魔女と図書館2
「と、着いたわけだけど、ここから見る限り、外観に異常は見当たらないわね」
ウォルタが言った。彼女はルリと共に、件の図書館の前にやって来ていた。
「そうですね、立ち入り禁止の為、人の姿は見当たらないせいか、普段に比べて寂しい感じがしますけど。でも、中に魔物がいるのは間違いありません」
ルリが言った。
「そうね。よし、行くわよ」
そう言うと、ウォルタは図書館の扉を開け、二人は館内に足を踏み入れた。
「驚いたわね……」
ウォルタが呟いた。それもそのはずである、館内は魔物に襲われた痕跡はないに等しく、通常と変わらない景観を保っていたからである。
「凶暴な魔物ではないということでしょうか? でも、それが返って不気味ですね、依頼書にも正体不明と記載されていましたし」
ウォルタの後に続くルリが言った。
「とにかく、辺りに注意して進みましょう。私達の侵入に気付いて、どこかに身を隠しているのかもしれないし……」
と、ウォルタがそう言いかけた次の瞬間、二人の耳に、近くの本棚から物音が響いた。二人が音のした方に勢いよく顔を向けると、そこには首元に青いリボンを付けた一匹のネズミの姿があった。
「……何よ、ネズミじゃない、脅かさないでもらいたいわね」
ウォルタが言った。
「ま、まあ、気を取り直して魔物を探しましょう!」
ルリはそう言うと、ウォルタの前に出て、先へと歩き出した。
(……ちょっと、待って何でこんな綺麗な図書館にネズミなんているのかしら……まさか!)
ウォルタが何かに気付いた次の瞬間、ウォルタの目の前のネズミは先を行くルリに背後から飛びかかり襲い掛かった。
「危ない!」
ウォルタはとっさにルリの肩をつかんで、ネズミをかわさせた。
「どうしたんですか、ウォルタさん!」
ルリが尋ねた。
「ルリ、魔物探しは終了したわ。今、私達の目の前にいるこのネズミが、その魔物よ!」
そう答えると、ウォルタは、腰のホルスターから魔法銃を抜き放ち、目の前のネズミ型の魔物目掛けて、引き金を引いた。しかし、放たれた銃弾を魔物は軽い身のこなしでかわした。
「ネズミ型だけあってすばしっこいわね」
そう呟いたウォルタの背後で、ルリは目の前のネズミ型の魔物をじっと見つめていた。
(このネズミの姿、よく見るとどこかで見たことあるような……)
「ん? どうかした?」
ウォルタが尋ねた。
「あ、いえ、何でもありません。私も応戦します!」
ルリはそう言うと、魔法剣を構え、それに魔力を込めると、剣先から発生した無数の植物のツルで魔物を四方から取り囲んだ。
「このまま縛り上げます!」
ルリがそう言って、ツルで魔物を捕らえようとした次の瞬間、突如、魔物は自らの体を光らせたかと思うと、その姿を鳥に変えて、ルリの放ったツルの包囲網抜けて、上空に飛びあがった。
「姿を変えた⁉」
ルリは突然の魔物の変身に驚愕した。
「なるほど、それで正体不明ってわけね」
そう言いながらウォルタは魔物に向けて銃弾を放った。魔物はその銃弾をかわすと、羽ばたきながら、館の二階へと姿をくらました。
「追うわよ!」
「はい!」
二人は近くの階段を駆け上がり、二階の一室に躍り出た。するとそこでは真っ白な皮膚を持った、鬼のような姿をした、一体の巨大な魔物が待ち構えていた。
「また、姿を変えたってわけ? しかも、その姿は……」
ウォルタが言葉を言い終わらない内に、魔物はウォルタに対して凄まじい勢いで接近し、構えた右こぶしを振り下ろした。ウォルタはその一撃を何とかかわしたが、代わりに周囲の壁が、魔物の鉄拳によってえぐられた。
「くっ、見た目通りの凄まじい腕力! もしかしてこの魔物、姿に変えることでパワーまで変わるってこと⁉」
えぐられた壁を目にしたウォルタが驚愕した。
「ウォルタさん! 大丈夫ですか?」
ウォルタのもとに駆け寄ったルリが言った。
「ええ、何とか。しかし、厄介な姿に変身してくれたものね。まだ、さっきのネズミの姿の方が戦いやすかったわ」
「さっきのネズミの姿…………あーっ!」
「ど、どうしたの急に?」
「思い出しました、ウォルタさん! さっきのネズミの姿、私が子供の頃読んだ“マウス物語”っていう絵本の主人公、ネズリーナにそっくりなんですよ! 首元の青いリボンも一致していましたし!」
「は、はぁ、それがどうかしたの」
「えっ、ああ、すいません今それどころじゃありませんでしたね、あははは……」
「……ルリ、あなたってもしかして……天然?」
「ち、違います! 私、天然じゃありません!」
ルリがそう言い終わった次の瞬間、二人を魔物の拳が襲った。二人はこれを何とかかわした。
「ああ、もうどうすれば……ん?」
魔物の一撃をかわした先で、一冊の床に転がった本がウォルタの視界に止まった。
「何、この本? タイトルは“白鬼狩りの一族”……へぇ、面白そう……って、今は戦闘中だったわ!」
そう我に返ったウォルタは目の前の白い鬼の姿をした魔物を見て、ハッとなった。
「白鬼……これって偶然かしら……」
そう思ったウォルタの脳裏に先程のルリの発言が蘇った。
(さっきのネズミの姿、私が子供の頃読んだ“マウス物語”っていう絵本の主人公、ネズリーナにそっくりなんですよ!)
「……まさか、こいつの能力って」
「ウォルタさん! 無事ですか?」
ウォルタに遠くからルリの声が響いて来た。
「平気よ! それよりルリ、一階に戻るわよ! 確かめたい事があるの!」
そう言うと、ウォルタは魔物の攻撃をかわし、ルリと共に館の一階へと降りた。
「何なんです? 確かめたい事って?」
ルリが尋ねた。
「ここにある本達のことよ…………あったわ!」
そう言うとウォルタは近くの本棚から一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。その本の表紙には“マウス物語”と書かれていた。
「この本って!」
「やっぱり、思った通りね。あの魔物はこの本からさっきのネズミのデータを読み取ったんだわ」
「読み取ったって……まさか!」
「そう、あの魔物の能力は本の内容を読み取ることで、自らの姿を、本の中のキャラクターの姿に変えられるというものだわ」
「そうなんですか? じゃあ、さっきの鳥は……」
そう言いながらルリが視線を向けた先には、動物の図鑑をまとめた本棚があった。
「おそらくね」
「なるほど、そうだったんですね。で、敵の能力が分かった所で、次はどうするんですか?」
「……それなのよねぇ、能力が分かった所で、これと言って打つ手が思いつかないのよ」
「そ、そんなぁ!」
ルリがそう言った次の瞬間、二人の耳に凄まじい勢いの足音が響いた。二人が降りてきた階段を振り返ると、そこにはボロボロのドレスを見にまとい、片手に短剣を持った一人の女性の姿があった。
「こ、今度は何に変身したんですか?」
「あの風貌、もしかしなくても……」
女性は短剣を振りかざすと、二人に襲い掛かった。
「“マックス姫の漂流記”の主人公、無人島の暴君! マックス姫だわ!」
マックス姫の姿をした魔物は巧みなナイフさばきで、ウォルタとの距離を詰めて来た。
「くっ、この魔物、どんどん強い者に姿を変えて行くわね! 学習能力があるとでもいうの!」
ウォルタは必死になって、魔物の繰り出すナイフの連撃をかわした。すると、次の瞬間、魔物の体は無数の植物のツルによって縛り上げられた。ルリの魔法によるものだ。
「油断しましたね! 捕まえてしまえばこっちのものです!」
「いや、ダメだわ!」
ルリの言葉にウォルタが言った、
「え、何でですか?」
ルリの疑問は、次の瞬間に解消された。魔物は自らの体に巻き付いたツルを力ずくで引きちぎり、ツルの拘束から脱出したのだった。
「嘘でしょ⁉ 私の魔法から力ずくで抜け出すなんて!」
「マックス姫は無人島のジャングルで生活しているキャラクターだもの、残念ながら、植物のツルを切断する事なんて造作もないことよ」
「何ですかそれ、滅茶苦茶じゃないですか!」
「いや、むしろ作品の設定に忠実なのかも……なんてね」
「言ってる場合ですか! うわぁっ、来ましたよ!」
二人は襲い来る魔物の猛攻を何とかかわし、近くの本棚の陰に逃げ込んだ。
「あの姿、手に負えませんね。奴をどうにかして、こちらに有利な姿に変身させない事には倒せませんよ」
「といっても、あの魔物、まるで学習しているかのように、次々に強い者の姿に変身していくのよね。わざわざ、弱体化を招く様な変身はしないと思うわ」
「せめて、動けない者に変身してくれれば、私の魔法で捕まえられるんですけど。強いけど、動けない者。なんて、そんな都合のいいものありませんよね?」
「強いけど、動けない者…………それだわ、でかしたわルリ!」
「えっ、あるんですかそんなもの?」
「ええ、あなたもご存知のアレがね、作戦会議開始! とびっきりの逆転劇のお披露目よ!」
そう言うと、ウォルタはルリに耳打ちをした。
二人の姿を見失ったマックス姫、もとい魔物は、一人、館内を歩き回っていた。すると、魔物の目にテーブルの上に置かれた一冊の本が飛び込んできた。魔物はその本を手に取ると、しばらくした後に、自らの体を光らせ、その姿を巨大な鉄製の人形へと変えたのだった。
「かかったわね、あなたがその姿を、その本のキャラクター、ブラックアイアンに変えるのを待っていたのよ!」
近くの本棚のから躍り出たウォルタが魔物が手にした本を指指して言った。その本は数日前彼女がルリから返して貰った、“超絶爆闘ブラックアイアン”という作品だった。
「へぇ、本で読んでイメージしていた通りの力強そうな見た目してるわね。その巨体から繰り出す一撃で、とっとと目の前の私を倒してごらんなさい!」
魔物はウォルタに襲い掛かかろうとその巨体を動かそうとした、しかし、その体はまったく動かなかった。
「……といっても、動けないでしょうね。操縦士である主人公がいないんじゃ」
ウォルタは口元に笑みを浮かべた。
「その本の情報を読み取って、一番強そうなその人形に姿を変えたつもりでしょうが、宛が外れたわね。あなたのその能力の、作品の設定に忠実過ぎる点が仇となったてわけだわ!」
ウォルタがそう言った次の瞬間、魔物の周囲の本棚の陰から、無数の植物のツルが魔物に向かって襲い掛かり、その体を拘束した。
「今度こそ捕まえましたよ。もう他の者に姿は変えさせません!」
本棚の陰から身を出した剣を構えたルリが言った。
「本の中のキャラクターに姿を変えられるなんて、夢のような能力だわ。だけど、ちょっと作品に対する理解が足りなかったようね。出直して来なさい!」
ウォルタの構えた銃から放たれた銃弾が魔物の体は貫いた。そして、魔物は光の粒子となって消えた。
「予定通り、開館できたみたいね」
ウォルタが言った。魔物退治から数日後、彼女は、立入禁止が解除され、再び開館された図書館の前にやって来ていた。
「そうですね、やっと私達の図書館が戻って来てくれました。ウォルタさん、今日は何か借りる予定の本とかってあるんですか?」
同じく、図書館前に来ていたルリが尋ねた。
「ええ、あの魔物との戦闘中に見つけた、“白鬼狩りの一族”って本をね……魔物がきっかけでその本に出会えたっていうのは、何か複雑な気分だけど」
「いいんじゃないですか。本との出会いなんて、何がきっかけで起こるか分からないものですよ。私も久しぶりに“マウス物語”借りて読んでみたくなりましたし」
「ふふ、そういうものなのかもね。じゃ、今日も素敵な本との出会いを願って、行くとしますか」
「はい!」
二人は会話をしながら、図書館の中へと入って行ったのであった。




