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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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35話

 それはクーデルスの研究成果によってあまりにも強烈なトラウマを植えつけられた後のことである。


 疲弊しきった代官は、人払いをした上で二階にある自分の部屋に引きこもっていた。

「全く……いったい何が起きたというのだ!?」

 誰もいない部屋で粗末なベッドによろよろと腰をかけると、代官は思わずそんな台詞を口から漏らす。


 彼にとって、この村の有様は何もかもが計算違いだった。

 災害で荒れ果てた田舎の村に第一級の女神が降りたというのであわてて確認をしにきてみれば、状況はそれどころの話では無い。

 

 自分が知っている限りこの村は、上流の鉱山からあふれた鉱毒だらけの水で汚染されてしまい、もはや誰がやっても向こう数十年はまともな農地にはならないはずであった。

 だが、農地にそんな痕跡はなく、それどころか銅で出来た精巧な薔薇の彫像が村を守る壁になってしまっているではないか。


 しかも、村を飲み込んだ大量の土砂はすでに完全に撤去されてしまった上、仮設住宅どころか新築住宅としかいえない代物が立ち並び、新しい聖堂まで作られているではないか!

 どう考えてもおかしい。

 報告を受けている労働者の人数と時間では、とうていこんな真似は出来ないはずである。


 いったい何が起きた?

 まさか、新しく降りた女神が直接手を下したのか?

 だが、そうとしか考えられない状態である。

 何をどうやって、あの気まぐれな存在を唆したというのだろうか。


 しかし、もっともおかしいのはあのクーデルスと言う復興支援団の団長だ。

 無毒な麻などという旨みの少ない代物をわざわざ作っただけでも頭がおかしいと言うのに、奴の作ったものはそれだけではなかったのである。

 人型の動くスイカだの、敵対的な存在を自己判断して捕食する巨大な触手だの……あれはもはや生物兵器だ。


 しかも、その理由ときたら……。

 何がこの村の自治に必要な代物だ! 明らかに過剰戦力ではないか!!

 世間に露見すれば、内乱を企んでいると思われても仕方の無い代物だぞ!!


「いったい何がどうしてこんなことになった! こんなもの、異常すぎて上に報告できんわ!

 あんなものを作っている事がばれたら、私が監督責任を問われるぞ、クソっ!!」


 そもそもの話、復興支援を冒険者ギルドに丸投げするという状況自体がそもそも異例である。

 内乱の疑いがかけられた際に、代官である彼の関与を疑われないはずが無い。


「おのれ、下民共め。 どこまでこの私に逆らえば気が済むのだ!!」

 冒険者に復興を任せたのは、本来は嫌がらせのはずだった。

 だが、現実は復興が進まないどころか別次元の危険な代物へと進化し始めている。


 いったいこの状況をどうするべきか?

 第一級の女神が降りたとあっては、神殿の連中も遅かれ早かれ視察にやってくるだろう。

 その時、あの恐ろしくも忌まわしい植物群が目に入れば、恐怖のあまり異端扱いされる可能性は十分にあった。

 事が異端審問となると、村に嫌がらせをするどころかこっちの尻に火がつきかねない。


 ならば、今のうちに見られては不味いものを処分させるか?

 だが、下手に復興支援団の連中から反感を持たれるのはまずい。

 今の状況で村人共と結託でもされれば最悪である。

 そうなった場合、どう考えてもあの戦力を秘密裏に始末できるとは思えない。


 いや、最悪なのは……この状況においてもなぜか危機感を普段より感じないことだ。

 新しく作られた聖堂の視察を行ってからというもの、感情がどうにも希薄になってしまい、自分が自分でなくなってしまったような錯覚を覚える。


「わからない……まったくもって何がなんだかわからない」

 だが、一人で部屋にこもっていても何も解決できないどころか、気分が塞ぎこむばかりだ。

 こんな時はアレに限る。


 代官は疲れた足取りで部屋の入り口までやってくると、閂がしっかりとかかっていることを確認して大きく頷いた。

 これから行う事は、決して他人に見られるわけには行かないからだ。


「まったく……あの団長とやらも、どうせ麻を育てるならば、普通の麻をこっそり育てて提供してくれたらよかったものを」

 苛立たしげにそう呟きながら、代官は窓を開けてタバコをとりだす。

 煙管(きせる)に火をつけると、独特の香りが広がった。

 代官は満足そうに笑みを浮かべると、大きく煙を吸い込み、ゆっくりと窓の外へと吐き出す。

 二階にあるこの部屋からならば、外にいる連中にこの香りを気取られる事もない。


「おおお、これぞまさに神の福音」

 すると、先ほどまで苦悶に歪んでいた代官の顔がうっとりと夢見るように緩んだ表情になった。

 その頬には赤みが戻り、まるで天国の中にいるかのようである。


 だが、それは決して人の手を出してはならぬ禁断の果実。

 彼にその報い、言葉にするも忌まわしいほどの(むご)い罰が下るのは、このあとすぐの事である。


「なんだ……これは?」

 彼は腕を()う小さな痒みに目を落とした。


 最初、それはなんでもない、実に取るに足らない存在だったのである。

 だが、ほんの瞬きするほどの間に、ソレは恐るべき本性を現した。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ! 誰か! 誰か助けてくれ!! やめろ、やめてくれ! 虫! むむ、虫! 虫が! 食われる! 嫌だ、こんな死に方は……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 代官の部屋から聞こえてきた悲鳴に、護衛の者達があわてて駆けつけるが、そのドアは内側から硬く閉ざされていた。

 そしてドアの向こうからガシャーンと窓ガラスが割れる大きな音が鳴り響く。


「えぇい、こうなったら無理やりドアを壊すぞ! やれ!」

「ご無事ですか、代官殿!」

 護衛の兵士たちが武器を振りかざし、閂のかかったドアを破壊した。

 そして彼らが部屋の中に見たものは……赤黒い汚泥の中に浮かぶ真新しい白骨死体だったのである。

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