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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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20話

 そして、アデリアの提案で始まった聖堂の修復は、提案されたその日のうちに始まった。


「うわぁ、ここを掃除するのかよ……こりゃ骨が折れるぞ」

 聖堂を前にして、誰かがそんな台詞を呟く。

 寂れた村ではあったが、よほど村人の信心が深かったのか、神の住まいである聖堂は不相応に大きく、その敷地面積は周囲の民家が五軒ほどすっぽり入りそうなほど広い。


「神の威光も、こういうときばかりはありがた迷惑だな」

「しっ、めったなこと言うでねぇだよ! 神様の耳に入ったらどえらいことになるべさ!」

 ボソリと本音が漏れた復興支援団員を、村の男がたしなめる。


「いやいや、この状態じゃもう神様もここにはいないって。

 それに、ここは最初から聖堂にふさわしくない場所じゃないか」

 本来ならば、このような宗教施設というものはこのような災害時に避難所として使う建物でもある。

 しかし、もともとの設計がいい加減だったのか、この建物は村でももっとも低い場所にあり、今回の災害では真っ先に水につかったというのだから笑えない話だ。


 そんな外の様子はさておき。


「酷いものですねぇ」

 聖堂を見て、クーデルスもまたそんな台詞を口にしていた。

 元は白い漆喰で塗り固められていたであろう壁は泥で薄茶に染まっており、石畳の上には砂利と岩が転がっている。


 建物の中はさらに悲惨だ。

 部屋の中にはヘドロがたまり、それが腐って吐き気をもよおすような悪臭を放っている。

 さらに周囲にはすでに大量の蝿や蚊が飛び交っており、衛生状況は極めて悪い。

 なお、この地域には人の肌にタマゴを生みつける寄生蝿もいるため、油断すると傷口からウジがわくのだ。


「おーい、麻袋を持ってきてくれ! 大量にだ!」

「シャベルとスコップは足りているかー! 無い奴はこっちにあるぞ!」

「土と岩をどこに捨てるか指示を出してくれ! いいかげんなところに捨てるんじゃないぞ!!」

 村の連中と復興支援団の面々は、こんな風に互いに声をかけながら手際よく作業を始めている。


 なお、いちおうここには村長も来ているのだが、大勢の人間に指示を出すのに慣れていない彼女は、アデリアの後ろでただぼんやりと見ていることしか出来ないようだ。

 よくも悪くも、彼女は普通の美人なのである。


 なお、その不安げな様子に付け入って村長に声をかけようとしている連中は多いのだが、常にアデリアが目を光らせているため、彼らはただシッポを巻いて退散するしかなかった。


「さて、私も土砂の運搬に参加してきますかねぇ」

 そう告げると、クーデルスは袖をまくって逞しい二の腕をあらわにする。

 ちなみに、今日の彼の服装は、いつものローブ姿ではなかった。


「団長自らが? ずいぶんとおかしな格好をしていると思ったらそういうことですか。

 ですが、貴方の役目は人に指示を出すほうです。 おやめください」

 今日のクーデルスの服装は、鍛え上げられた体にぴったりとフィットするような黒の上下であり、スタイルが良いせいか妙に色気があって目のやり場に困る。

 その思わず殴りつけたくなるような分厚い胸板と、服越しにもくっきりと割れて見える罪深い腹筋を横目で睨みつつ、アデリアはすかさずクーデルスに自重を促すのだが……

 とうぜんながら、クーデルスの耳に入るはずもない。


「全体の采配はアデリアさんがやればいいでしょう? ならば、労働力としての義務を果たすまでです」

 そんな詭弁を盾にしながら、クーデルスは労働に勤しむ団員達の中に混じって泥を運び始める。


「何を考えてらっしゃるのかしら。 相変わらず読めない人ですわ……」

 おそらくいつものトンでも魔術を使えばあっさり方がつくのだろうが、わざとそうしないところにアデリアは疑問を感じていた。

 しばらくして、村の娘さんたちが「お疲れさんだべぇ」といいながら飲み物や軽く口にはいるものを差し入れとして持ってきたときに、ようやくその理由を理解する。


「いやぁ、ありがとうございます。 実においしそうな水ですねぇ」

「あら、やんだ。 あんたらが瓶に入れて運んできた水だっぺよぉ」

「いえいえ、貴女が私にくださった。 それだけでこの水はすばらしい」

「あんれまぁ、口がうまい団長さんだなや」

 ……とまぁ、飲み物を受け取ったクーデルスが、媚び満載の笑顔とトークを披露していたからだ。

 

 おそらくは、気遣いのフリをして生活支援グループの配給班をいいくるめたに違いない。

 まさに趣味と実益を兼ねたやり方ではあるが……なんと無駄に知恵の回るダメ男だろうか。

 しかも男性陣からは好評のようで、これではうかつに反対する事もできない。


 さて、そんなわけで作業員のテンションも上がり、聖堂の清掃作業は順調に進みはじめた。

 男たちが建物の中にたまった土砂を運び出し、女たちが残った汚れを洗浄する。

 ひび割れた柱や壁は地の魔術で修復され、運ばれてきた木材で屋根を張りなおしてしまい……半日もすると、一部ではあるものの建物として最低限の役目を果たせるようにまで聖堂の状況は回復した。


 すると、さっそく子供たちが野で花を詰んできて、石がむき出しになった祭壇に飾る。

 ただそれだけで、土に汚れた聖堂の中がほんの少しだけ華やいだ空間へと様変わりした。

 その明るい光景は希望の象徴のように人々の目に映り、疲れ果てた村人の目をいたく和ませたのである。


「……これなら、すぐにでも神をお呼びできそうですね」

「え、本当ですか?」

 そう呟いたのはアデリアで、食いついたのは村長だった。

 だが、村長の目にはこんな粗末な場所に神をお招きしても良いのだろうかと言う不安の色がある。


 実際、花を飾ったといっても野の花を摘んできただけだし、場を清める香もなければ、祭壇にかける敷き布も無い。

 こんな場所に呼ばれたら、神が気を悪くして祟るのではないか?

 おそらく考えているのはそんな感じのことだろう。


 だが、その不安を打ち消すように、アデリアが力強く微笑む。


「問題ありません。 本来、神をお呼びする場として一番大事なのは、人々の信仰の強さと誠実さです。

 大きな建物やきらびやかな装飾と言うものは、結局のところ我々人間側の自己満足に過ぎませんから」

 もっとも、誠意の証としての贅沢さと言うものもあるので、全く無意味と言うことは無い。

 だが、神々が人の基準での贅沢さとは異なる価値観を持っている事は、けっして嘘ではなかった。


「でも……神様をお招きなさるならば、神官様を手配しないと……」

「心配ご無用です。 わたくし、学生時代に神学の授業を選択していましたのよ?

 神官の免状もありますから、わざわざ人を呼ばなくても問題ありませんわ」


 希代の悪女といわれた人間が、聖堂に神を呼ぶ。

 なんという皮肉な成り行きであるだろうか。


 だが、そんな事よりも、この村は早急に守護神を呼ぶ必要がある。

 信じるべき神が無いというのは、この世界の人間にとって死活問題であるからだ。


「では、早急に準備を整えましょうか。

 私の手荷物に香と香炉がありますから、そちらは火の準備をしてください。

 あと、一度身を清めたいので、水場の準備もお願いします」


 そしてアデリアの指示の元、急遽神を招く儀式が開かれることになったのだが……。

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