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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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103話

 数日後。

 アモエナとクーデルスの元に舞踏団が解散するという噂が届いた。


 身内から国家反逆者を出したのだから、仕方の無い流れではあるだろう。

 だが、罪をおかした当人は、隣国の間諜についての情報を提出することで司法取引が成立したのだとか。

 そのため、監視つきではあるが投獄はごく短い期間で済むらしい。

 被害を受けた踊り子や関係者としてはなんともやりきれない結末である。


 そして、その知らせを聞いたことでようやく魔王が何をしようとしていたのかを察したアモエナは、怒りも露わにクーデルスの元へと押しかけた。


「クーデルス! よくも舞踏団を潰してくれたわね! 私に入団テスト受けさせないようにするだけでここまでやる? なんてめちゃくちゃなの!」

 宿の一室、クーデルスの寝泊りしている部屋に押し入りると、アモエナは開口一番そんな台詞を叩き付ける。


「何の話ですか? アモエナさん。 私にはサッパリわかりません」

 部屋にいたクーデルスは、朝っぱらから美味しそうに飲んでいたビールのジョッキをテーブルに置き、僅かに首をかしげた。


 嘘では無い。

 クーデルスからすればアモエナの入団テストをする余裕がなくなればよかっただけで、ついでだからできるだけ大げさに引っ掻き回しただけに過ぎないからである。

 ――最悪、この騒動で隣の国と戦争になってもかまわないと思っていたぐらいなのだ。

 舞踏団の一つや二つぐらい消えたところで、クーデルスにとっては庭にあった蟻の巣穴がひとつ減ったぐらいの感覚である。

 

「どの口から言うの、この大嘘つき! この口かしら?」

「い、いひゃいれふよ、あむえなひゃん。 くひがおおきくひゃっへひひゃいひゃふ」

「何言ってるかさっぱりわからないわ。 ほーら、もっとしっかり喋ってごらんなさい」


 アモエナの暴力から逃げようともがくクーデルスだが、アモエナは執拗にクーデルスの頬をつまんだままはなさない。

 一計を案じたクーデルスはそのままベッドまで逃げると、わざと仰向けにひっくり返った。

 必然的にアモエナは倒れたクーデルスを押し倒すような形になる。


「きゃっ、ちょっと何ベッドに引きずり込んでるのよ! 変態!!」

「おやぁ? 私は押し倒されただけですよ? 変態はアモエナさんのほうじゃないですか?」

 あまりにも破廉恥な状況に、思春期真っ盛りなアモエナは慌ててベッドから逃げようとする。

 だが、クーデルスはそれを追いかけようとはせず、ようやく解放されたかといわんばかりの態度でむっくりと起き上がった。


「ふぅ、酷い仕打ちです。

 そもそも、王立舞踏団が消えたところで何だと言うのですか。

 あんな針のむしろのような場所にわざわざ行かなくても、ラインダンスなら他のところでやればよかったんですよ」

 クーデルスは、痛くもない頬をさすりながら愚痴のようにそんな台詞を呟く。


「それに、アモエナさんがほしいのは王立舞踏団の団員という立場ではなくて、これでしょう?」

 すると、クーデルスは懐から赤い小さな果実を取り出し、指でつまんだままアモエナに見せた。


「そ、それって……」

「ほしければどうぞ? 口移しでよければ差し上げますよ」

 そう言って、クーデルスは自分の唇で赤い果実をはさみ、にやっと笑った。

 この状況で奴が何を期待しているのかは、子供でもわかるだろう。


「あらそう。 では、遠慮なく」

 そう告げると、アモエナは迷いもなくクーデルスの口に指を突っ込んだ。


「むがっ!?」

 全く期待していない展開となり、魔王がいじけて床にのの字を書き始めたのは言うまでも無い。

 そしてアモエナがようやく手に入れた果実を飲み込もうとした瞬間である。

 閉め忘れていた部屋のドアが大きくノックされた。


 振り向くと、そこには呆れた顔をしたドルチェスが手紙を持って立っているではないか。

 ――気まずい。


「……どこから見ていたの?」

「アモエナさんがクーデルスさんを押し倒したあたりからですね」


 アモエナが尋ねると、ドルチェスは事も無げにそう言ってのける。

 面の皮がドラゴンの装甲で覆われたクーデルスは涼しい顔だが、思春期真っ盛りなアモエナの顔は一瞬で真っ赤に染まった。


 ――あんなはしたない場面を見られるだなんて。

 恥ずかしさのあまり、アモエナはどこか穴に入って閉じこもりたい気分であった。


 そんな空気を払拭するように、ドルチェスはアモエナに持っていた封筒を差し出す。


「仲良くじゃれあっているのはいいのですが、お手紙がきてますよ? アモエナさんにです」

「手紙? 差出人は?」


 生憎と、手紙を貰うような人物にはほとんど心当たりが無い。

 彼女が知り合いと呼べる人間は恐ろしく少ないのだ。

 すると、ドルチェスは意外な人物の名前を告げた。


「レオニード……私の古い友人で、王立舞踏団の団長いえ、元団長からです」

 アモエナは果実を手早く飲み込むと、ドルチェスから手紙を受け取る。

 そして、大して長くも無いその文章に、ざっと目を通した。


「どんな内容ですか、アモエナさん」

「ごめん、知らない単語が多くて読めない」

「しょうがないですね。 舞台で台詞を貰う事もあるから、読み書きはしっかり出来るようにしておきなさいといっておいたでしょ」

 クーデルスが溜息をつきながらそう告げると、アモエナはその手紙をドルチェスに渡した。

 

「話したい事があるから、明日のお昼に時間がとれないか……とのことです」


 ドルチェスがその内容を読み上げると、クーデルスは機嫌の悪そうな声でアモエナに尋ねた。


「……行くんですか?」

「あたりまえでしょ?」


 二人の間に、沈黙が下りる。

 そして翌日になるまで、二人は一切台詞を交わす事はなかった。


 なお、アモエナの手に入れた赤い果実が、ただの茱萸(ぐみ)の果実であった事がバレるのは翌日の事である。

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