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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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85話

「ふふふ、舞台は大成功のようですね」

 三階の窓から劇場の入り口を見下ろして、クーデルスは茶を嗜みながら一人ほくそ笑んだ。


 今日は戦勝記念として開かれた祭りの最終日。

 一週間つづいた彼らの舞台も、ひとまず今日で終わりとなる。


 アモエナが主役を務める歌劇の舞台は、クーデルスの予想をさらに上回る盛況を見せていた。

 舞台は今日も満員御礼。

 彼の目には、会場に入りきれなくて観衆の列が映っている。

 実に良い傾向だ。


 ……とはいえ、彼らの舞台の評価を一言で言うならば『悪趣味』につきよう。

 元々がこの国の住人ならば三人に一人は知っているような怪談めいた昔話であり、趣味がいいとはいえない題材である。

 だが、彼らの舞台はあまりにも新しく、衝撃的過ぎた。


 アモエナの斬新な振り付けと、ここにきて急速に腕を上げた踊りの技術。

 ドルチェスの洗練された音楽。

 当事者であるクーデルスから聞き出したリアルな話に、天才カッファーナが脚色をくわえたのだから、これで話題にならないほうが嘘である。


「まぁ、散々に言われているようではもありますがね」

 そう。 この舞台を語るとき、人々の半分ぐらいは悪評を口にする。

 もっとも多い意見は、祝勝の祭りで演じるにはあまりにも内容がそぐわないといったものだ。


 とはいえ、別にクーデルスもカッファーナも気にしてはいない。

 たとえ悪趣味であっても、多くの人が見るようになれば王道とかわらなくなることを知っているからだ。

 その証拠に、日を追うにつれて観客の数は増している。


 結果として、他の劇団がかすんでしまい、クーデルスたちの劇団は一人勝ち状態であった。

 皮肉にもそれはアモエナが憧れた王立舞踏団すらも霞ませ、彼らのプライドをひどく傷つけたのである。

 もしかしたら、酷評の多くはそんな劇団の関係者たちの言葉かもしれない。


 しかし、彼らがどう悪評をばら撒こうとも、観客の列は途絶えなかった。

 今日も楽屋には、ファンが押し寄せている。


 だが、誰一人として……パトロンであろうともこの楽屋に入る事は許されなかった。

 クーデルスが許可しないのだ。


 なぜなら、そこには見られてはいけないスタッフがいるからである。


「さて、そろそろフラクタ君をねぎらいにゆきましょうか」

 テーブルにカップを置くと、彼は上機嫌で席を立った。

 自らの副官であり、親指サイズの頃からわが子のように育てた存在が評価されたのである。

 クーデルスとしても嬉しくないはずがなかった。


 関係者以外立ち入り禁止の表示を潜り、クーデルスは悠々と楽屋の並ぶエリアへと足を踏み入れる。

 すると、舞台のほうから無数の触手を固めたような存在が、いくつもの人形を抱えて楽屋に引き上げてきたところであった。


「やぁ、フラクタ君。 大活躍じゃないですか。 この私も誇らしいですよ」

 クーデルスの声に気づくと、フラクタ君は恥ずかしげに体をくねらせる。

 ローパー族が人間と同じような感情をもっているかどうかについては定かでは無いが、意外と照れ屋な性格のようだ。


 だが、クーデルスの手放しな賞賛については、全く持って正当な評価といえよう。

 なにせ、もはやこの劇団は彼なくては成り立たないのだから。


 なんと、彼はその無数の触手を通じて何十もの人形を同時に操ることで、楽団の演奏の大半と影絵の操作を一人で担当しているのである。

 そう、あれだけいたオーケストラですら、全てが彼の操る人形だったのだ。

 もっとも、彼の存在があるために、楽屋には誰も入れる事はできなくなってしまったが、少なくともクーデルスにとっては瑣末なことに過ぎない。


 なお、舞台の上に登場する兵士たちはファンゴリアンであり、合唱団は改造したスイカ娘たちだ。

 ただしスイカ娘たちにはまだ会話能力をつける事は出来ておらず、歌のように定められた音を出すことしか出来ない程度に留まっている。


 ようするに、この楽団の正体は、クーデルスの配下で埋め尽くされていた。

 もはや他所から人を入れる余地など無いぐらいに。

 そしてその神秘性がまた、彼らの人気を底上げしていた。


 ……とはいえ、劇団の将来性を考えるのならば色々と問題のあるやり方である。

 だが、そこについてはさすがクーデルスのする事だけあって、まったくぬかりがなかった。

 何せ彼は、この劇団を長く存続させるつもりはさらさらなかったからである。


「秘密なんていつまでも隠しとおせるとは思えませんしね。

 ボロが出ないうちに、私は手を引いたほうが良いのです」


 魔族が、しかも魔王とまで呼ばれた存在が運営する劇団だなんて、その正体が知られてしまえばほとんどの劇場でも出入り禁止だ。

 いや、下手をすれば丸ごと迫害対象である。

 例外があるとすれば、ハンプレット村などの、クーデルスと縁が深いいくつかの街ぐらいだろうか?


 クーデルスがそんな事を考えていると、カーテンコールが終わったらしく、ドルチェスやカッファーナと共にアモエナが楽屋に戻ってきた。


 ――生首の状態で。


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