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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
202/220

98話

 そんなわけで、ようやく推薦状を手にしたアモエナだが、試練はまだ終わっていなかった。

 なぜなら……彼女が王都にある王立舞踏団の事務所へとやってくると、そこに見慣れた姿があったからである。


「おや、アモエナさん。 こんなところで会うとは奇遇ですね」

 白々しくも笑顔で告げるクーデルスは、その黒い衣服とあいまって死の臭いを嗅ぎつけたカラスを思い出させた。

 背中を這い回る悪寒をこらえながら、アモエナはこわばった声で話しかける。


「なんでクーデルスがここにいるの」

「いやいや、私がどこにいようとそれは自由だと思いますよ」


 確かに自由ではあるが、不自然すぎるのだ。

 そんな台詞を口走りそうになり、アモエナはすんでのところでこらえた。


「しかし、挨拶の台詞がそれですか?

 可愛いアモエナさんにそんな仕打ちを受けると、ちょっと悲しくなってしまいますね」


 匂い立つように甘く優しい声ではあるが、それに色香を感じる事はできない。

 なぜなら、アモエナはクーデルスを知りすぎたからだ。

 自分がこの男に愛されているのは間違いないだろう。

 だが、その愛こそが恐ろしいのだ。


「……私の邪魔をする気なの?」


 険のある視線でクーデルスを睨みながら、アモエナはそう問いかける。

 だが、クーデルスがそんな事で尻尾を出すはずもなかった。

 それどころか、困った顔を作りながらこんな台詞を囁く。


「なんですかアモエナさん。

 どうして私が邪魔をしなきゃいけないのでしょう?

 こうして警告のために貴女を待っていたというのに」


「警告?」


 思わぬ言葉に、アモエナは問いかえした。

 すると、クーデルスは微笑みながらこう告げたのである。


「劇団の中は、どうやら大変なことになっているようですよ?

 だから、今日はもう帰ったほうがよろしいかと」


 直感的にアモエナは悟った。

 たぶん、今ここでクーデルスの意見に従えば、全てが終わる……と。


「何をしたの、クーデルス」

「おやおや、いきなり何を言い出すのです、アモエナさん。

 人を見ていきなり疑うのはよくないことですよ?」


 優しさの中に悲しみを混ぜながら、クーデルスは言葉を紡ぎ出す。

 相手の質問がさも不当であると訴えかけながらも、やっていないとは言わない。

 その語り口調は、まるで冬の朝に街を包んで全てを白く閉ざす深い霧のようである。

 こんなふうに、嘘をつかずに真実をはぐらかすのがこの魔王のやり口なのだ。


「やっぱり何かしたのね」

 このまま話をしていても埒が明かないと判断したアモエナは、クーデルスの巨体の向こう、事務所のドアを覗き込む。

 開け放たれたままになっているドアの向こうでは、大勢の人間があわただしく動き回っていた。


 耳を澄ませば、悲鳴と怒号が飛び交っている。

 しかも、よく見ればその忙しそうな人々の中に兵士の姿まであることにアモエナは気づいた。


 ――これはただ事ではない。

 いったい何が起きているのいうのか?


 もういちどクーデルスの胡散臭い笑顔を見上げた後、アモエナは意を決して近くを通りかかった関係者に話しかけた。


「あの……すいません」

「すいません、何か用件があるならまた後日と言うことにしてください」


 だが、それどころの状態ではないらしく、一方的に会話が断ち切られる。

 おそらく他の人に話しかけても同じ結果になるだろう。


「うぅー、これじゃ埒が明かないわよ」

「でしょう? さっさと宿に戻りましょう」


 クーデルスが笑顔でそんな提案をするが、彼女が頷くはずも無い。

 アモエナはパンと顔を平手で叩いて気合を入れなおすと、クーデルスの伸ばした手をするりとかわした。


「いえ、なんとしてでも事情を聞くわ。 たぶん、今何か手を打たないと不味い気がするの」


「無駄なことしてないで、早く帰りましょうアモエナさん。

 貴女に出来ることなんて何もないですよ?」


 未練がましいクーデルスの声を振り切ると、アモエナは再び通りかかった青年を捕まえる。


「そこのお兄さん! ちょっと聞きたい事があるの!!」

「え、俺? ちょっと忙しいんだけど……」


 再び逃げられそうになるが、アモエナはその青年の腕をがっしりと掴んで離さなかった。


「時間がないのなら、手短に答えて。 いったい何があったの?」


 答えるまで手を離してもらえないことを悟ったのだろう。

 その青年は忌々しげな視線をアモエナに向けると、唇をゆがめながら吐き捨てた。


「知らないよ。 なんか急に兵士共が押しかけてきて、うちのウフィッツィー先生を出せって言い出したんだ。

 それ以外は何もしらない」

「ウフィッツィー先生? なに、その言いにくい名前」


 すると、青年は信じられないといわんばかりに目を見開いたのである。


「あんた、ウチのウフィッツィー先生を知らないのか!?

 信じられん! この国で一番の脚本家だぞ!?」

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