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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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78話

 そして王太子の不毛な恋の話題が一段落すると、まるでそれを見計らったかのようにサナトリアがやってきた。

 しかも、笑顔で……である。

 ガンナードの背筋に悪寒が走ったのは言うまでもない。


「おい、ガンナード、クーデルス。 これ、見ろよ。 面白い事になってるぞ!」

 ご機嫌な足取りで近づいてくる彼の手には、一羽の鳩が捕まっていた。

 その足に金属製の輪がついているところを見ると、伝書鳩だろう。


 哀れなことに、鳩はサナトリアの手に握りつぶされそうになって、ぐったりとしていた。

 何かを諦めきった目が、なんとも痛々しい。


「お前がそういう顔をしている時は、たいがいロクな事がないんだよ」

 だが、少なくとも、サナトリアの言葉には裏表が無い分、微笑みながら策謀を巡らすクーデルスよりはマシだ。

 ……あくまでも、比較的にではあるが。


 忌々しいと副音声が聞こえてきそうなガンナードの台詞に、

「当たり前だろ? ロクでもないことほど、外から見ていて面白い事はないからな」

 と、サナトリアは悪びれもなくそう言葉を返しつつ、一枚の手紙を渡す。


「この悪魔め……自分が当事者になる気はサラサラ無いって顔してやがる」

 そう告げながら手紙を受け取り、中身に目を通して三秒。

 ガンナードは茶を吹いた。

 効果範囲はおおよそ二メートル。

 その威力は絶大で、机の上の大事な書類の生存は絶望的だ。


「……最悪だ」

 机に突っ伏したまま呟くガンナードに、しっかりと渋茶の飛沫(ガンナード・ブレス)の効果範囲から逃れていたサナトリアが性格の悪そうな笑みを浮かべつつ近づいてくる。


「な、面白そうだろ」

「何が面白いか! 今の状態で王太子の婚約者殿がこの村に着たら、確実に修羅場が発生するぞ!!」

 そう、サナトリアのもってきた手紙には、王太子サンクード殿下の婚約者である男爵令嬢セレーサがこの村にやってくると書かれていたのだ。

 言わずもがな、王太子殿下は異種族との叶わぬ恋に没頭中である。

 その状態が嬉しい女子など、おそらくほぼ存在しない。


「うわぁ、嫌だなぁ。 サンクード殿下一人でも面倒だってのに……。

 セレーサ姫、こっち来るのやめてくんないかな。

 ダメだろうなぁ。

 ううっ、ミランダ、アニータ、パパは早くお家に帰りたいです」

 ペンダントを開き、妻と娘の名を呼びながらガンナードはすっかりホームシックを発病している。


 すると、まるでそれに追い討ちをかけるがごとくクーデルスの巨体が近づいてきた。

 その瞬間、ガンナードが即座によみがえり、娘の手作りのお守りを突きつける。


「寄るな、悪魔!!」

「半分しか悪魔じゃないから近寄ってもいいですよね?

 ガンナードさん、一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 すかさずガンナードの揚げ足を取りながら、クーデルスは笑顔で彼の隣に立った。

 そんな彼の口から『お願い』などと言う言葉が飛び出した時点で、ガンナードは平穏な時間を諦めるしかない。


「なんだよ……また何か企んでいるのか?」

 恨みと怨念のこもった上目遣いで睨みつけながらありったけの嫌味をこめてたずねると、クーデルスは苦笑いでそれに答える。


「嫌ですねぇ、人を陰謀と策略の権化みたいに言わないでくださいよ。

 まぁ、多少ズルい事をするつもりですが、みんなが幸せになるために必要なことですので、大目にみてくださいませんか?」

「……いいだろう。 どうせ、断ったところで今度はこっちの弱みを握って脅迫されかねんからな。

 で? 誰を呼ぶんだ?」

「では、この方を」

 そういいながら、クーデルスは一枚の紙片を差し出した。

 正確には、そこに記されている紋章をガンナードに示して見せたのである。

 それだけですべてを悟った彼は、盛大に引きつった顔をした。


「は、ははは……こいつはちょいと難しいんじゃないかな?」

「大丈夫ですよ。 私が手紙を書きますから、それを添えていただければ問題なく来ていただけるかと。

 そもそも、この計画に必要な資金、どこから調達したと思ってるんです?」

 冒険者ギルドへの依頼料、奴隷の購入費、食料をはじめとする支援物資など、たしかにこの計画には莫大な費用がかかっている。

 だが、そのすべてはクーデルスがどこからとも無く調達してきたものであり、今まで誰もその出所を知らなかった。


「くそっ、そういうことか!

 おまえ、いつの間にそんなコネを作った!!」

 ――俺ですらそんなコネは持っていないのに。

 そんな嫉妬すらこもったガンナードの恨み節に、クーデルスはにこやかな笑みを浮かべる。


「簡単に言えば……そうですね。

 互いの利害を一致させる事ができさえすれば、コネを作るのはそう難しくはないのですよ」

 問題は、その利害の一致をどうやって作るかである。

 そして、その繋がった糸をどうやって太くするかというのも、大きな問題だ。

 クーデルスは、その手の伝手の種を撒き、花壇の花のように育てて咲かせるのがよほど得意らしい。


「ずいぶんと簡単に言ってくれるな。 まぁ、理屈としては合っているんだろうけどよ。

 まぁいい。 お前がそういうなら、そういうコネがあるんだろうな。

 手配はしてやるから……できるだけ俺に迷惑をかけるな」

 ガンナードがため息をつきながらそう答えると、クーデルスはおやっと意外そうな顔になる。


「意外ですね。 あなたのことだから甘い汁を吸わせろと言い出すものかと思っていましたが」

「悪いな。 自分の吸っていい蜜ぐらいは判断できるんだ。 それに、甘い蜜の中にも毒にしかならないものがある事ぐらい知っている」

 頬杖をついたまま、拗ねたように唇をゆがめつつ、彼は自嘲交じりにそんな言葉を口にした。


「謙虚である事はすばらしい美徳だと思いますよ、ガンナードさん。

 ええ、貴方の負担のないよう考えましょう。 出来る限りではありますが。

 ねぇ、サナトリアさん」

「まぁ、最悪なことになりそうだったら助けてやるよ。 それまでは見物させてもらうがな」

 笑顔でそんな言葉を口にするクーデルスとサナトリアを、ガンナードは醒めた目で見つめ返していた。

 謙虚と諦めには、いかなる違いがあるのか……という、哲学的な命題について考えながら。


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