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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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第111話

 翌日は雨だった。


 夏の乾いた大地を激しい雨が打ち据え、乾いて埃っぽくなった空気を潤して透明に変える。

 暑さと渇きで萎れていた草木は涼しさの中で息を吹き返し、鮮やかな緑の衣装を纏いなおしていた。

 窓から見下ろす表通りには人通りもなく、耳を澄ませばたまに傘をさした人の足音が雨の音に混じりながら近づいては遠ざかる。

 そんな様子を物憂げに見下ろししながら、クーデルスは自室の寝台に腰をかけ、ほどよく冷えた酒を一口飲んで呟いた。


「今日は無理ですね」

 むろん、広場での上演の話である。

 ポツリとつげられたその声に、隣に座っていたアモエナが返事を返す。


「そうね、たまにはこんな日もないとね。 毎日踊り続けたら疲れちゃうわ」

 そういいながらも、アモエナは足でリズムを取っていた。

 おそらくはイメージトレーニング中だろう。

 本人がどこまで意識してやっているかはわからないが。


 そんなアモエナに、クーデルスは笑顔を作りながらこんな提案をした。


「よかったら、今日はどこか遊びに行きませんか?」


 一瞬考え込んだアモエナだが、ここしばらくを振り返れば、自分が踊りばかりでかなり余裕の無い生活を思っていたことに気づく。

 あまりにも充実した生活を送っていると、人は自分の疲れに気づかないのだということをアモエナはこのとき初めて知った。


「うーん、悪くないかも」

 そういいながら、彼女は部屋に備え付けのクローゼットを開けてふと気づく。

 彼女の後姿を、クーデルスがじっと見つけていることに。

 いやらしい視線ではない。

 だが、妙に心がざわめく。


「……着替えるから出て行って」

「はいはい。 では、下のラウンジで待ってますから、終わったら声をかけてくださいね。

 あと、風が強くて涼しい場所にゆきますので、暖かめの服装でお願いします」

 意外なことに、クーデルスは屁理屈をこねる事もなく部屋から出ていった。


 そして30分後。


「お待たせ。 言われたとおり寒くないようにしてきたけど、どこに行くの?」

 アモエナがポンチョを片手にクーデルスの部屋を訪ねると、彼は窓を開け放ってこう告げたのである。


「そうですね、今日は雲の上を散歩しましょう」

 そして、あっけにとられたままのアモエナを抱き寄せ、その分厚い胸板に押し付けるようにして彼女を捕らえた。

 まるで……お姫様を掠う物語の中の魔王そのものである。


「ちょっと、離してよクーデルス。 だいたい、雲の上ってどうやってゆくつもりなの?」

「それはですね、こうするのです」


 クーデルスはアモエナを抱えたまま窓に近づくと、懐から胡椒の種を一粒とりだした。

 そして、それを窓の下に落とす。

 続けて彼は、魔術を解き放った。


「――咲き乱れよ(フロレシオン)


 カツンと軽い音が響いた後、突如としてバキッと何かが割れるような音が耳に入る。

 ……いったい何をしたの?

 ほぼ反射的にアモエナが窓の下を覗き込んだが、すぐにヒッと短い悲鳴を上げて体をのけぞらせた。

 そしてそれを追いかけるようにして下から緑の蔓が伸びてくる。


「ク、クーデルス、これ……」

 だが、彼はその問いかけには答えない。

 ただ、笑いながらこえ応えた。


「ご存知ですか、アモエナさん。

 雲にはいくつも種類があって、その雲の種類によって漂う場所が違うのですよ。

 今日のような、静かな雨を降らす雲は低い場所を漂う雲でしてね。

 こんな日は雲の上に行くと気持ちがいいですよ」


 クーデルスはアモエナを片腕に捕らえたまま、下からエレベーターのように上がってきた葉の上に飛び乗る。


「そして何よりも、下から誰かに覗き込まれる心配をしなくていい」

 そしてクーデルスはアモエナと共に天高く雲の上まで上がっていった。



 やがて二人が雨雲の上に届き、世界が青空と白い雲だけになった頃。

 我に返ったアモエナはクーデルスの腕の中で喚き散らす。


「クーデルス!! また街の人に迷惑かけて!

 戻ってきたら怒られるでしょ!!」


 いきなり生えた巨大胡椒のせいで、おそらく石畳はひっくり返り足元の地面はズタボロ。

 宿の建物にも相当な被害が出ているはずだ。


 だが、クーデルスはそんな彼女に向かって恐ろしい台詞を吐いたのである。


「いいんですよ。

 もう、戻る予定は無いんですから」

「……え?」


 何を言われたのかわからない。

 そんな顔をするアモエナを見下ろし、クーデルスは恋人に愛を囁くように笑いながら告げた。


「貴女がどうしても故郷を忘れられないというのなら、その故郷ごと私のものにしてあけます。

 あなたが私以外のものになるなんて、絶対に許さない……といったらどうしますか?

 頬を赤らめる? それとも恐れ多くて青ざめる?

 どちらにせよ、結果は変わりませんが」


 その目の奥にちらつく狂気の炎に、アモエナは思わずのけぞろうとする。

 だが、クーデルスに抱きかかえられている状態ではそれも叶わない。


 ここに来てようやく彼女は気づく。

 自分が拉致されていることに。

 そしてこの普段は穏やかな魔王を、自分の我侭で暴走させてしまったことに。


「ク、クーデルス、お願い……元に戻して」

「雨の日の雲の上はね。 先ほども言ったように空を飛んでも誰の目にも映らないのですよ。

 ここは私達二人だけの世界。

 すばらしいでしょう?」


 歌うように告げながら、クーデルスはその背中から竜の翼を広げる。


「さぁ、アモエナさんの故郷に向かいましょう。

 心配しなくても大丈夫。

 これでもわたし、本気になればその辺の魔王なんて鼻歌交じりに潰せるんですよ。

 争いごとは嫌いだし、平和と平穏が大好きな私ですが……」


 クーデルスはアモエナの顔に自分の顔を近づけ、ありったけの狂った愛をこめてその耳に囁いた。


「貴女のためなら、勇者だって殺してみせます」


 その頃。

 雨で舞台を休むことを見越し、アモエナをスカウトするために集まっていた劇団関係者たちは困惑していた。

 そこにあったのが、巨大な胡椒のつるとその蔓に破壊された宿屋だけだったからである。


 そしてその瓦礫の中から丁寧に箱詰めにされたドルチェスとカッファーナが見つかり、彼らの口からクーデルスが暴走したことを告げられた。





※本日2019/11/9(土)は、拙作【お花畑の魔王様】の書籍発売日でございます。

 もしよろしければ、本屋で手にとって見てください。

 およさんの描かれた、クーデルスの胡散臭い笑みとアデリアの迷惑そうな顔が目印です。

※拙作【お花畑の魔王様】が発売中でございます。

 もしよろしければ、本屋で手にとって見てください。

 およさんの描かれた、クーデルスの胡散臭い笑みとアデリアの迷惑そうな顔が目印です。

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