魔女とぬいぐるみ1
「謎の歩くぬいぐるみねぇ……」
食堂で席に着きながら、コーヒーを口にしたウォルタが言った。
「そう、最近うわさになっているのよ。私のギルドのメンバーも、何人も見たって言ってるわ」
向かいの席に腰かけたマリーが言った。
「何なんだ、その歩くぬいぐるみって?」
昼食を並べたプレートをテーブルの上に置いたフレイが尋ねた。
「街の通りに出現する動くぬいぐるみのことよ。ふと道の角から姿を現して、特になにか行動を起こすこともなく、歩いてどこかに去って行くって話よ。なんか不気味じゃない?」
マリーが尋ねた。
「誰かのイタズラじゃないのかしら。そのぬいぐるみも何かの仕掛けで動くカラクリなのかも」
再びコーヒーを口にしたウォルタが言った。
「確かに気になるけど、何もしないってことは危害を加えてくるわけじゃないんだよな? なら、ほっとけばいいんじゃないか」
ウォルタの隣の席に着き、カレーを口にするフレイが言った。
「もう何よ、二人して食いつきが悪いわね。正体不明のぬいぐるみが独りでに歩くのよ、気にならないの? それに例え誰かのイタズラにしろ、危害を加えて来ないにしろ、街の皆が不安がっているのよ! 人々の不安を取り除くのも、魔女の仕事じゃないの?」
マリーが席から立ち上がり、二人に詰め寄って言った。
「そう言われちゃうと……」
「無視できないわね」
フレイとウォルタは冷や汗を浮かべながら納得した。
「よろしい! 物わかりの良い妹を二人も持って、お姉さんは幸せ者よ!」
マリーが笑顔で言った。
「誰が妹よ。まったく、要するにその歩くぬいぐるみの調査を、私達にも協力して欲しいって事でしょ?」
ウォルタが尋ねた。
「そういうこと、よろしくね!」
マリーは二人に向けてウィンクをした。
「いいけどよ、どうしたんだマリー、今日はいつもよりやけにテンションが高い気がするけど?」
フレイが尋ねた。
「そうかしら? 私はいつも通りだと思うけど」
マリーが答えた。
「きっと、この件にぬいぐるみが関係しているからね。知ってる、フレイ? マリーってやたら姉面してくるわりに、ぬいぐるみを集めるのが好きなのよ。可愛らしい趣味してるわよね」
ウォルタがマリーをにやけ顔で見ながら言った。
「へぇ、そうなんだ。なんか女の子って感じだな」
フレイが笑顔で言った。
「べ、別にいいじゃない! ぬいぐるみ大好きなんだから!」
マリーが顔を真っ赤にして言った。
「ごめんごめん、悪かったわマリー。その調査、協力させてもらうわ。街の人々の為にも、そのぬいぐるみの正体、暴いてやりましょう」
ウォルタがマリーをなだめながら言った。
「もう、頼んだわよ二人共」
マリーがむくれ顔で言った。
「それじゃあまたね」
食堂を出たマリーがウォルタとフレイに手を振りながら言った。
「まったくウォルタったら、失礼しちゃうわ」
そうこぼしながら、ギルドの集会所を目指し、街の通りを歩くマリーであったが、ひと気のない通りに差し掛かかると、彼女の身に不可思議な現象が起こった。
「……マリー」
突如、彼女の背後で何者かが囁いた。
「っ! 誰!」
マリーが即座に後ろを振り向くと、そこには一体の首元に赤いリボンを付けた、小さなボロボロの白いクマのぬいぐるみが、マリーをじっと見つめながら立っていた。
「ぬいぐるみ? ……まさか」
マリーはそう言うと身構えた。そして、ぬいぐるみはしばらくマリーを見つめた後、背を向けて歩き出した。
「……あ、歩いた……ぬいぐるみが」
マリーは目の前の歩くぬいぐるみに度肝を抜かれ、その場から動けなかった。やがて、ぬいぐるみは道の角に入って行った。
「……って、ちょっと待って!」
マリーはそう叫ぶと、ぬいぐるみの後を追い、その角に体を出したが、そこにはもうぬいぐるみの姿はなかった。
(本当に居た歩くぬいぐるみ……それに私の名前を呼んだ。いったいなんなの?)
マリーはそう考えながらしばらくその場に立ち尽くしていた。
「ぬいぐるみを見たぁ!」
カレーを口に含んだフレイが立ち上がり、テーブルに身を乗り出して叫んだ。この日、三人は食堂で昼食を取りながら、情報交換を行っていた。
「びっくりしたぁ、急に叫ばないでよ」
隣の席のウォルタが怪訝な顔をしながら言った。
「すまん、びっくりしたもんだからつい。で、マリー本当なのか?」
椅子に腰を降ろしたフレイが尋ねた。
「ええ、本当よ。昨日、二人と別れた後に通りで出会ったの。突然、背後から名前を呼ばれて、振り返ったらそこに。後を追おうとしたけど見失ってしまったわ」
マリーは昨日の事を思い出し、険しい表情で答えた。
「歩くだけじゃ飽き足らず、しゃべり始めるとはね。で、会って何か手がかりはつかめたの?」
ウォルタが尋ねた。
「これといっては……あるとしたら何故か私の名前を知っていたことね。それと……」
「それと?」
フレイがマリーに尋ねた。
「私、そのぬいぐるみを前にも見たことがある気がするのよ。ずっと昔にどこかで」
マリーが手で頭を抑えながら言った。
「……なるほど。もしかしたらそのぬいぐるみ、マリーに何らかの関係があるのかもしれないわね。どう、何か思い出せそう?」
ウォルタが尋ねた。
「ごめんなさい、今はまだ何も。だから、私、もう一度、昨日と同じ時間に、そのぬいぐるみと会った場所に行ってみようと思うの。もう一度会うことが出来れば何か思い出せるかもしれないわ」
マリーが言った。
「そう、分かった。でも、流石に一人は危険よ。私達も同行するわ」
「いいえ、私一人で行く。心配してくれる気持ちはうれしいけど、そのぬいぐるみと遭遇するのは、決まってひと気のない通りだと言われているの。人数がいると出現しないかもしれないわ」
ウォルタの言葉にマリーが答えた。
「でも、相手は正体不明のぬいぐるみだ。やっぱり一人じゃ危険じゃないか?」
フレイが言った
「大丈夫! これでも私、あなた達の先輩なんだから。伊達に修羅場は超えてないわ。お姉さんに任せといて!」
マリーは笑顔で言った。




