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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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106話

 クーデルスの差し出した手をとったたアモエナは、そのまま王都ドゥロペアにある万神殿前の広場にやってきていた。

 ここはこの国に存在する全ての街や村の守護神がその管理区域に関係なく祭られている。

 そのため地方からきた人間にも居心地がよく、自然と多くの人が行き交い、また行商人たちによって市場が形成されていた。


「初めてきたけど、すごく賑やかね」


 さすがに王都と名前がつくだけあって、この街は今までみた街の中で一番人がひしめき合っている。

 すでにこの街についてから数日が過ぎているのだが、入団試験のごたごたがあったせいで、アモエナはこうやって観光にくるような場所にきたのは初めてであった。


「芸人たちもかなりいるみたい……あ、そこの男の人、あんな長い剣を飲み込んじゃった!?」

 周囲の大道芸人を見て、アモエナが思わず声を上げる。

 だがもそちらに目を向けたクーデルスは、なんだといわんばかりの苦笑いを浮かべた。


「あぁ、あれは南のほうにある国々でよくやる芸ですね。

 そんな事よりも、目移りして迷子にならないでくださいよ?」

「なによ、子供扱いして。 はぐれたって一人で宿まで帰れるんだから」


 クーデルスが笑いながらたしなめると、アモエナは少し頬を膨らませてそっぽを向く。

 そんな仕草が子供っぽいのだが、やっている本人は気づいているのやら気づいていないのやら。

 いずれにせよ、クーデルスはその場でアモエナを抱きしめたい衝動を抑えるのに苦労していた。


「そんな事よりもクーデルス。

 私たちはどこで踊るの?

 見た限り空いていそうな場所は無いんだけど」


 大勢の人でにぎわう広場はどこもかしこも人がぎっしりと詰まっており、とてもではないが踊れるようなスペースがあるようには見えない。


「あぁ、それなら大丈夫。

 昨日のうちに場所は押えておきましたから」


 そういいながら、クーデルスは懐から一枚の紙を取り出し、アモエナに見せる。

 商業ギルドの営業許可証であった。


「これ……広場のど真ん中じゃない。

 どうやったらこんないい場所を用意できるの?

 またなんか悪いことしたんじゃないでしょうね……」


 思わず疑いの目を向けるアモエナだが、クーデルスはしれっとした顔で肩を竦める。


「人聞きの悪い。

 私が商業ギルドのゴールドメンバーカードを持っていることをお忘れですか?」


 なるほど、確かにクーデルスはゴールド会員であり、この広場の管理は商業ギルドだ。

 一聞すると筋が通っているように思えるが、アモエナは騙されなかった。


「つまり、権力でゴリ推ししたのね。 悪い人」


 地元の真面目な商人たちにとっては、さぞ迷惑だったことだろう。

 アモエナがそこを指摘すると、クーデルスはあっさり開き直ってこんな答えを返した。


「魔王の所業だと思えば、可愛いものじゃないですか。

 それに、悪いと思うなら良い芸を見せて楽しませましょう。

 ただし、こんな一等地を占拠して拙い踊りを見せたら、大顰蹙ですよ?」


「やだ、プレッシャーかけているつもり?」


 ほとんど嫌がらせにも近いクーデルスの言葉だが、アモエナは不敵な笑顔を返す。


「あの頃の自分とは違うってところを見せてあげるわ。

 それよりも、伴奏のほうは大丈夫なんでしょうね?」


「お任せください。 ばっちりですよ」


 そういいながら、クーデルスは懐から大きな楽器を取り出す。

 大きさは、ちょうどクーデルスが両腕で抱えるぐらい。

 真ん中がパックリと割れており、その間をフイゴのような蛇腹が繋いでいた。

 その側面には、無数の小さなボタン。

 おそらくこの世界の人間にこの楽器を知る者はいないだろう。


「……綺麗ね。 なんか高そう」


「あぁ、この緑のキラキラした外装いいでしょ。

 300年ほど前に派手な親子喧嘩したときに外れた私の父の鱗ですよ」


 アモエナがその楽器の外見を褒めると、クーデルスは嬉しげにそんな問題発言をお漏らしした。

 ヤバいことを言ってしまった自覚は、おそらく微塵も存在しない。


「それ……地竜王様の事だよね」

「ええ、私が父と呼べる存在は、とても不本意ですがあのトカゲしかおりませんので」


 そんなものを材料に作れば、何だって神話級のアイテムになるだろう。

 ましてや扱うのはクーデルスである。

 もしかしたら、今日がこの国の命日になるのだろうか?


 アモエナがそんな事を考えたときである。

 クーデルスの抱えた楽器……バンドネオンから鮮烈で力強い音が鳴り響いた。


「うわぁ、綺麗な音!」

「でしょう? まぁ、本格的な演奏をするなら一度チューニングをしてからになりますけどね」


 そういいながら、クーデルスは蛇腹を開くときと閉じるときで音がどれ程違うかを確かめる。

 太くて長い指が踊るように動き、短い旋律をいくつかかき鳴らした。


「いい感じね。 いつのまに楽器の演奏なんかできるようになったの?」

「ふふふ、実はこんな日が来るのではないかと、試作品を使ってこっそり練習しておいたのです」


 そしてクーデルスがチューニングをしている間に、アモエナもまた体を軽く動かして調子を整える。

 やがて、アモエナの体が十分に温まったころあいを見計らい、クーデルスは声をかけた。


「そろそろ踊りますか?」

「ええ、楽しい音楽をちょうだい」


 二人は見つめあい、そして同時に動き出す。

 そして多くの観衆が何事かと視線を向ける中、二人の舞台が始まった。

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