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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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90話

「ベラトール……様?」

 アモエナはキョトンとした表情のまま、鸚鵡返しに呟いた。

 言うまでもなく、ベラトールはここティンファの守護神である。

 気が向かない限り、貴族でも領主でも会見を突っぱねるような存在だ。


 ましてや、ただの小娘であるアモエナが会いに行って相手をしてもらえるものなのだろうか?

 だが、目の前の女神こそ地位的にはさらに上の存在であることを思い出す。


「ダメかもしれないけど……可能性はあるよね」

「そうね、アモエナちゃん一人じゃ心配だから私もついていってあげるわ」

「ありがとう、モラル様!」

 感謝を述べるアモエナだが、この女神がひっそりと自分に悪意を抱いていることを彼女は知らない。


 そして困難と予想されたベラトールへの謁見だが、いがいなことにすんなりと実現した。

 やはり、後ろに第一級の水神であるモラルがいたのが大きいのだろう。


 そして事情を聞いたベラトールは、いつもどおりの仏頂面でこう答えた。


「ふむ。 人の祈りを聞届けるのは神の役目。

援助についてはやぶさかでもないが、そのまま紹介状を書くと言うのもつまらんな」


 だが、その言い方が気に入らなかったのだろう。

 アモエナがカッとなって口を開いた。


「なによ! 私の夢はつまらない問題なんかじゃないわっ!」


 だが、その瞬間ベラトールの視線が氷点下にまで下がり、それは心臓が止まりかねない威圧となってアモエナに襲い掛かる。


「……そういう問題だ。 神である我々にとってはな。

 そもそも、その口の利き方は何だ? 貴様は願いをしにきたのであろうが」

「うぐっ……」


 突きつけられた殺意によって、アモエナは息が詰まって何もいえなかった。

 普段から魔王であるクーデルスを相手にしているせいで感覚がおかしくなっているのだが、相手は本来ならば直接口を聞くのも無礼に当たる存在なのである。

 先日は特に問題がなかったが、おそらくそれはクーデルスがなんらかの護りを与えていたからに違いない。

 口の利き方を間違えたことを悟っても、もう遅かった。


 殺される。 虫けらのように。

 そう思ったアモエナだが、不意にベラトールの殺意が薄れた。


「まぁ、いい。 ゴミにも等しい小娘がいくら騒いだところで大して気にはならん。 さっさと帰れ」

 殺意を向けるのも馬鹿馬鹿しい程度の相手だと考えたのだろう。

 ベラトールはすっかり興味を失った声で面倒くさそうに言い放つ。


「そんな!」


 命が助かっただけでも僥倖なのだが、自らの夢をたたれる事は今のアモエナにとって死にも等しい。

 なおも諦めようとしないその往生際の悪さに、ベラトールは呆れ、モラルはクスリと笑った。


「まぁまぁ、シロクマちゃん。 そんなにぞんざいに扱わなくてもいいでしょ?

 クーデルスの鼻を明かすいい機会だと思うんだけどなぁ」

「ふんっ! 別にクーデルスなど関係ないっ!」


 そうやってムキになるあたり、意識していると言っているようなものである。

 だが、自分でもそれを分かっているのだろうか、ベラトールは伊達眼鏡をくいっと爪の先で押し上げ、話題をそらすようにこんな言葉を口にした。


「そもそもあの男のことだ。 この小娘が無茶を言い出す前に最初から王立舞踏団の入団試験を突破する方法を考えていたのではないのか?」

「あ、たしかにそれはありそうね」


 言われてみれば、クーデルスはもともとアモエナを王立舞踏団にいれるつもりだったようである。

 ならば、そのための準備を怠るはずがない。

 だが、何をしていたかについてはまるで想像がつかなかった。


「アモエナちゃん、何か心当たりはない?」

「心当たりといわれても……」

 モラルに話を向けられたところで、アモエナにはそう呟くことしかできない。


「やめておけ。 この小娘の脳みそでクーデルスの考えを推し量るのは無理だ」

「まぁ、難しいわよね。 私達だってちょっと厳しいもの」


 そもそも、相手はなんとかと紙一重であるクーデルスだ。

 いったい誰がその行動の予測などできるだろうか?


 いや、いるのだ。

 完全ではないものの、ある程度予想を立てられそうな存在が。


「では、クーデルスの事をよく知っていそうな奴に聞いてみよう」

「……誰に聞くの? アデリアちゃん? それとも、ダーテン君?」


 すると、ベラトールは真っ白な熊の顔を笑みの形にゆがめ、子供が見たら泣き出しそうな恐ろしい顔でこんなことを言い出した。


「ほかにいるだろう? この国の事情に詳しくて、もっと付き合いの長そうな奴が」

 そんな台詞を口にしながら、ベラトールは氷を使って魔法陣を描く。

 芥子粒よりも小さな結晶が織り成す繊細な模様に溜息をつくも、大まかに完成しかかった頃になってモラルが大きく目を見開いた。


「その魔法陣、まさか!」

「その通り。 ダンジョンの奥で見たとき、便利そうだと思って記憶しておいたのだ」


 アモエナには全くわからない会話であったが、ベラトールの描いた魔法陣はダンジョンでクーデルスが西の魔王と会談したときに使われていたものである。

 一瞬止めようかと迷いを見せたモラルだが、その隙にベラトールは一気にスピードを上げて魔法陣を完成させてしまった。


「さて、繋げてみよう」

 あまりの事にモラルとアモエナがどうしていいか迷う中、ベラトールは魔法陣を起動させる。

 すると、牙をむき出しにして笑うベラトールの前に、プラチナブロンドの狐耳をした美女の幻が映し出された。


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