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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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82話

「なんで……なんでそんな事いうのよ!」

 クーデルスの言葉を否定したくて、彼女は大きな声を上げた。

 だが、クーデルスは何かを諦めるように大きく溜息をつくと、ありったけの愛をこめて残酷な言葉をつむぎ出す。


「今ならば、一番失うものが少ないからですよ。

 特に貴女の時間と言う、二度と取り戻せない代物が」


 上手い言い方ではない。

 だが、真実以上の言葉を思いつく事はできなかった。


「人の命は短い。 ましてや、輝いていられる時間はさらに短い。

 貴女が輝けないとわかっている場所で時間を費やせば、後にやってくる絶望はさらに大きなものになるでしょう」


 包み込むように優しく、そして絶望に満ちた言葉がアモエナの心に忍び寄る。

 この言葉を受け入れたほうが楽になるのは感覚的にわかっていた。

 だが、アモエナにはどうしてもそれが出来なかったのである。


「……わからないじゃない! もう身長は伸びないかもしれないじゃない!

 それに、私の時間は私のものよ! クーデルスにとっては無駄に見えても、私にとっては違うもん!!」


 自らの夢を守るための、精一杯の反抗。

 だが、自らの庭に毒の芽が出ることをクーデルスは許さない。


「それが周囲に苦痛を強いることになってもですか?

 誰かが絶望する姿は、周りの人間にとっても辛いのですよ。

 そして貴女の身長は確実に伸びる。 なんなら、どれだけ伸びるか調べてもよろしい」

「意地悪っ!!」

「えぇ、それが必要なことであれば、いくらでも」


 ――勝てない。

 そもそも、どんな人間よりも長く生きているクーデルスに、言葉で勝とうと思うのが無理なのだ。

 ならば逃げるしかなかった。


 アモエナはクーデルスに背を向けて走り出す。

 そしてクーデルスはそれを追わなかった。

 彼女が一人で考える時間が必要だと知っていたからだ。


 だが、そんなアモエナの足がピタリと止まる。

 なぜなら、先ほどドルチェスに抱えられて宿に帰ったはずのカッファーナが、ドルチェスを引きずるようにして悠然とした足取りで帰ってきたからだ。


「カッファーナ……さん?」

「あら、アモエナちゃん。 どうして泣いているのかしら?

 もしかして、クーデルスに苛められた?」


 いきなり真実を言い当てられ、アモエナは言葉に詰まる。

 苛められたのは確かだが、その理由を口にするのは憚られたからだ。

 『彼女の夢は周囲に苦痛を強いる』というクーデルスの言葉が、彼女の唇の動きを縛る。


「えっと……その……あの、うん」

「まぁ、酷い男ねぇ。 知ってたけど」

 言いよどむアモエナを胸に抱き寄せ、カッファーナはクーデルスへと目を向けた。

 呆れたような顔が、何やらかしたのよと問いかける。


 そんな視線を笑顔で振り払うと、クーデルスは話題をそらすべく彼女の体調を尋ねることにした。


「もう大丈夫なのですか、カッファーナさん。 ずいぶんと顔色が良いようですが」

「さっきは恥ずかしいところを見せてしまったわね。

 全く問題ないわ。 むしろ気力が満ち溢れているわよ」


 そう言ってカッファーナは力強い笑顔を見せる。

 正確には、何か企んでいる顔だ。


「宿に戻る途中で何か思いついたようです。

 いきなり元気になってしまって。 実に困った妻です」

 ……と、横にいるドルチェスもカッファーナの極端な回復に苦笑を隠せない。


「えぇ。 あと、さっきの公演の話だけどね。

 ……受けるわよ」

「えぇっ、ハンプレット村の物語は出来ないんでしょ? どうして!!」


 唐突な手の平返しに、アモエナの口から疑問の声が出る。

 アモエナにとってのラインダンスがそうであるように、カッファーナもまたその物語に執着していたはずだ。

 ……なぜ?


 すると、カッファーナは誇らしげに胸を反らし、こう言い放ったのである。


「だって、私の最終的な目的はハンプレット村の物語を公演することじゃないもの」


 その返答に、アモエナは言葉を失った。


「そりゃ、こだわりはたっぷりあるわよ?

 けど、あくまでもそれは過程に過ぎないわ」

「過程にすぎない……」

 繰り返し呟くアモエナの中で、何かがガラガラと崩れてゆく。


「ハンプレット村の物語を成功させたら、また次の物語を作るのよ。

 そして、後世に残るような物語をたくさん残して、最後はおばあちゃんになって皆に惜しまれながら死ぬの。

 それが私の生きる目標」

「わからない……そんなの、ぜんぜんわからない」


 頑なに理解を拒む姿に、カッファーナは思わず苦笑する。


「別に、私の生きる目標をアモエナちゃんに理解しろとは言わないわ。

 さて、本題に入りましょう。

 向こうが本家本元でくるならば、こちらも本家本元で行くわ」


 カッファーナ台詞に、アモエナだけでなくクーデルスもまた首を捻った。


「……どういうことです?」


 すると、カッファーナは返答の代わりにその唇を笑みの形に吊り上げたのである。

 ゾワッと背筋があわ立つような感触を覚え、クーデルスはおもわず一歩のけぞった。


 そして、カッファーナは甘えるような声色を使い、クーデルスに向かってこんな言葉を囁いた。


「ドルチェスに言われて気づいたのよ。

 私達の手元には、御伽噺の……しかも、幾つも逸話を残している魔王様がいるじゃない。

 これを使わない手はないわ」


「うっ、私の話ですか?」


 思わぬ話の方向に、クーデルスは渋い顔を作る。

 人間たちの間に伝わる彼のエピソードのほとんどは、どれも本人にとっては黒歴史でしか無いからだ。


「ええ、そうよ。 本人から聞いたエピソードを元に、先日の幻燈を用いた演出とドルチェスの音楽をつけて、愛らしいアモエナちゃんが踊るの。

 ハンプレット村の芋芸人たちなんか、私達の光で霞んで誰の記憶にも残らないようにしてやるわ!

 うふふふっ、あははははは、ウケケッ、ウケケケゲケケケケケケケケケケケケ!」


 きわめて不本意な方向に話が流れつつあることを感じながらも、クーデルスには暴走を始めたカッファーナを止める事が出来ないのであった。

 かくして、彼らの劇団の初公演が動き出す。


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