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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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8話

咲き乱れよ(フロレシオン)

 クーデルスが呪文を唱えると、その手には二つの黄色い花が握られていた。

 どちらも五枚の花びらをもつ、だが微妙に異なる姿をした花だ。

 片方の花の根元には縞模様のある小さな球体がついている。


「何をする気なんだ?」

「スイカの受粉ですよ。 スイカは雄花と雌花があって、両方を用意しないと実がならないんです」


 怪訝な顔をするサナトリアにそんな説明をすると、クーデルスは片方の花びらをむしりとり、その中に納まっていた黄色い雄蕊をむき出しにした。

 そして根元に球体のついたほう……雌花の花びらを押し分けて、その中に雄蕊を突っ込んでこすりあわせる。


「本当は肥料と水もほしいところですが、無いものは仕方が無いですね。

 あとは魔力を注ぎこんで……と」

 クーデルスが魔力を注ぎこむと、雌花のふくらみがどんどん大きくなり始めた。

 おそらく数分もあれば、立派なスイカが出来上がるだろう。


「しかし、お前の魔術ってのは独特だな。 地の魔術を使う奴は何人も知っているが、こんな使い方をしている奴は見た事がないぞ」

「まぁ、そうでしょうね」


 成長するスイカを見ながら怪訝な顔をするサナトリアの横で、クーデルスはシレっとそんな言葉を口にする。

 実は地の魔術ではないのだが、この事は誰にも話していない。

 いずれはバレて仕舞う話しだとは思っているが、賢明なことに彼は自分から客寄せパンダになる気は毛頭なかった。


「そろそろいい頃合ですね。 食べてみますか?」

「い……いや、遠慮しておこう」


 大きく実ったスイカを手にクーデルスがたずねたが、サナトリアは小さく首を横に振る。

 どうやら、魔術を使って無から促成栽培された代物など、怪しすぎて口にする気になれないらしい。


「では仕方が無いですね。 少々もったいないのですが種だけを取り出しましょう」

 クーデルスはスイカを拳で二つに砕くと、その真っ赤な果肉を掻き分けて黒い種だけを取り出した。


「スイカの発芽温度は25度から30度……今の気温ではちょっと無理ですね」


 頭の中の経典を(そら)んじるかのように呟きながら、クーデルスは商館の裏庭の一角にその種を4つまとめて植える。

 そしてボソボソと聞き取りづらい声でいくつか呪文を唱えると、その手を種を埋めた場所に押し当てた。


 すると、クーデルスの太く長い指の間を掻き分けるように緑の新芽が顔を出す。

 クーデルスがさらに魔力を加えると、双葉の間から本葉とおぼしき形の違う葉っぱが現れた。


「よしよし、いい感じですねぇ。 この子と、あとはこの子を育てましょうか」

「……何をしているんだ?」

「苗の選別ですよ。 スイカに限らず、植物の苗には色々と個体差がありますからね。

 こうやって、良いものだけを残して育てるのです……最終的に、4つのうちで一番よいものだけを残します」


 つまり、育てられるのはほんの一握り。

 作物の世界と言うのは、これでなかなかに厳しいのである。


「選ばれなかった苗は?」

「捨ててしまいます」

 サナトリアの言葉に、クーデルスはあっさりとした感じで答えを返した。


「……結構残酷なんだな」

「そういうサナトリアさんは意外と優しいんですねぇ」

 ボソリと呟かれた言葉に、クーデルスは優しい笑みを浮かべる。


「はっ、俺が優しい? 寝言なら寝てから言いやがれ」

 ……とは言うものの、サナトリアの顔は微妙に赤い。

 その言葉が照れ隠しである事は誰の目にも明らかであった。

 どうやら、意外と情の深い男のようである。


「念のためですが、残った苗を育てる事はお勧めしませんよ。

 それ、普通のスイカとはちょっと違いますので」


 そんな忠告を口にしつつ、クーデルスはその辺に落ちていた枝を使って、苗の周りに円を描き、さらにその外側に不思議な文様を幾つも書き込む。

 すると、そのあたりだけ地面の色が黒く染まり、苗の周りの空気が温まりはじめた。

 どうやら、これは太陽の光と熱を使って効率よく苗の環境を整えるための結界のようである。


「あとはしばらく自然の力にお任せしましょう。 無茶な促成栽培は苗の体力も奪いますから。 それに、何もかも手を入れすぎると、自分の手癖が強く出すぎてしまいますし」

 そういいながら、クーデルスは立ち上がってどこかへと歩き出した。

 そのクーデルスの後ろを、サナトリアがついてくる。


「どこに行くつもりだ?」

「……なんでサナトさんが付いてくるんですか?」

 サナトリアが声をかけたのは、クーデルスが商館の外に出ようとしたときであった。


「軽々しく人を愛称で呼ぶな! 

 あのなぁ……お前を野放しにするなんて恐ろしいことができるか!

 止められないのはわかっているから、最低限のフォローにきてるんだよ! 有り難く思え!」


 そもそも、奴隷であるクーデルスが勝手に外に出ることは出来ない。

 むしろ問答無用で殴られないだけ優しいといえよう。


 ……もっとも、殴ったところでクーデルスがまったく(こた)えないのは目に見えているが。


「あはははは、ありがとうございます。 ところでサナトさん。 冒険者って、どうすればなれるかわかりますか?」

「……その前にお前、自分が奴隷だってわかってるか? そんな勝手が許されるはずないだろ!!」


「でも、売れなきゃただのゴクつぶしでしょ。 冒険者して稼いだ金をいくらか納めるという約束でどうにかなりませんかね?」

 その言葉に、サナトリアはウッと言葉に詰まる。

 今、この商館の主が頭を抱えている問題のひとつが、クーデルスの維持費だった。

 この男、早い話が全く金にならないのだ。


「ちっ……どこでそんな知恵を拾ってきた、このダメ男。

 いいだろう。 俺が交渉してきてやるから、そこでしばらく待っていろ」

 そう言ってきびすを返し、彼はふと思いついたかのように立ち止まる。

 

「おい、おまえ……なんで急にそんな事を言い出した? 何に金を使う気だ」

 そもそも、クーデルスは金銭を使わない。

 食事はどこからともなく……おそらく魔術で調達してくる野菜や果物でまかなっているし、夜は花や葉っぱに埋もれて眠るので寝具も必要としない有様だ。

 それが、急に金銭を求めてくる? その不自然さに、サナトリアの背筋にぞわぞわと鳥肌が立った。


「そりゃあ、情報がほしいからですよ。

 何か事を成し遂げるなら、まずは情報が必要です。

 そしていい情報を手に入れるには、それなりに資金が必要なぐらい、常識でしょう?」


「それは……たしかにその通りだが」

 こいつ、いったい何を考えている?

 サナトリアはクーデルスの顔を穴が開きそうなほど睨みつけては見るものの、そのニコニコとした表情からは結局何も読み取る事はできなかった。

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