魔女と仲間2
「しかし、とんでもなく嫌な空気の充満した場所ね」
ゴクの森の中を歩くウォルタが言った。
「おそらく、この森のあちこちに存在する毒の沼の成分がそうさせているのでしょう」
ウォルタの右隣を歩くフウが言った。
「こんな場所、いるだけで気分が悪くなりそうだ。グランの奴、無事だろうな……」
ウォルタの左隣を歩くフレイがそう言った次の瞬間、三人の前方の茂みから、狼の姿をした、魔物の群れが飛び出して来た。
「……それに加えて、この凶暴な魔物の数々。急がないとまずそうね」
ウォルタが腰のホルスターから魔法銃を引き抜いた。
「とは言え、焦っても仕方ありません。まずは目の前の敵を片付けるとしましょう」
フウが右手の収納魔法陣から、槍を取り出した。
「だな、行くぞ!」
フレイは鞘から魔法剣を抜き放つと、魔物の群れに突っ込んだ。
『ラピッド』
ウォルタの握ったガトリング型の銃から無数の銃弾が放たれた。
『ウェイブ』
フレイの握った剣から炎の斬撃が放たれた。それらは周囲の魔物達に直撃した。しかし、魔物達はそれらを受けても倒れることなく、体制を立て直すと、再び襲い掛かって来た。
「くそっ! 何だこいつら、タフ過ぎないか!」
魔物の攻撃をかわしたフレイが言った。
「流石は、この環境下で生きている魔物といったところかしら! まるでゾンビね!」
同じく魔物の攻撃をかわしたウォルタが言った。
「流石に戦闘時間が長すぎますね。不本意ですがここは……お二人共! 一旦、わたくしの後ろへ!」
フウが叫んだ。
「フウ⁉」
「何をする気だ⁉」
指示通り、フウの後ろに下がったウォルタとフレイが尋ねた。
「彼らには悪いですが、この戦闘、一時お預けとさせて頂きます!」
そう言うとフウは収納魔法陣から、一つの魔導石を取り出した。
『ファン』
フウは自らの握った槍に、魔導石をスキャンした。するとその槍頭は巨大な鋼鉄の扇へと姿を変えた。
「うわっ⁉ 槍が変な形になった⁉」
フレイが言った。
「変って……あなた、ストレートに感想言い過ぎよ」
ウォルタが指摘した。
「はは、構いませんよ。形は変でも、能力は目覚ましい物ですから!」
そう言うと、フウは構えた扇状の矛先を持つ槍を、魔物の群れに向けて勢いよく振り下ろした。すると、振り下ろされた槍の矛先から、巨大な竜巻が発生した。竜巻は周囲の魔物達を飲み込むと、それらを遥か彼方へ、四方八方に吹き飛ばした。
「……すげぇ、あの魔物の群れを一発で」
目の前の光景に驚愕したフレイが言った。
「流石はフウ。相変わらず、一段上のスケールの攻撃かますわね」
ウォルタが冷や汗を浮かべながら言った。
「お褒め頂き光栄ですが、あんまりのんびりしている余裕はありませんよ。今のわたくしの攻撃はあくまでも対象を吹き飛ばすのに特化したもの、あの魔物達もほとんどダメージは受けていないでしょう。すぐにでも体制を立て直し、私達の匂いを辿って追撃してくるはずです」
フウが言った。
「そうなのか。なら奴らが伸びてる今のウチに、グランの捜索を進めよ……ん?」
フレイがそう言いかけた次の瞬間、彼女の懐の水晶が大きな輝きを放った。
「この輝き、近くにいるってことだな……待ってろ、グラン!」
フレイは水晶を握りしめた。
「……腹減ったなぁ」
木の根元に体を預け、腹を押さえたグランが呟いた。
(この森の植物、どいつもこいつも毒まみれで、食えたもんじゃねえ。あーあ、上手いクッキーが食いてえな……ってこの状況で何考えてんだアタシは)
「……グラン!」
そう自嘲するグランの耳に何者かの声が響いた。
(ん? 誰かアタシの名前を呼んでる……な訳ないか、こんな森の中で名前を呼んでくれる奴なんて、アタシには……)
「助けに来たぞ! グラン!」
グランはその声のする方に顔を向けた。そこには、肩で息をするフレイ、ウォルタ、フウの三人の姿があった。
「……お、お前ら、何でここに」
グランが尋ねた。
「それはこっちの台詞よ。よりにもよってこんな辛気臭い場所に。探すの大変だったのよ」
ウォルタが笑みを浮かべながら文句を言った。
「まあまあ、無事に見つけられてよかったじゃありませんか」
フウがウォルタをなだめた。
「腹減ってんだろ? ホラ、あのクッキー屋のクッキーだ。食えよ」
フレイはグランに懐から取り出したクッキーを差し出した。しかし、グランはそれを受け取ることなく、無言でその場から立ち上がった。
「……帰ってくれ」
「え?」
グランの言葉にフレイが聞き返した。
「帰ってくれと言ったんだ、アタシの仕事はまだ終わってないからな」
そう言うと、グランは三人に背を向けて、脚を引きずりながら歩き出した。
「……そうか、なあ、その仕事って何なんだ?」
フレイが尋ねた。
「……魔物退治だ。この森に巣食う、ベノムスライムって奴のな」
グランが答えた。
「へぇ……それさ、ウチらもついてっちゃダメか?」
「……ダメだ、お前らがいると足手まといになる」
「そんなことはないさ、ウチらだってこの森をくぐり抜けて来たんだ。それなりの戦力にはなると思うけどね」
「……ダメだと言ったら、ダメだ。 アタシは一人で戦いたいんだ」
「……なぁグラン」
「……何だ」
「それ、お前の本心か?」
グランの足が止まった。
「……何が言いたい」
「お前、本当は仲間が欲しいんじゃないのか? かつて加入してたギルドのメンバーみたいな仲間がさ」
「お前⁉ なぜそれを⁉」
「悪いな、グラン。店長から聞かせてもらったんだよお前の過去の事」
「っ⁉ あいつ、勝手に……なら、分かったはずだ、アタシが何故仲間を持たないのかを」
「仲間の意味を見失った……か?」
「そうさ、アタシはあの日、あの言葉を聞いて分からなくなっちまったんだ。あいつらの為を思ってした事をあいつらに間違いだと言われてしまったからな……なあフレイ、お前もアタシのしたことは間違いだったと思うか?」
「ああ思う」
「……そうか」
「……だけど、本当に間違いだと思うのは、お前が仲間を手放してしまったことだ」
「……何?」
グランは目を見開いた。
「仲間の為と思い込んで、人に拳を振るったのも間違いだと思う。けどそれ以上に仲間の言葉を受け入れられずに、仲間に背を向けた事の方が間違いだと思うウチは思う」
「お前……そうか、やっぱり間違いだったのか」
そう言うと、グランはその場に膝を着いた。
「ずっと、ずっと思っていたんだ、あの時、アタシがあいつらを突き放したのは間違いだったんじゃないかって、そうか、やっぱりそうだったのか……ははは、何やってんだろうなアタシは、今頃になって気づいてももう遅いって言うのに」
「遅くなんてないさ」
フレイはグランに近寄ると、目線を合わせる様にかがんだ。
「間違ったなら、直せばいい。もう一度確かめてみないか、仲間の意味って奴を」
そう言ってフレイが再びクッキーを差し出した次の瞬間、四人の周囲の地面が大きく揺れた。
「わっ⁉ 何だこの揺れは⁉」
突然の揺れに、地面に尻餅を着いたフレイが言った。
「……この揺れ、間違いない! 奴だ! ベノムスライムだ!」
そのグランの言葉と共に、地面を割って、地中から一体の巨大なスライム状の魔物が姿を現した。
「こいつがグランのターゲットの魔物か! 丁度いい、ウチが代わりに倒してやる!」
そう言うとフレイは立ち上がり、剣を構えた。
「おい! 何してる! 危険だから離れろ!」
グランはフレイに向かって叫んだが、フレイはそれを無視して、魔物へと突っ込んだ。
「おっと、抜け駆けはずるいですよ、フレイさん。私も混ぜて頂きます!」
そう言うとフウもフレイの後を追うように槍を構えて魔物へと突っ込んだ。
「おい! 何やってんだ、お前ら! 離れろ、そういつはウチの獲物だ!」
「まったく、失礼しちゃうわよね」
グランが後ろを振り向くと、そこにはウォルタの姿があった。
「悪かったわね。フレイっていつもこうなのよ。こっちの顔色なんて気にせずに、人の心にズケズケと入り込んできて、まるで何か分かった様な口を聞く。たまったもんじゃないわよね」
ウォルタがため息混じりにそう言った
「けど、その強引さのおかげで私はあの子に大切なことを気づかせてもらえたの。あなただって同じはずよ……なんて、これじゃああの子と一緒ね」
ウォルタはグランに笑顔を向けた。
「……なあ、聞かせてくれ、お前らは何でアタシを助けに来たんだ?」
グランが尋ねた。
「さあ、仲間、だからじゃない?」
ウォルタが答えた。
「……はっ、またそれか、まったくどいつもこいつも仲間、仲間って言いやがって。アタシはその意味が分からねえって言ってんのによぉ」
そう言うとグランは立ち上がった。
「……分かんねぇから、確かめてやる、その意味って奴を」
グランはそう言うと、笑顔でフレイから受け取ったクッキーをかじった。その姿に三人は笑顔を向けた。
「さぁて! 食後の運動と行くか! まずは作戦会議だ! そこの二人、戻ってこい!」
「おう!」
「はい!」
グランの呼びかけに応じ、フウとフレイは戦闘を中断し、後退した。
「あの魔物の厄介な所はその再生能力だ。ゼリー状の部分の耐久力は大したことないが、あいつ本体の中心に存在する核がある限り、いくら攻撃を当てても元通りに再生しちまう」
グランが言った。
「なるほど、つまりその核が奴の弱点てわけですね」
フウが言った。
「そうだ、だがその核の耐久力はかなりのものだ、並大抵の攻撃じゃ破壊できないだろう」
グランが言った。
「並大抵のものじゃなきゃいいんでしょ? それなら一つあるわ。ね、フレイ?」
「ああ!」
ウォルタの言葉にフレイは笑顔で同意した。
「ふん、随分な自信だな……その攻撃とやら、期待していいんだな?」
グランが尋ねた。
「ええ。任せてちょうだい」
ウォルタはグランの目を真っ直ぐ見て言った。
「……分かった、アタシとフウの攻撃で奴の体から核を引き剝がす! お前ら二人は引き剝がした核に、その自信満々の一撃を食らわせてやれ! いいな!」
「ええ」
「おう!」
「はい」
グランの言葉に三人が答えた。
「……よし、それじゃあ戦闘再開だ。頼むぞ、フウ」
「ふふっ」
「な、何笑ってんだよお前」
「いえ、すっかりいつも通りの調子に戻ったなと思って」
「……気持ち悪いこと言ってんな、ほら行くぞ」
『アブソーブ』
グランは懐から取り出した魔導石を、自らの握るハンマーにスキャンした。
「そうですね、行きましょう」
『スパイラル』
フウも収納魔法陣から取り出した魔導石を槍にスキャンした。
グランの握るハンマーの頭部は巨大な岩石の塊に変化した。そして、フウの握る槍の矛先はドリル型に変化した。グランとフウの二人は各々魔導具を構えると魔物に勢いよく接近し、岩石の鉄槌と竜巻の刃による一撃をお見舞いした。そして、その一撃を浴びた魔物の体ははじけ飛び、その核だけが宙に投げ出された。
「あとは任せたぞお前ら!」
「ええ!」
『チャージ』
グランの言葉に答えたウォルタが銃に魔導石をスキャンした。
「ああ!」
同じくグランの言葉に答えたフレイがウォルタの左手を握りしめ、魔力を送り込んだ。
「チャージ弾!」
ウォルタの叫びと共に銃から巨大な魔力の閃光が繰り出された。その閃光は魔物の核を焼き払い、光の粒子へと変えた。
「……す、すげぇ、あのベノムスライムをこうも簡単に」
グランはそう呟いきながら三人の方に顔を向けた。
(アタシ一人だけじゃ、こんなことは不可能だ。これが……仲間って奴の力なのか)
グランは天を仰いだ。
(アタシの間違いであいつらとは築くことが出来なかったその関係、今のアタシなら……こいつらとならそれができるかもしれないな)
「おい! グラン! 何ボーっとしてんだよ!」
グランの耳にフレイの声が響いた。
「何だよ? ……ってうわっ⁉」
グランがフレイの方に顔を向けると、そこには狼の姿をした魔物の大群の姿があった。
「ちょ、何だよこの魔物の大群は⁉」
グランが尋ねた。
「あはは、すみません。途中でわたくしが吹き飛ばした魔物さん達が戻って来てしまったようで」
フウが答えた。
「そういうこと。どう? まだ戦えそう、無理そうならそこで休んでいてもいいけど」
ウォルタが言った。
「ふん、ケガ人扱いすんじゃねぇよ。戦ってやるよ……お前らと一緒にならな」
そう言うとグランは三人に笑顔を向けた。
そして四人は襲い来る魔物の群れを蹴散らして、ボロボロになった互いの体を支えながら、無事にゴクの森から帰還したのだった。




