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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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89話

 さて、王立舞踏団の入団試験を受けようと張り切るアモエナだが、舞踏団の試験について情報を集めようとした途端に大きな壁が立ちはだかった。

 その壁とは……実績である。


「紹介状……? なにそれ」

「ふん、そんな事も知らずに試験を受けようとしたのか、田舎物め」


 ベラトールの別邸に逗留している王立舞踏団を訪ねたアモエナだが、対応に出てきた事務員らしき男はドアの前に立ったままアモエナへとそう言い放った。

 話をするのに屋敷の中へと案内しようともしない。


 この対応の悪さの原因は、おそらくアモエナが主演を勤める舞台によって王立舞踏団の面子が丸潰れになったことだろう。

 アモエナの舞台が話題をさらってからというもの、この団体がアモエナに向ける視線は非常に冷たい。

 以前は快く応じてくれていた見学も、今では遠めで眺めることですら許されない状態だ。


「我々の一員になりたいと思う踊り子や劇団員は非常に多い。

 だが、我々は忙しいのだ。

 そんな連中にいちいちかかわっている暇は無い」


 アモエナを仲間に入れるつもりはまったく無いといわんばかりの態度である。

 あからさまな拒絶に戸惑うばかりでその場を動けないアモエナに対し、事務員の男は『直接言わなきゃわからないのか』と顔に書いてあるような表情で、さらに言い放った。


「試験を受けられるのは、すでに実績があって貴族の紹介状をもらえるような者だけだ。

 さぁ、紹介状が無いならとっとと帰れ」

 そう言って、シッシッと手を振ってドアを閉ざした。


 別邸のドアの前で、アモエナは呆然と立ち尽くしたまま叫ぶ。


「そんなの……どうすればいいって言うのよぉ!!」


 当然、クーデルスは当てにできない。

 ドルチェスとカッファーナは王立舞踏団と因縁がある様子。


 そうなると、彼女がすがる出来る相手は一人しかいなかった。

 いや、一柱と言うべきか。


「モラル様、助けてください!!」

 そう、彼女が頼ったのは踊りの師匠にして上級神であるモラルであった。

 だが、そのモラルもまた、アモエナの顔を見るなり渋い顔をする。


 そしてモラルがボソリと呟いたのは、こんな台詞であった。

「アモエナちゃん、貴女……邪念に支配されているわね」


「え、そんな事……あります」

 人の心を糧とする神の前に嘘は通じない。

 しぶしぶながらも認めると、モラルは妙に優しい声で忠告を口にした。


「今ならまだ間に合うわ。

 私がその邪念を残らず吸い取って浄化してあげてもいいわよ?」

「それって、夢を諦めろって事ですか?」


 アモエナの言葉に、モラルは大きく頷く。


「そうよ。 今の貴女には夢を叶える資格がないわ。

 一度道を踏み外した私だから言える。

 踏みとどまれるのは今だけよ。

 後になってから諦める事になれば、もっと大きなもの……もしかすると全てを失うことになるかもしれないわ」


 だが、アモエナの口を衝いたのは、拒絶の言葉であった。


「無理です……私には出来ません」


 そんな頑なな態度に、モラルは大きく溜息をつく。


「そう。 でもね、残念だけど私じゃ推薦状を書くのは無理ね。

 向こうにしても神からの推薦状など前例が無いだろうし、書いたところで本物かどうかという話になってしまうわ。

 そもそも、それは神のする事ではないし」


 アモエナにとっては大事かも知れないが、こんな瑣末な理由で神が動くなどいい恥さらしである。

 そもそも、状況からかんがみて叶えていい願いでもなかった。


「おまけに、今の私はアイドルコンサートというライバル事業を展開しているのよ?

 むしろ私からの推薦は逆効果じゃないかしら」

「じゃ……じゃあ、ほかに誰か推薦状をを書いてくれそうな人をしりませんか?」


 この期に及んでもまだ諦めないアモエナの姿に、モラルは少し興味を引かれる。

 おそらく彼女をつき動かしているのは、この年頃にありがちな妄執のようなものだろう。

 放置しても、人は大人になるにつれて次第に現実と折り合いをつけるものだ。


 だが……それでは面白くない。

 困ったことに、アモエナが不幸になろうが闇に堕ちようが、モラルとってはわりとどうでもよかった。

 踊りを教えてやったのは、モラルがひそかに思いを寄せるクーデルスとの約束だったからにすぎない。

 むしろ最近では、クーデルスの心を捉えつつあるこの少女を少し疎ましく思っていたところである。


 ――だったら、いっそ破滅してもらったほうが都合がいいわね。

 

「うーん、ティンファの領主の紹介状なら用意できるけど、こっちもアイドル事業のスポンサーだからいい顔はしないはずね」

「そんな……」


 救いの無い言葉にアモエナがガッカリし、下を向いた瞬間にモラルはニッコリと微笑んだ、。

 そしてちょうど思いついたとばかりに手を打って、こんな提案を口にしたのである。


「あ、そうだ。 ベラトールのシロクマちゃんならどうかしら」


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