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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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78話

 その頃。

 ドワーフたちは我が世の春を楽しんでいた。


 彼らがいるのは、ティンファの街の中にあるワイン醸造所。

 それも……わりと歴史の新しい、安くて上手いと評判のワインを作っている場所だ。

 

 なぜ彼らがそこにいるのかというと、そこが敵の秘密兵器の工場施設だったからである。

 正確には、諜報に使用する魔法陣の生産と拡散を行っている場所だ。


 敵が使用していたのは、ワインのラベルに巧妙に組み込まれた魔法陣。

 一見してただのラベルにしか見えないが、実はデザインが魔法陣になっており、魔法陣同士の自然な共鳴を用いることで、このラベルから半径10m以内の音を拾って盗み聞きできるという代物である。


 しかも、あまりにも発する魔力が微弱すぎて、人や生き物が無意識に放つ魔力にまぎれてしまうため、その発見は非情に困難であった。

 ドワーフたちは人海戦術によって偶然この醸造所に敵が潜んでいることを発見し、そこにあった資料からこの事実を知ったのである。


 そしてこの事実を知るや否や、ドワーフたちは……敵の物資を消耗させるというゲリラ作戦に入った。

 ただし、無断で。


 これは敵の諜報能力を破壊するための作戦であり、けっしてワインが飲みたかったわけではない。

 クーデルスに報告をしなかったのも、敵に情報が漏れることを防ぎ、作戦をより確実に成功させるための事である。


 そして戦いはクーデルスの放った追加のドワーフたちの到着によって過激化し、つまみの調達、飼い猫と従業員の撃退を経て飲めや歌えのドンチャン騒ぎに突入した。

 せめてもの救いは、彼らが最初から裸であり、その全身が緻密な体毛で覆われていたことだろう。

 これが人間の姿であったら、さぞ見苦しい光景が生まれていたに違いない。


 そして彼らは勝利した。

 酒樽が空になっている事は言うまでもなく、従業員が私的に保管していた酒瓶の中まで、全てドワーフたちの腹の中だ。

 この敷地にアルコールを含むものはすでになく、魔法陣の組み込まれた酒を出荷する事はとうぶん出来まい。


 だが、犠牲もまた大きかった。

 仲間のドワーフたちは軒並み泥酔し、明かりの無い工場の床の上で腹を上にしていびきをかいている。

 もはや見渡す限り意識のあるものはいない。


 ――戦いは終わった。

 最後に残った作戦部隊の指揮官であるドワーフは、この上も無い勝利の快楽に包まれながら、その意識を手放そうと目を閉じる。

 その時であった。


「なるほど、どうりで誰も帰ってこないわけです」


 気が付けばいつの間にか醸造所の入り口の扉が開いており、そこに見慣れた主の姿があるではないか。


「チュ、チュチュー!?(ク、クーデルス様!?)」


 クーデルスはまるでドワーフの隊長の声が聞こえないかのように無言で建物の中に足を踏み入れる。


「悲しいですねぇ。 貴方たちが私に報告をしてくださればできる事も多かったのです。

 少なくとも、オークさんたちの一部がゾンビにされる事はなかったでしょう。

 よもや、私への愛が酒の誘惑に負けてしまうとは」


 言葉通り悲しげな声で呟くクーデルスの足元から、極彩色の触手が幾つも湧き出した。

 その先端には、紫色をした薬液の瓶が幾つも握られている。


「フラクタ君。 ここにいるドワーフさんたちが逃げないようにしてください」

「ヂィィッ、ヂィィィィィィィィィィィィィィ!?」

 無数の触手に絡まれ、ドワーフの隊長が悲鳴を上げた。

 だが、完全に酔いつぶれている彼の部下たちはピクリとも反応しない。


 そして錯乱して暴れるドワーフの隊長に向かって、クーデルスはしめやかな声で告げた。


「ええ、わかってますよ?

 私への愛がなくなったのではないのでしょう? ならば、もう一度愛を取り戻せばよいのです。

 そして、正しく愛に導くのは、あなたたちの主である私の責務」

 そして彼は、ペストマスクに似た仮面を被る。

 これから何が起きるのかを察したドワーフの隊長は、必死な声で許しを願う。


「ヂヂヂ、チューチュルルッチュ!(お許しください、クーデルス様!)

 チュッ、チュチュゥゥゥゥゥゥゥ!!(そ、それだけは何卒!!)」


 だが、クーデルスは仮面の奥からくぐもった声で、完全に自分に酔った台詞を吐きだした。


「さぁ、共に愛の元に帰りましょう。 この薬を吸いなさい。

 古来より、紫水晶(アメジスト)には、酒に狂う心を静める力があるといいます。

 その紫水晶(アメジスト)の力を抽出して、さらに濃縮してから薬液に付与した代物……それがこの、アメジスト・ポーションです。

 アメジスト・ポーションを僅かでも摂取した者は極端な下戸になり、さらに酒を不味く感じるようになります。

 それこそ、臭いをかいだだけで吐き気を覚えるほどに」


 おそらく、酒飲みにとってこれほど恐ろしい代物は無いだろう。

 ドワーフの隊長は、クーデルスの声を聞きながら、おぞましさのあまりその場で嘔吐していた。


「おや? もう効果が出たのでしょうか?

 ふふふ、きっと私への愛ゆえですね。

 他の寝ているドワーフさんたちも、早く愛で包んであげなくては……おやりなさい、フラクタ君」


 クーデルスの声と共に、フラクタ君がポーションの蓋を一斉に引き抜く。

 薄暗い工場の中に、紫の霧が充満した。


「さぁ、今こそ愛が酒に勝利するときです」

「ヂュアァァァァァァァァァァァァァァ!!(いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)」

 

 ドワーフの悲鳴を聞きながら、クーデルスは胸の前で手を組む。

 そして感動の涙を流し続けた。


「あぁ、感謝と感動の声が私の胸の中を満たします。 愛ってすばらしい」

 

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