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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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89話

 懸念されていた王太子のアプローチだが、それは早くも翌朝から始まった。

「おい、アデリア。 喜ぶがいい。 この俺がキサマを嫁に……」

「はい、失格ぅぅ! うぉらぁぁぁっ!!」

 いきなり口説こうとした王太子の頬に、ダーテンの手加減した拳が飛ぶ。

 派手に吹っ飛びはするものの、何らかの力が働いているのか大きなダメージが入った様子は無い。

 そして拍子抜けするぐらいにあっさりと起き上がると、王太子は手加減してもらったことにすら気づかず、さっそくダーテンに噛み付いた。


「きっ……貴様ぁぁぁっ! 誰に向かって手を挙げたかわかっているのか!!」

「テメェこそ、誰の女にちょっかい出しているのかわかってんのか、あぁっ!? 廃太子風情が生意気だっ!!」

「ぐっ……まだ正式に廃嫡されたわけではない!」

 ダーテンに痛いところを指摘され、王太子の顔が歪む。

 たしかにまだ完全に廃嫡されたわけではないが、それですら目の前にいるアデリアの気分一つの問題だ。


 なお、王太子であった彼の価値観では、全ての人間は自分にかしずくべき存在である。

 自らの地位が父親以外に左右されるなど、彼にとっては全く経験をした事の無い、未曾有の経験であるに違いない。


「ダーテン、それよりも早く水汲みを終わらせましょう。

 朝ごはんの時間が終わってしまいますわ」

 そんな王太子を見下ろしながら、籠一杯に詰んだ芽キャベツと人参を手に、アデリアがやんわりと急かした。


 なお、周辺地域が食糧難に喘ぐ中、ハンプレット村のみは今日も野菜が取れ放題である。

 すでに周辺の農家が本格的な野菜泥棒と化して押し寄せているようだが、鉄と銅で出来た薔薇の壁に阻まれているため、村の中は平和そのものだ。


「ん、わかった。 家に帰ってすぐにメシの準備に入ろう」

 なお、この二人……同棲まではしないものの、すでに朝と晩の食事を共にする状態だった。

 この世界の慣習では、ほぼ結婚しているのと同じとみなされる状態である。

 そんなわけで、仲むつまじく寄り添いながら帰宅しようとする二人だが、背後から王太子が吼えるように言葉を投げつけた。


「アデリア……お前は何をすれば満足だ!

 俺が頭を下げればそれですむのか!?」

 その言葉に、アデリアは足を止めて振り返った。

 しかし、彼女の顔には怒りも喜びも無く、ただ哀れみのみが張り付いている。


 なお、ここは村にある井戸のある広場。

 周囲には、噂好きな主婦たちがひしめいている。

 この降って沸いたような愁嘆場に、彼女たちの目が好奇心に輝いているのは言うまでも無い。


 ――これは、格好のゴシップネタね。

 そんな周囲の様子に軽い眩暈を覚えつつ、アデリアはため息を吐くように告げた。


「呆れましたわ。

 仮にも王とならんと欲するならば、まずその無様な考え方をなんとかしたほうがよろしくてよ」

 これで王としての理想でも説かれたならばアデリアも少しは困るのだが、先ほどの台詞からすると、この男の頭は未だに個人の名誉のみで一杯のようである。

 正直な話、意識が低すぎて話しにならない。


「何……だと! この私を侮辱する気か!!」

 怒りを浮かべるサンクードだが、アデリアは鬱陶しいものを見たとばかりに顔をしかめると、苛立ちと哀れみの混じった視線を送りながらため息をついた。


「ねぇ、サンクード様。

 今更わたくしが貴方の手をとらなければならない理由とは何かしら?」

 その台詞に、サンクードは何を言われたのか理解できないとばかりに沈黙する。

 おそらく、崇め奉られるばかりで、自分の価値など考えた事も無かったに違いない。


「頼りがいのある強さと見目麗しい顔ならば、ダーテンがいるわ。

 全てを包むような抱擁感と知性ならば、それこそクーデルスで間に合っていてよ。

 なによりも、この二人はちゃんと私をみて、愛を注いで下さるの。

 貴方とは、異性としての価値や方向性が根本的に違うわ」


 そして輝かしい未来へと続く理想なら、すでにアデリア自身の中に存在していた。

 先日国王から正式に代官としての地位を認められた彼女は、この地域の発展を自らの理想としたのである。


「正直に申し上げて、地位と権力しかとりえの無かったあなたから、その二つを抜いたら……もう、私にとって何も見るべきものは無くてよ。

 はっきり言えば、誇大妄想を語る吟遊詩人のほうがまだ将来性がありますわ。

 私を口説きたいと言うのなら、せめてその空っぽな器に一つぐらいは見るべき魅力をつめてきてからにしてくださいまし。

 正直、痛々しくて見ていられませんわ」


 ……とまぁ、散々な言いようであったが、事実であるがゆえに王太子のダメージは相当なものであったのだろうか。

 押し黙ったきり、何も言い返してこない。

 ただ、座り込んだまま悔しげに土を握り締め、歯を食いしばっているだけのように見えた。


「行こう、アデリア。 こんな奴、もうほっとけよ」

「ええ、そうね。 無駄に時間を過ごしてしまったわ」

 そんな短い会話を交わすと、アデリアとダーテンは、今度こそ家路へとつく。

 ただ、怒りと羞恥に震える男を残して。



「まぁ、そんな事があったのよ」

「なるほど、今のところそんな状態ですか。 あぁ、お茶が美味しいですねぇ」

 アデリアから職場にて報告を受けたクーデルスは、特に興味もなさそうにあいづちを打つ。

 視線すらよこさず、手にしたカップに金盞花の花びらを落としてお湯を注ぐその後ろ姿からは、面倒だから関わりたくないと言う本音がにじみ出ていた。


「ねぇ、クーデルス。 いつまでもこんなのが続くのは、ちょっと困りますわ」

「ですね。 ダーテンさんがそのうち切れて神罰を下しそうですから」

「神罰?」

 思わずクーデルスの口からこぼれた言葉に、アデリアのみならず周囲からこの状況をうかがっていた連中が首をかしげる。

 すると、クーデルスは意外だといわんばかりに顔を上げた。


「あれ? もしかしてまだ聞いてませんでした? 彼、人じゃなくて神族ですよ。

 しかも、とびっきり上級の。

 でもなければ、私と殴りあいの喧嘩なんて出来るはずないでしょ」

 そういわれれば、色々と腑に落ちる。

 クーデルスの戦闘能力が人を超えているのは前提として、そのクーデルスが最終的には勝てないと判断するような相手が神でなければ何者だというのだろうか。


「言われてみればそうですわね。 異常な事が日常になりすぎていて、あっさり受け入れてしまっておりましたわ」

 クーデルスが横にいると、すっかり常識の基準がおかしくなる。

 突如として発覚した重大事項に、ガンナードをはじめとする村の運営スタッフが揃って頭を抱えた。

 平然と笑っているのはサナトリアぐらいのものだろう。


 それに……今となってはダーテンが人であろうが神であろうがアデリアには関係なかった。


「ちなみに記憶は抜いてありますけど、アデリアさんがやった守護神を呼ぶ儀式でやってきたのはダーテン君ですよ。

 モラルさんは後から私が色々と裏技を使って呼びました。

 そもそもあの儀式、呼び出した相手と性格の相性がいい神が呼ばれるように最初から設定されているので、恋仲になりやすいんです。

 まぁ、そういう意味では、ダーテン君は貴女にとって運命の相手とも言えなくもないですね」

 運命の相手……というあたりで、アデリアの頬がほんのりと赤くなる。

 そんな様子を、まだまだ可愛いですねと心の中で呟きながら、クーデルスは仕事に戻ろうとした。


 だが、その時である。


「確認ですけど……前にサンクード様を匿っていたダンジョン、あれ、どうなってます?」

 そんな事を言い出したアデリアに、周りの人間が騒然とした。

 なぜなら……その表情が、何かろくでもないことを持ち込むときのクーデルスにあまりにも似ていたからである。

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