魔女とぬいぐるみ2
食堂を出たマリーは、早速、昨日と同じ通りに移動し、ぬいぐるみに出会った時間まで、その場で待機をし始めた。
(私はあのぬいぐるみを以前にもどこかで見ている。その記憶がぬいぐるみの正体を知る鍵になるはずよ)
そう思いながらマリーは腕時計に目をやった。そして、時計の針が目的の時刻を示した時だった。
「……マリー」
突如、マリーの背後に何者かの声が響いた。
(来た!)
マリーは即座に後ろを振り返ると、そこには昨日も見たぬいぐるみの姿があった。マリーはそのぬいぐるみの姿をじっくりと観察した。そして、何か思い出したかのように目を見開いた。
「思い出した……ポーラ、あなたポーラね!」
マリーはぬいぐるみを指差して叫んだ。
「懐かしいは何年ぶりかしら……でもなぜあなたがこの街に?」
マリーは自然と目の前のぬいぐるみに尋ねていた。
「……マリー」
ぬいぐるみは再びマリーの名前を呼んだ。
「そうよ、私よ、マリーよ。小さい頃一緒に遊んだじゃない」
「……マリー……こっち」
そう言うとぬいぐるみは、マリーに背を向けて歩き出した。
「ちょっと、待って!」
マリーは今度は見失わないようにとぬいぐるみの後をつけた。ぬいぐるみは通りの角を曲がると、そのまま裏道に入り歩き続けた。そして、時折、後ろを振り返り、マリーのことを確認するそぶりを見せた。
(どこへ向かっているのかしら。とにかくついていくしかない)
マリーはぬいぐるみの後を追い続けた。しばらくしてマリーとぬいぐるみの姿は郊外にあった。
(とうとう郊外に出てしまったけど、どこまで行くつもり?)
マリーが息を切らしながら歩いていると、突然、ぬいぐるみはある柵の前で立ち止まり、マリーの方を振り返った。
「……こっち」
そう言うとぬいぐるみは柵を軽々と飛び越え、柵の向こう側へと移った。
「もう、待ってよ」
そう言いながらマリーは柵を飛び越えようとした。しかし、次の瞬間、何者かに肩をつかまれ、後ろへと思いっ切り引かれた。
「何やってんだ! マリー! そっちは崖だ!」
地面に倒れ込んだマリーは後ろを振り向いた。そこには血相を変えたフレイの姿があった。
「よく止めたわ、フレイ」
フレイの後ろからウォルタが駆けてきた。
「フレイ? ウォルタ? あなた達何故ここに?」
マリーはそう言いながら辺りを見回してぎょっとした。なんと、自分が乗り越えようとした柵の向こう側に地面はなく、その先は険しい崖になっていたからである。
「嘘……一体これは」
マリーは目を見開いて動揺した。
「落ち着いてマリー、あなたの事を信用していない訳じゃないけど、一応と思って後をつけさせてもらったわ」
ウォルタがマリーの肩を抑えながら言った。
「どうなっているのウォルタ、私、ポーラ……ぬいぐるみの後をつけてここまで来たの」
「そう……悪いけど私とフレイにはぬいぐるみの姿なんて見えなかったわ」
「見えてない⁉ そんなはず……まさか!」
「ええ、おそらく幻覚魔法よ」
ウォルタがそう言った次の瞬間、柵の向こう側の崖の空中にぬいぐるみの姿が現れた。
「こいつがそのぬいぐるみか」
「なるほど、こいつがマリーをここまで誘い込んだのね」
フレイとウォルタの二人はぬいぐるみの姿を確認し、身構えた。
「……マリー……こっち」
ぬいぐるみは呟いた。
「ポーラ……あなた、私をそこの崖から落そうとしたの?」
マリーはぬいぐるみを睨みながら尋ねた。
「マリー、あなたがあのぬいぐるみとどういった関係があるのかは知らないけど、あれは正真正銘、魔物よ!」
ウォルタは腰のホルスターから魔法銃を引き抜いて叫んだ。
「……マリー……マリー……マリぃいいいいいい!」
ぬいぐるみは突如大声を発すると、その体を何倍もの大きさに巨大化させ、先程までの可愛らしい見た目を捨て、魔物へと姿を変えた。
「正体現したな。ウォルタ! マリーを頼む!」
『ウェイブ』
フレイはそう言うと魔法剣に魔導石をスキャンした。
「先手必勝だ!」
フレイは魔物目掛けて剣を振り、炎の斬撃を飛ばした。しかし、その斬撃は魔物の体をすり抜けて通過した。
「すり抜けやがった⁉」
「違う! 幻覚だわ! 後ろよ、フレイ!」
動揺したフレイに。ウォルタが叫んだ。魔物はいつの間にか三人の背後に移動していた。そして、魔物は両手のひらを三人に向けると、手のひらから、無数のぬいぐるみを発射しだした。
「くそっ、こんなもの!」
フレイは迫りくるぬいぐるみの弾丸を剣で切り払おうとした。しかし、ぬいぐるみは剣をすり抜けた。
「なっ⁉ こいつも幻覚か⁉」
放たれたぬいぐるみの弾丸は、全てフレイの体をすり抜けて通過した。
「……なんだ、はったりか。幻覚って分かれば怖くないね!」
そう言って笑みを浮かべたフレイに向けて、魔物は再び無数のぬいぐるみを発射して来た。
「ぬいぐるみは無視だ! 近づいて本体を確実に倒す!」
フレイは魔物目掛けて、ぬいぐるみの雨の中に突っ込んだ。しかし、次の瞬間、フレイの肩に激痛が走った。
「いっ!」
フレイはその場に倒れ込んだ。
「フレイ! ……ってこれは⁉」
フレイに駆け寄ったウォルタはフレイのそばに岩石が転がっているのを確認した。
「どうなってる、ぬいぐるみは幻覚のはずじゃ?」
フレイが肩を抑えながら言った。
「……ぬいぐるみの幻覚にかぶせて実物の岩石を発射してきたんだわ。フレイ、大丈夫?」
そう言ってフレイの傷を確かめるウォルタをよそに、魔物は再び、手のひらを二人に向けて発射態勢を取った。
「撃って来るわ! 下がるわよフレイ! 幻覚と実体の判断がつけられない以上、発射されるもの全てが岩石のようなものだもの!」
ウォルタがが叫んだ。
「……なら、その岩石、全部を切り落とすだけだ」
そう言うとフレイはバッグから、一つの魔導石を取り出した。それは以前、魔の遺跡調査において、ベルから貰った魔導石だった。
『マキシマム』
フレイは剣に魔導石をスキャンした。すると、剣は光に包まれ、その光は剣をフレイの背丈以上の大きさに巨大化させた。
「ちょっと重いが、これなら!」
フレイの言葉と共に、魔物はぬいぐるみの弾丸を発射して来た。
「うおっしゃぁあ!」
フレイは両手で構えた大剣を振り、ぬいぐるみの雨を切り裂いた。
「やったわ! この隙に本体を!」
ウォルタは魔物に向けて銃を構えた。
「何⁉」
ウォルタは引き金に指をかけたまま驚いた。それもそのはず。なんと目の前に魔物の姿が三体あったからだ。
「また、幻覚? どれが本体なの?」
ウォルタは額に汗を浮かべた。
(次の攻撃が来る、速く決めないと!)
「右よ」
突然、ウォルタの耳元で声が響いた。ウォルタは反射的に銃口を一番右の魔物に定め、引き金を引いた。発射された銃弾は魔物の体を貫いた。
「……マリー、よく分かったわね」
ウォルタは背後のマリーに向けて言った。
「当り前よ、感覚で分かるわ。どれが本物のポーラかは」
そう言ったマリーの顔はどこか寂しさを含んでいた。
「……ポーラ、それがあのぬいぐるみの名前なのか?」
フレイが尋ねた。
「ええ、彼女の名はポーラ。私が幼い頃、初めて買って貰ったぬいぐるみよ。私、小さい頃は体が弱かったせいで、なかなか他の子と外で遊べなくってね。いつも家でポーラと一緒に遊んでいたのよ」
マリーは話を続けた。
「ずっと一緒にいられると思っていた。だけど私が魔女に覚醒してしばらくして、ポーラは姿を消したの。両親が私に内緒で処分したのよ。私が立派な魔女として外の世界でやっていける様に、私を家の中に縛り付けているポーラの存在を消したくってね」
「……そうだったの、それでそのポーラが何故、今頃になってこの街に?」
ウォルタが尋ねた。
「……昔、おばあちゃんに聞いたことがあるわ。処分されたぬいぐるみが、魔物として蘇り、持ち主を探してさまよい続けるって話を。そして、そのぬいぐるみは持ち主を発見したら、再び一緒にいられるように、その持ち主を死へと誘うって言われているの」
「なるほど、それでマリーを崖から落そうとしたってわけか」
フレイが言った。そして、ポーラは傷口を手で抑えながら体を震わせて立ち上がった。
「……マ、マリー」
魔物はかすれた声で言った。
「今、私の目の前にいるのは間違いなく魔物。けど同時に間違いなくポーラでもあるの。お願いウォルタ、フレイ、彼女のとどめ、私に刺させて頂戴!」
「……分かったわ」
「ああ」
二人は頷いた。
「ありがとう、二人共」
マリーは背中に背負ったメイスを両手で構え、魔力を込めた。
「……マ、マリぃいいいいいい!」
ポーラはマリーに向けて突進してきた。マリーはそれをかわすことなく、メイスをポーラの体に突き刺した。
「……ごめんなさい、ポーラ、さよならも言わず別れてしまって。寂しい思いをさせたわね」
「……マ、マリー」
「私を追ってここまで来てくれてありがとう、とってもうれしいわ。でも残念だけど私はまだあなたと一緒には行けない。魔女としてこの世界でまだやらなければならないことが沢山あるのよ」
マリーはメイスから手を放し、ポーラを抱きしめた。
「私、あなたにとっても感謝しているの。一人ぼっちだった私を支えてくれたのはあなただけだったもの。でも、今はもう大丈夫。私はもう一人ぼっちなんかじゃない。ウォルタやフレイ、それにギルドの皆が私を支えてくれているの。だからポーラ、あなたは私の心配なんかせずに向こうの世界に戻っていいのよ」
「……マリー……ありがとう……魔女の……お仕事……頑張ってね」
「っ! ポーラ!」
マリーは光の粒子となって消えゆくポーラを強く抱きしめた。
「私の方こそありがとう! ポーラ!」
「……さようなら……マリー…」
そう言い残しポーラは光の粒子となって消えた。
「……ええ、さよなら、ポーラ」
マリーは目に涙を浮かべながら笑顔で空を見上げた。そして、光の粒子は地面に赤いリボンを残していった。
「おはよう! ウォルタ! フレイ!」
翌日、マリーは食堂で食事中のウォルタとフレイに言った。
「おはよう、マリー……って、いててて」
挨拶しようとして右腕を上げたフレイはスプーンを落とした。
「あら、もしかして昨日のケガ? どれ、お姉さんに見せてみなさい!」
マリーはフレイの腕につかみかかった。
「いやぁ、大丈夫だって、これくらい」
「そんなことないわよ、いいから見せてみなさい!」
「だから大丈夫だって……ちょっとウォルタ、見てないで止めてくれよ!」
フレイが腕をかばいながら叫んだ。
「マリーの姉面、発動ね。フレイ、諦めなさい」
ウォルタは涼しい顔でコーヒーを啜りながら言った。
「あー! また姉面って言ったわね、ウォルタ!」
マリーはウォルタに詰め寄った。
「姉面は姉面でしょ……って、マリーその首元のリボン」
ウォルタはマリーの首元を指差して言った。
「あ、気づいた。かわいいでしょ!」
「ええ、いい趣味してるわね」
「ふふ、ありがとう!」
マリーは笑顔でそう言った。




