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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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54話

 太陽が西に傾き始めた頃。

 魔物の討伐依頼を受けるべく村長と話をしにいったガンナードが戻ってくると、宿の裏手からカンコンと木でできた何かを打ち合わせる音が響いてくる。


「お、やってるな」

 ガンナードが裏手に回ると、宿に残っていたサナトリアとエルデルと手合わせをしていた。


 ――やれやれ、暑苦しい絵柄だこと。

 夏の夕暮れは気温も高く、少し動けばすぐに汗まみれだ。

 そのため二人とも上半身は服を脱いでおり、鍛え上げられた体を惜しげもなく晒している。


「ほいよ、俺の勝ち」

「くそっ、踏み込むタイミングを読まれたか!?」

 やがてサナトリアが練習用の木刀を胸に突きつけると、エルデルは悔しげな台詞を吐きつつ両手をあげる。

 二人とも柔軟性やスピードを重視する戦い方ではあるが、実力の差は明白だ。

 なお、エルデルは一度もサナトリアに勝った事は無いらしい。

 もっとも、エルデルの専門は斥候であり、この分野では誰も敵わないのだが。


「お、ガンナードか。 どうだった?」

「ちゃんと話をつけてきたぞ。 明日は仕事だ」

 ガンナードが近づくと、サナトリアが井戸水を汲みながら声をかけてくる。

 エルデルのほうは、最初から気づいていたのか無反応だ。


「なんでも、最近はジャイアントリザードが増えて困っているらしい。 出来るだけ間引いてほしいそうだ」

「ジャイアントリザードか。 悪くないな」

 ガンナードの口から倒すべき魔物の名前を聞き、サナトリアがニヤリと笑う。

 ジャイアントリザードとは、口の先からシッポの先までが成人男性三人ほどの巨体を誇るトカゲの化け物だ。


「そこまで手ごわい相手ではないかもしれんが、病もちだぞ? 油断するなよ」

 余裕の表情を見せるサナトリアに、すかさずエルデルが釘をさす。

 実はこのトカゲ、口の中に凶悪な雑菌を飼っているのか、噛まれると破傷風になる事が多いのだ。


「誰に向かって言ってやがる? そんな100も200もいるわけじゃねぇんだし、パパッと片付けようぜ」


 そんな軽口を言って笑いあった彼らではあるが、その翌日……。


「誰だよ、100も200もいるわけじゃねぇとか言ったバカは!!」

「お前だ、サナトリア!」

 サナトリアの叫びに、ガンナードがすかさず言い返す。

 このあたりの呼吸の合わせ方は、さすが元相棒といったところか。

 ただし、彼らは決して漫才師ではないのだが。


「うるせぇ、ガンナード! お前だって笑ってたじゃねぇかよ!!」

「余計な事しゃべってないで逃げるぞサナトリア! ガンナードも真面目に走れ! お前が一番遅れてるぞ!!」

 彼らの背後では、ジャイアントリザードの大群が土煙を上げながら追いかけてきている。

 おそらく、数日は夢で見そうな光景だ。


 武術の達人と呼ばれる存在でも、一度に相手できる敵の数はおよそ三人。

 ましてや相手は恐れを知らず隙間があったら突っ込んでくるような相手である。

 これを三人でどうにかしようなど、無謀以外の何物でもない。


「どうするんだよ、コレ!」

「知るか! とりあえず逃げ切って、それから相手の数をわざと伏せた村長を折檻だ!!」

 いったいどんな理由があってここまで増殖したのか、いや、なぜこんなに増殖するまで情報が入ってこなかったのか?

 この地域の管理者である村長が何も知らないはずはあるまい。

 だが、それを確かめるのも全てはこの場をしのぎきってからだ。


「おい……ちょっと話がある」

「なんだよ、サナトリア!」

 ガンナードが振り返ると、サナトリアは懐からゴソゴソと小さな皮袋を出していた。

 そしてその中身をひとつ取り出すと、ガンナードとエルデルの前にかざす。


 それは小指の爪よりも小さい、黒くて涙滴型の物体だった。

 ――何かの種だろうか?

 怪訝な目でそれを眺めていると、サナトリアが微妙に目をそらしつつこんな台詞を口にする。


「クーデルスから、戦闘用植物とやらの種を預かって……」

「却下だ!! ふざけんな!」

 サナトリアの台詞が終わるよりも先に、ガンナードは叫んでいた。


「よりにもよってクーデルスの持ち物を出してくるとは、貴様正気か!?

 たしかにソレを使えばこのジャイアントリザードの群は片付くかもしれない。

 だが、その後どうなるか少しは考えろ!!」

 ガンナードは親の敵を見るような目でサナトリアを睨みつけるが、横からエルデルが口を挟む。


「だが、この状況では他に手は……。 このままだと、村に逃げてもまだついてくるぞ、こいつら」

 たしかにエルデルの言葉にも一理ある。

 だが、このままではジャイアントリザードたちを振り切るよりも自分達の体力が尽きてしまいかねない。

 しかし、それを回避するために罪の無い村人にまで迷惑をかけるのは人としてありえなかった。


 だとしたら、どこかでこの大群を撒かなければならない。

 だが、おあいにくとジャイアントリザードの足は速く、振り切れるようなスピードではなかった。


 ――こうなったら、後の事は後で考えればいい。

 今はこの場を何とかするのが先決だ。

 だが、どの方法を使う?

 実を言えばジャイアントリザードを殲滅するだけならいくつか方法はあるが、どれも問題があり、場合によってはクーデルスの玩具を使うより悪い結果が予測される。

 ならば、一か八かを試してみるのも一興か!


「えぇい、仕方が無い! やれ、サナトリア! さっきの奴を使うぞ!!」

 腹を決めると、ガンナードは親友を振り返る。


「わかった! エルデル! このあたりに水場は?」

「こっちだ。 ついてこい!!」

 そして三人は、決戦の場を求めて丘を下り始めた。

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