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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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97話

 そしてアモエナの踊りが始まった。


 まずは滑らかな動きで一礼すると、彼女は優雅な姿勢でそのままピクリとも動かなくなる。

 それを見たヴィオレータは嬉しそうに微笑んだ。


 意外に思うかも知れ無いが、立ったまま全く動かないというのも鍛えられた人間にしか出来ない芸当なのである。

 特に、踊りの前準備のような不安定な姿勢で静止するというのは、それだけ鍛錬を積んでいるという証拠になるのだ。


 アモエナのそんな様子に満足したヴィオレータは、ゆっくりとハンドルを回し始めた。

 その動きに合わせて、ベラトールの作り出したカラクリ仕掛けの小箱が愛らしくも甲高い音で旋律を(かな)で始める。


 そして流れ出したのは、ワルツでもタンゴでもポルカなく……意外なことにクーデルスの前で始めて踊ったときと同じくアモエナの故郷に伝わる民族音楽であった。


 変調子の少ないこの曲はとても簡単に踊れるのだが、逆に言えば見せ場が無い。

 しかも、単調な振り付けなので、誰が踊っても同じになってしまうのだ。


 いや、だからこそ判るものがある。

 誰が踊っても同じだからこそ、踊り子の表現力が試され、それ以上に見る者の感性が試されるのだ。


 ――小娘、この私を試そうというの?

 アモエナがしかけてきた生意気な演出に、ヴィオレータの唇の端がつりあがる。


 そして彼女はその鼻っ柱をへし折ってやるとばかりにハンドルを回すスピードを少しずつ上げていった。

 だが、どんなにスピードを上げてもアモエナの動きは乱れない。


 どこまでも滑らかで優雅。 そのステップには余裕すら感じられる。

 

 ヴィオレータのハンドルを回す手はさらに早くなり、彼女のどこか狂気めいた笑みの額を汗の雫が通り過ぎた。

 そして、不意に音楽がやむ。


「私の踊り……どうでしたか?」

「そうね」

 息も切らさずに尋ねてきたアモエナに、ヴィオレータは顎に指を当ててしばらく考え込んだ。

 そしてふた呼吸ほどしてから、彼女はこう答える。

 

「ぜんぜん駄目だわ。 本当に、なんという雑な踊りでしょう」

「……えっ、雑!?」


 思いもよらない言葉に、アモエナは聞き間違いかと問い返す。

 彼女の踊りは第一級神であるモラルから授かったものだ。

 それを雑だなどと評価すれば、それは神であるモラルの完成と技術をも否定する事となる。

 下手をすれば神罰が下る言動だ。


 だが、驚くアモエナの様子にヴィオレータはうっすらと微笑むと、こう付け加えたのである。


「勘違いなさらないで。 貴女の動きは完璧でした。

 確かに技術的には非の付け所がありません。

 ですが、貴女の踊りには色んな人間の癖が混じっていますね」


 まさにその通りである。

 アモエナの今の技術は、自分で試行錯誤したものではない。

 ゆえに、彼女にはどの場面でどの表現を使うのが最適なのか、そしてどの表現の組み合わせが一番相性が良いのか、それを組み立てる知識が伴っていないのだ。


「しかも、それぞれの個性がぶつかりすぎて何を表現したいのかがわからない。

 貴女はまだ、自分の踊りを知らないのです」


 淡々と語られるヴィオレータの言葉に、アモエナは返す言葉もなく俯くしかなかった。

 悔しさに歯を食いしばり、床の模様が涙で歪む。


「ですが、同時に貴女には成長する余地がまだまだあります。

 いったいどうしてそうなったかはわかりませんが、貴方がその身に余る技術を必死で制御しようとしているのは見て取れました。

 そしておそらく、それを飼いならす日もそう遠くはない。

 その技術の活かし方には、若干のセンスを感じる事ができましたから」


 ヴィオレータの言葉を聴くや否や、アモエナはまるで光が差し込んできたかのように感じて顔を上げた。

 その素直な反応に、腹の探りあいに慣れすぎているヴィオレータは苦笑する。

 なんと愚かで幼い……だが、不思議と心地よかった。


「わたくしは、貴女と言う原石が磨き上げられて玉となったとき、どのように輝くかを見てみたい」

「あの……それで、推薦状は」


 すると、ヴィオレータはその細い眉をきゅっとひそめた。


「結論を急ぎすぎるのは、貴女の悪い癖のようね。

 とても卑しくて田舎くさいわ」

「ご、ごめんなさい」


 冷ややかなその声に、アモエナは反射的に頭を下げる。

 だが、すぐにヴィオレータは表情を笑顔に切り替えると、彼女の望むものをちらつかせた。


「とはいえ、推薦状を書くのはやぶさかでないのよ。

 ただね……」


 そこで言葉を区切ると、ヴィオレータは後ろを振りかえる。


「今、わたくしは自分の思うように動けない状況なのよね」


 彼女の視線の先には、いつのまにか見覚えの無い紳士がたたずんでいた。


「おやおや、私が悪者かね」

「だって、私が劇団に支援をするのがお嫌なんでしょ? 旦那様」


 その言葉のやり取りで、アモエナはなんとなくこの紳士の正体を察した。

 ――おそらくはパトルオンネの領主その人。


「私は無駄金を使うのが嫌なだけだ。

 そこに有望な投資先があるなら、金を出すのもやぶさかでは無い。

 しかも、今回は金ではなくて紙一枚で足りるのだろう?」

「なら、決まりね。 おめでとう」

 ヴィオレータの祝福の言葉に、アモエナは喜びと共に立ち上がった。


「ありがとうございます!」

 こうしてアモエナは自らの未来を切り開くための第一歩を踏み出したのだが……。

 そんな彼女に、パトルオンネの領主がこう囁いたのである。


「ところで君、今度モンテスQの演劇の舞台にヒロインとして出てみないかね?」

 アモエナが丁重に辞退したのは言うまでも無い。


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