魔女と剣2
それからも道中、三人の前に幾度となく魔物の大群が現れたが、その全ては、剣を構えたフレイ一人の前に切り伏せられて行った。
「ちょっと、フレイ大丈夫?」
度重なる、魔物の襲撃を一人でくぐり抜け、息を切らしたフレイにウォルタが尋ねた。
「ぜぇ、はぁ、平気、平気まだ戦えるって。ウチの事はいいから、ウォルタはキンキを頼むよ」
フレイが苦笑いを浮かべながら言った。
「……フレイ、ムキになったって仕方ないわよ。私達の仕事の目的はあくまでも護衛、ここから先は私が先行するわ、フレイは下がってキンキの身の安全を……」
「いや、ウチに戦わさせてくれ!」
ウォルタの言葉を遮ってフレイが叫んだ。
「ムキになってなんかないし、仕事の目的だって忘れていないよ。ただ、ウチは証明したいんだ、ウチの剣が泣いたりなんかしてないって事を」
「……フレイ」
ウォルタはそれ以上、何も言わなかった。そして、その二人の姿を、キンキは遠くから見つめていた。
「着いたぞ」
キンキが言った。三人は目的のギラ石が眠る、鉱床へと辿り着いた。
「ふう、やっと到着ね。キンキさん、周囲の警戒は私達に任せて、早速、採掘の方を」
ウォルタが言った。
「言われんでも、分かっとるよ」
キンキはそう言うと、荷物を降ろして準備をし始めた。しかし、次の瞬間、鉱床一帯に轟音が響き渡り、三人の足元は大きく揺れた。
「何よ、この揺れ⁉ 地震?!」
ウォルタが周囲に目をやりながら言った。
「……いや、魔物だ!」
そう叫んだフレイの視線の先で、地面を割って地中から巨大な甲虫の姿をした、一匹の魔物が姿を現した。
「ウォルタ、キンキを頼む」
フレイはそう言うと、鞘から抜き放った剣を構えた。
「……ええ、でもくれぐれも無茶だけは」
「分かってる……行くぞ!」
ウォルタの言葉に答えたフレイは、構えた剣の刀身に炎を灯すと、目の前の魔物に向けて突っ込んだ。
「うおりゃあ!」
フレイは魔物に向けて、剣を振り下ろした。しかし、魔物は軽い身のこなしでその斬撃をかわすと、自らの後方に跳躍して、フレイとの距離を置いた。
「っ⁉ 速いな、けど負けるか!」
フレイは剣を構え直すと再び魔物に向けて突っ込もうとした。しかし、次の瞬間、魔物は、自らの頭部に存在する穴から、無数の液状の球を辺り一面に発射して来た。
「キンキさん! 伏せて!」
魔物の攻撃を確認したウォルタは、キンキの盾になるように前に出て、彼女を伏せさせた。そして、無事に事無きえたウォルタは近くの壁を見て驚愕した。なんと、魔物の繰り出した液状の球の当たった箇所がドロドロに溶解していたからである。
「この液体、物を溶かす性質があるの⁉ はっ! フレイは⁉」
ウォルタは前方のフレイに目をやった。すると、彼女は剣を構えたまま、呆然と立ち尽くしていた。
「や、やられた……」
フレイの握る剣の刃は壁と同じくドロドロに溶解していた。それはとっさの判断で魔物の攻撃を剣で防いでしまった結果であった。
「フレイ……あなた、その剣……」
ウォルタは言葉に詰まった。
「……ふん、だから言っただろう未熟者だと。お前さんは剣の気持ちなどこれっぽっちも分かっておらん。剣をそんな姿にさせる者に、剣士を名乗る資格はない!」
キンキがウォルタの前に一歩、歩み出ながら言った。
「ちょっと! 今はそんなこと言っている場合じゃ……」
「まだだ!」
ウォルタの言葉をフレイの叫びが遮った。
「まだだ、まだこんなもんじゃない、ウチらの戦い様は! こいつはこれまで、ウチと一緒にどんな物だって切り倒して来たんだ! 例え刃の一つ溶けたくらいで、引き下がれるか! そうだろ!」
フレイは右手で握りしめた剣に向かって尋ねた。剣はその刃を鈍く光らせることで、それに答えた。
「へへ、だよな! 行くぞ!」
フレイは再び剣を構え、そのボロボロの刀身に炎を灯すと、目の前の魔物に突っ込んだ。そして、フレイの繰り出した炎の斬撃は魔物の胴体を捉えた。しかし、その斬撃の切れ味は無に等しく、魔物の胴体を少し焦がすだけに終わった。
「くっ、まだまだぁ!」
そう言って、フレイは再び魔物に切りかかろうとしたが、魔物が再び、液状の球を発射してきたので、フレイは咄嗟に魔物と距離を置いた。
「これならどうだ!」
『ウェイブ』
フレイは握った剣に魔導石をスキャンした。剣は斬撃発射可能になり、フレイはその剣を魔物に向けて振り下ろし、炎の斬撃を飛ばした。しかし、これも魔物の胴体を少し焦がすだけに終わった。
「これならぁ!」
『マキシマム』
フレイは再び握った剣に魔導石をスキャンした。剣はフレイの背丈以上に巨大化し、フレイはその剣を両手で構え、魔物へ切りかかった。しかし、やはりこれも魔物に大きな傷を負わせることは叶わなかった。
「まったく、何をやっているんだ! そんな力任せの戦い方でどうにかなるものか!」
フレイの戦いぶりにしびれを切らしたキンキが言った。
「……あれが、フレイと彼女の剣の戦い様なんですよ」
キンキの身を守るウォルタが言った。
「何だと?」
「彼女、自分でも言っていたんです、自分の剣技は荒っぽいから、それに付き合ってくれるこいつには感謝だって」
「……それが?」
「確かに、彼女の剣技は華やかというには程遠いものです。剣への負担だって、並大抵のものじゃないないと思います。けど、だからってそのことに負い目を感じて、剣をかばって、自分自身の実力を出し切らないような戦い方を、彼女は決してしません。彼女は信じているんです、自らの握る剣が自分自身の全力を受け止めてくれてくれる存在であることを」
「剣を信じる……だと」
「ええ、だからきっと彼女の握る剣も彼女のことを、自分自身の能力を最大限に活かしてくれる存在だと信じて、その身を預けているはずです。でなければ、これまでの死線をくぐり抜けてこれはしなかったですもの。それについては、隣で共に戦って来た、私が証人です」
ウォルタが笑顔でそう言った。
「…………ふん! まったく!」
キンキはそう言うと、自らの荷物をあさり出し、何かを取り出した。
「おい! 赤髪!」
キンキはそう叫ぶと共に、フレイにその取り出した物を投げ渡した。
「っ⁉ ……こいつは!」
フレイは受け取った物に目をやった。それは鞘に納まった一本の魔法剣だった。そして、それを鞘から抜いたフレイは、その剣の刃を見て仰天した。
「赤い……刃……これって!」
フレイはキンキに振り向いた。
「私が以前に一本だけ完成に至ったギラ石の剣だ! 護身用にと持ち歩いていたが、貴様にくれてやる! そいつを使ってとっとと魔物を切り伏せろ!」
キンキは叫んだ。
「……けど、ウチにはこいつが!」
そう言って、フレイは自身の剣に目をやったが、その剣にもう刃はほとんど存在せず、フレイの手にはほぼ剣の柄だけが残っていた。
「貴様らの戦い様はこの目に焼き付けさせて貰った。力任せながら、互いを信じる戦い様、見事なものだ。しかし、その剣は既に剣としての寿命を迎えている。ここから先は、渡した剣に、貴様の剣の気持ちを乗せて戦うのだ! それが、役目を終えた貴様の剣への手向けとなる!」
キンキはフレイの目を真っ直ぐ見て言った。
「……分かった、こいつの気持ちはお前に託す。だから……一緒に戦ってくれ!」
そう言うと、フレイは自身の剣を鞘に納めると、キンキから渡された剣を構えて、その刀身に炎を灯した。赤色の刃は炎をまとうことで、より一層、赤く輝いた。すると、目の前の魔物は身の危険を感じ取ったのか、さらにフレイとの距離を取り、無数の液状の球を発射してきた。
「こんなもの!」
フレイは向かい来る、液状の球を次々と切り落として行った。
「すごい、あの液体を物ともしてない!」
その光景を見たウォルタが驚愕した。
「当たり前だ、ただでさえ強靭なギラ石の刃に、あいつらの闘志が乗っているんだ。あんなヘドロ、敵じゃないわい! 赤髪! その剣の核は魔導石の二重使用にも耐えうる代物だ! 派手にぶちかませ!」
キンキはフレイに向けて叫んだ。
「ああ! いくぞ!」
『マキシマム』
『ウェイブ』
フレイは剣に立て続けに魔導石をスキャンした。剣はフレイの背丈以上に巨大化し、かつ斬撃発射可能になった。
「魔導石の二重使用! これで、能力は二つ分だわ!」
ウォルタが言った。
「能力だけじゃねぇ! 剣の気持ちも二つ分だぁああああああ!」
フレイの咆哮と共に振り下ろされた巨大な剣からは、凄まじい大きさと勢いを併せ持った炎の斬撃が繰り出された。その斬撃は魔物の胴体を真っ二つに切り裂き、魔物は光の粒子となって消えた。
「ふぅ、険しい道のりだったけど、何とか戻って来れたわね」
ウォルタが言った。鉱床でギラ石の採掘を終えた三人は、再び山の麓に戻って来ていた。
「あ、ああ、そうだな……」
フレイはそう言いながら、ほとんど柄だけになった、かつての自身の剣を見つめた。
「……おい、赤髪。そいつを私に貸してみろ」
キンキが言った。
「え、いいけど……」
フレイはキンキに剣を渡した。
「……ふむ、刃はないに等しいが、埋め込まれた核は無事のようだな」
キンキは受け取った剣を眺めながらそう言った。
「そうなのか? それだと、どうなるんだ?」
フレイが尋ねた。
「こいつの核を新たに打った剣に埋め込むのだ。そうすることで、こいつは、生まれ変わって、剣としての新たな一生を歩みだす事ができる。どうだ、こいつの核を私によこしてみないか?」
キンキが尋ねた。
「……そうなのか……分かった、そいつの核、キンキにあげるよ。だから頼む! そいつを立派な剣として生まれ変わらせてやってくれ!」
フレイは笑顔で言った。
「ああ、任せろ! 魔法剣職人の誇りかけて、こいつを最高の剣として生まれ変わらせてやる事を約束しよう!」
キンキも笑顔でそれに答えた。そして、フレイとキンキの二人は、硬い握手をかわしたのだった。




