いたソルジが尋ねた。
「少しだけ……けれど、いつまでも皆さんに迷惑をかけたままではいられませんから」
ニールはソルジに笑顔を向けた。
「ニール様……」
ソルジは突然俯いた。
「ど、どうしたんですか、ソルジさん?」
「いえ、その……今日でお別れだと思うと、つい」
「もう、泣かないで下さいよ。せっかくの私の門出なんですから、笑って見送って下さい」
「そ、そうですよね。失礼しました」
ソルジは涙をぬぐった。
「心配して下さらなくても大丈夫です。これは私が決めた私の新しい道。どんな困難が待ち構えていても、乗り越えて見せます!」
ニールはソルジに向けて力強く宣言した。そして、二人は別れの握手をかたくかわしたのだった。
数か月前の都市襲撃事件に於いて、ウォルタとフレイに敗れたニールは、その後、身柄を都市直属の魔女部隊に引き渡された。その後の取り調べの結果、彼女は何者かに記憶と人格を一次的に消去される魔法をかけられ、洗脳を施されていたことが発覚した。しかしその週間後、彼女は洗脳時の記憶を思い出し、一時は無意識の内に自らが犯した罪の数々にその身を押しつぶされそうになった。だが、監視役のソルジとの交流が彼女の心の清涼剤となり、彼女は再び、精神の安定を取り戻すことができたのであった。
そしてこの日、彼女は長らく世話になったこの場所を旅立つこととなった。とある村で彼女を使用人として引き取ってくれるという家が現れたのだ。そこでは住み込みで働くこととなっていて、元々身寄りのない彼女にとっては願ってもいない話だった。彼女は期待と不安を抱きながらも、その村へと向かった。
「このお家で……あってますよね?」
村に到着し、目的の民家の前にたどり着いたニールがつぶやいた。
(うぅ、緊張します。けど……勇気を出さなきゃ!)
「すみま……」
「あら? どちら様?」
ニールがそう叫びかけた次の瞬間、家の陰から一人の金髪のロングヘアーの女性が姿を現した。
「わっ⁉」
突然の女性の登場に、緊張で体をこわばらせていたニールは驚いてその場にしりもちを着いた。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
女性はニールに駆け寄ると、彼女に手を差し出した。
「うぅ、すみません」
ニールは顔を真っ赤にしながら、女性の差し出した手を取って立ち上がった。
「突然ごめんなさい、びっくりさせちゃったわね。それで、何か用かしら?」
女性が尋ねた。
「あ、あの私、今日からこのお家で働かせて頂くニールと言います! よ、よろしくお願いします!」
ニールは勢いよく頭を下げた。
「あら! あながそうなのね! 待ってたのよ、お仕事仲間!」
「お、お仕事仲間?」
「ええ、私の名前はメイ。あなたと同じこの家の使用人よ。よろしくね、ニール」
「は、はい! よろしくお願いします、メイさん!」
ニールは再び勢いよく頭を下げた。
「もう、同じ仕事仲間なんだから、そんなかしこまらなくていいのよ。まあ、取り敢えず奥様方にご挨拶を……」
「ちょっと、メイ! 何もたもたしてますの! 早くウォルタ様とフレイさんへのプレゼント用のケーキ作りの続きを……」
メイがそう言いかけた次の瞬間、家の陰から一人の少女が姿を現した。ニールは彼女を見て驚愕した。それもそのはず、その少女はかつて彼女がウォルタとフレイをおびき出す為に人質にとった少女、アンだったからである。
「はいはい、分かってますよ。まったく人使いが荒いんだから……と、紹介するわねニール、こちらがご息女のアン様。で、お嬢様、こちらが新しく入った使用人のニールですよ」
メイが言った。
「新しい使用人? あなたが……」
アンはニールに目を合わせるとつぶやいた。
(ど、どうしましょう。私は以前この子のことを……)
動揺を隠せないニールは無意識の内にアンから視線をそらした。しかし、アンは彼女のもとへと駆け寄ってきた。
(洗脳をされていたとはいえ私が彼女をさらったのは事実、きっと怖がらせてしまう!)
「初めましてわたくし、アンと申します。これからよろしくお願いしますわ、ニール!」
怯えるニールに向かってアンが笑顔で言った。
「え、は、はい!」
ニールは予想外のアンの態度に目を丸くした。
(もしかして……私の顔を覚えていない? いや、それ以前に私、彼女に顔を見せていたかしら……)
「ん? どうかしましたの?」
そう考え込むニールの顔をアンが覗きこんだ。
「い、いえ、何でもありません! こちらこそよろしくお願いいたします、お嬢様!」
ニールは苦笑いでそう言った。
「ええ、よろしくお願いしますわ……そうだ! ニール早速あなたにお仕事を頼みますわ。わたくしのケーキ作り、メイと一緒に手伝ってくれませんこと?」
アンが閃いた様に言った。
「ケーキ作りですか?」
ニールが尋ねた。
「はいですわ! 日々のお仕事でお疲れの憧れの魔女のお二人に、思いを込めた手作りのケーキをプレゼントするのですわ!」
アンは目を輝かせながら言った、
「ちょっと、お嬢様。ニールはまだ奥様方への挨拶が済んでおりません。ケーキ作りよりまずはそちらが先です」
メイが言った。
「挨拶なんていつでも出来ますわ。そんなことよりもケーキ作りですわ! さあ、ニール、こっちですわ!」
「は、はい!」
アンに袖を引っ張られてニールは調理場へと案内された。
「それでは、ケーキ作り再開ですわ! ニール、フルーツのカットをお願いできまして?」
調理場に着いたアンが尋ねた。
「は、はい! かしこまりました!」
そう答えるとニールはナイフを手に取り、まな板の上のフルーツと向き合った。しかし、ニールはナイフを握った腕を動かすことが出来なかった。
(何をやっているの私は! 私は以前この子にとんでもなく酷いことをしたのよ。それなのに一緒に仲良くケーキ作りなんて……)
そう思って目をギュッとつむった瞬間、ニールの脳裏にかつて自身がアンをさらった時の状況の記憶がフラッシュバックした。
「っ⁉」
突然、勢いよく脳内に流れ込んできた罪の記憶に耐え切れず、ニールは握ったナイフをまな板の上に落とした。
「ニ、ニール⁉ どうかしましたの⁉」
ニールの様子を見たアンがそばに駆け寄って尋ねた。
「……い、いえ、何でもありません。少しめまいがしただけです」
ニールはアンに作り笑いを向けた。
「もう、お嬢様! ニールはまだここに到着したばかりなんですから、無理をさせてはいけませんよ。ニール、あなたの部屋に案内するわ。疲れが取れるまではそこでゆっくり休んでおくといいわよ」
遅れて調理場に入ってきたメイが言った。
「申し訳ございません……そうさせて頂きます」
ニールはアンに頭を下げると、メイに案内されて自身の部屋に向かった。
「私は調理場にいるから、気分が良くなったら声かけて頂戴」
そう言うとメイは部屋にニール一人を残して、去っていった。
「……はぁ、初日だというのにいきなり皆さんに迷惑を……いえ、こんな所でへこんではいられないわ。ソルジさんに誓ったじゃない、どんな困難が待ち構えていても乗り越えて見せるって……頑張らなきゃ!」
ニールはそうつぶやくと、体の前で両拳を握りしめた。




