魔女と仲間1
「くそっ、アタシとした事が、ドジっちまった」
森の中で脚を押さえながら、木の根元に体を預けたグランが呟いた。
「流石はゴクの森、うわさ通りの魔境だぜ」
そう言った、グランの目の前に狼の姿をした魔物が現れた。
「やれやれ、ゆっくり休憩もさせてもらえないか……しかたねぇ!」
グランは立ち上がってハンマーを構えると、負傷した脚を引きずりながら、襲い来る魔物へと立ち向かった。
「さぁて、今日の仕事は何にしようかしら……」
掲示板の前でウォルタが呟いた。
「木の実探しにしようかしら、それとも猫探し……って猫探しは二度とやらないって心に決めたんだったわ」
「おーい! 大変だぞ、ウォルタぁ!」
掲示板とにらめっこを続けるウォルタの背中にフレイの大声が響いた。
「どうしたのよ、珍しく早起きして着いて来たと思ったら、そんな大きな声出して」
「グランが、グランの奴が行方不明だって!」
「は?」
「これ!」
ウォルタはフレイから一枚の依頼書を受け取った。
「……これって、グランの捜索依頼書じゃない! 彼女の身にいったい何が……」
「頼む、ウォルタ。今日の仕事これにしてくれないか。あの強いグランが行方不明なんて、余程の事があったに違いないんだ!」
「……ええ、分かったわ。今日の仕事はこれに決定よ。早速、依頼主の所に行きましょう!」
「ああ!」
二人は依頼書に記載された、依頼主のもとに向かった。
「ここが、その場所……」
目的地に着いたウォルタが呟いた。
「って、ここってグランがウチらに送ってくれたクッキーのクッキー屋じゃないか」
目の前の店の看板を見上げたフレイが言った。その店は、二人も行きつけのクッキー屋だった。すると、店の中から一人の茶髪のショートヘアーの女性が姿を現した。
「あら、お客さん! いらっしゃい! ちょうど今、クッキーが焼けたところなのよ、よかったらどうぞ!」
女性は二人に向かって笑顔で言った。
「こんにちは店長さん。あの、今日は買い物じゃなくて、ちょっとお話があって来たの」
ウォルタが言った。
「話? 一体何かしら?」
女性が尋ねた。
「魔女の少女、グランについてなのだけれど……」
「……グラン! もしかして、依頼書を見て来て下さったのね! もう、大変なのよ! グランが、グランが!」
そう言うと女性はウォルタに泣きついて来た。
「ちょ、店長さん! 落ち着いて! とにかく詳しい話を聞かせてもらえるかしら?」
「え、ええ、そうね。二人共、こちらへ」
ウォルタとフレイの二人は店の裏口へと案内された。
「ゴクの森に行ったきり戻ってこない?」
ウォルタが尋ねた。三人は店内の休憩室のテーブルに着いていた。
「ええ、彼女、グランはこの店の常連さんでもあると同時に、私の友人でもあるのだけど。ここ数日、突然、毎日の様に店に来てくれていた彼女の姿を見かけることがなくなって。それで、何かあったのかと心配して、他の魔女のお客さんに聞いたところ、彼女がゴクの森に入って行くのを見かけたらしく」
女性は涙目になりながら話した。
「そう、ゴクの森に……」
ウォルタがつぶやいた。
「なぁ、ウォルタ、ゴクの森って何なんだ?」
フレイが尋ねた。
「この大陸の北側に広がる巨大な森林地帯よ。毒の沼や、危険な魔物が多く存在している危険地帯のひとつだわ」
ウォルタが答えた。
「何ぃ⁉ あいつ、どうしてそんな危険な場所に……」
フレイが言った。
「おそらく、仕事で向かったのでしょうね。それで、店長さん、他に何か手掛かりになる情報はないかしら?」
ウォルタが尋ねた。
「情報という訳ではないのだけれど、これを」
そう言うと店長はテーブルの上に一つの水晶を置いた。
「グランが自分の身に何かあった時の為にと、私に預けていた、彼女の魔力を少量ながら閉じ込めた水晶よ」
女性が言った。
「これって確か、ルリの捜索の時にも使ったのと同じやつだよな。本人に近付くと光るやつ」
フレイが言った。
「ええ、そうね。ありがとう、店長さん。これがあれば発見の確率がぐっと上がるわ」
ウォルタが言った。
「それはよかった。けど、私が力になれそうなのはこれくらいで……お願い、魔女さん! 彼女を、グランを助けてあげて! 彼女、あの事件以来、人と関わるのを避けるようになったけど、強がっているだけで、本当は孤独で心細い思いをしているに違いないの!」
「あの事件?」
女性の言葉に、フレイが尋ねた。
「ええ、彼女は一人で今のギルドを作る前は、数人の仲間と一緒に別のギルドで活動していたのよ。そのギルドの活躍は界隈でも著しいもので、設立後、数ヶ月でその名を都市中に知らしめる程までに有名になったの」
「へえ、グランのやつにそんな過去が……」
女性の話にフレイは相槌を打った。
「だけど、ある時事件が起きたのよ。彼女のギルドのメンバーが、ある大地主からの依頼を受けて仕事に向かおうとしていた時、突如、彼女達の前に魔女の集団が現れ、彼女達に眠り魔法をかけたの。その魔女達は彼女達の急激な躍進をいいように思わなかった者の集まりだったのよ。その魔女達は眠らせた彼女達をさらい、人気のない倉庫に監禁してしまったの。おおかた、大地主からの依頼を失敗させて、彼女達の信用を落とそうと企てていたのでしょう」
「……何よそいつら、魔女の風上にも置けないわね」
女性の話にウォルタが相槌を打った。
「それで、その日一人だけ、用事で他のメンバーとの合流が遅れた為に、魔女達の襲撃を逃れたグランは、仕事もよそに、他のメンバーの行方を血眼になって探したらしいわ。そして、数日後、倉庫でひどく衰弱したメンバーを見つけた彼女は、メンバーから犯人の正体を聞くや否や、彼女達を襲った魔女の集会所に乗り込み、そこにいた魔女達を怒りに身を任せ、一人残らず殴り倒していったのよ」
「あいつ、そんなことを……」
女性の話にフレイが相槌を打った。
「魔女達を恐怖で震え上がらせたことで、メンバーの無念を晴らせたと思っていたグランだったけど、彼女を待っていたのはメンバーの一人の、人を殴るのはよくない、という一言だったの」
(……それって、ウチもあいつに言った言葉だ!)
女性の話を受けて、フレイの脳裏にかつての記憶が蘇った。
「その言葉を聞いた彼女は、頭が真っ白になってしまったのよ。無理もないわよね、仲間の為と思って振るった拳の意味を、その仲間に否定されてしまったんだから。それ以来、彼女は仲間の意味というものを見失ってしまい、ギルドを抜け、一人で活動するようになってしまったの」
「……彼女が一人でギルドの活動をしているのにそんな理由が」
女性の話を受けたウォルタが言った。
「……なるほど、あいつ、本当は仲間が欲しいんだな」
フレイが言った。
「フレイ?」
ウォルが尋ねた。
「ウチ、あいつは一人が好きな奴なんだと思ってた。けど、本当はそうじゃないんだ。本当は誰かと繋がっていたいんだよ。じゃなきゃ、ウチらにクッキーをくれたり、店長さんにこの水晶を預けたりしないしさ」
フレイはテーブルの上の水晶を手に取った。
「あいつはきっと後悔しているはずだ、自分から仲間を手放してしまった事を、だから、見つけ出して伝えてやる、お前は一人じゃないって事を」
フレイは水晶を懐にしまうと、女性に笑顔を向けた。
「……ええ、そうね。それじゃあ、早速行くとしましょう、寂しがり屋の魔女の救出に」
「ああ!」
そう言うと、ウォルタとフレイの二人は店の裏口の扉を開けた。すると、ドアの開かれた先に一人の女性の姿があった。
「知りませんでしたよ、彼女にそんな過去があったとは」
「……フウ、あんたこんな所で何しているの?」
ドアの前のフウにウォルタが尋ねた。
「いえ、ちょうど近くを通っていたら、何やら興味深い話が聞こえてきたものですから」
フウがとぼけた口調で答えた。
「立ち聞きってわけ? いい趣味してるじゃない」
ウォルタが笑顔を浮かべながら言った。
「はは、そう気を悪くしないで下さい、その仕事、わたくしも同行させてもらいますよ。ゴクの森は人を探す余裕がない程の危険地帯。人数は一人でも多い方がいいでしょう」
「本当か! 助かるよ、フウ!」
「まったく、あなたも物好きな魔女ね。まあ、いいわ、行きましょう」
三人はデコ山の北側に広がる、ゴクの森へと向かった。




