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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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77話

 クーデルスたちがダンジョンの外に出てきたのは、それから十分ほど後のことであった。


「ふぅ……やっと外に出た! ものっすごい罠の数だったけど、どうにかなったわねぇ」

 ダンジョンの中に仕掛けられた無数の罠を思い出し、モラルがげんなりとした声で呟く。

 さしものモラルも、1メートルおきにトラップが発動する100mの通路が終わる頃には神経がささくれ立って素の口調で罵り声を上げたものだ。


「おっと、まだ安全ではありませんよ。

 まだここはフィドゥシアさんの攻撃範囲内です。

 彼女の魔術なら、一撃でこのあたり一帯がクレーターに変わりますからね。

 早く移動したほうが良いでしょう」

「うわっ、忘れてた!!」


 そんなクーデルスの言葉に、モラルは慌てて周囲を見回す。

 言われてみれば、確かにこのダンジョンの周囲には異様なまでの魔力が充満していた。

 これほどの魔力を必要とする魔術……この周辺一帯がクレーターとなるというクーデルスの言葉は誇張でも何でも無いだろう。


 ……運動能力の高いクーデルスやベラトールならともかく、モラルが走って移動しても果たして逃げ切れるかどうか。

 そんな事を考えていた矢先であった。


「おい、ここなら転移の魔術が使えそうだぞ」

 なにやら自らの魔術の感触を確かめていたベラトールがそんな言葉を呟く。


「なら、急いでください。 そろそろフィドゥシアさんの魔術が完成します」

「よし、ならば急いで街まで跳ぶぞ!」


 ベラトールがそう告げるなり、目の前にピキピキと音を立てて氷の魔法陣が作られてゆく。

 だが、同時に周囲の風景が夕刻でも無いのに赤く染まり始めた。

 見上げれば、頭上に真っ赤な光の塊が生まれ、ギラギラと輝きながら膨れ始めているではないか。


「不味い!」

「急いで!!」

「無茶を言うな! これはお前らが思っているより繊細な作業なんだぞ!? しかも魔術への干渉が全てなくなったわけではない!」


 霜の一粒一粒を意味ある形に組み上げながら、ベラトールが悲鳴混じりに怒鳴り返す。

 だが、そうしている間にも、魔力の塊はゆっくりとその大きさを増しながら地上へと近づいていた。

 作業を見守るほうも気が気では無い。


「出来たぞ! 飛び込め!!」

 やがて魔法陣が完成したのは、フィドゥシアの魔術が完成する間際であった。

 最初にモラルが飛び込むみ、続いてクーデルス。

 最後にベラトールが飛び込むと同時に周囲は赤い光で埋め尽くされ、焼け付くような風が一瞬だけ彼の毛並みをなでた。

 ジュッと音が響くと同時にベラトールの毛先の焦げた匂いが鼻をつく。


 そして彼らの姿が消えた後。

 ダンジョンは跡形もなく消し飛んだ。



「……間に合ったようですね」

 クーデルスが魔法陣から飛び出すと、そこはティンファの街に入る門の近くであった。


「あぁ、間に合ったな。 だが、やるべき事がある。

 手を貸せ! 街を護るぞ!!」

 続いて魔法陣から抜け出してきたベラトールが、返事を待たずにダンジョンの方角を振り向く。

 同時にクーデルスとモラルもまた同じ方向を向いて手をかざした。


 なぜなら……。

 彼らの視線の先には、ダンジョンを消し飛ばした爆発の衝撃が瓦礫と共に押し寄せてこようとしていたからだ。

 目を凝らせば、土煙の中を巨大な岩が流星よろしく幾つも飛んで来ている。

 こんなものが直撃したら、ティンファの街が大きな被害を受けてしまうのは間違いない。


護れ!!(プロテゲール)

 三人の超越者が異口同音に同じ呪文を唱え、三つの強大な魔力が一瞬で混じりあった。


 次の瞬間、街を覆うように白銀の壁が立ちはだかり、その表面に蓮の花の文様が無数に刻み込まれる。

 ベラトールの力で作り上げた氷の壁を、クーデルスとモラルが補強した形だ。


 続いて、空へと届かんばかりに巻き上がった土砂の波が視界を埋め尽くし、魔術の壁に衝突する。

 ズンっ!

 重い衝撃音が全身をかけぬけ、周囲の建物が僅かに揺れてビリビリと耳障りな余韻を奏でた。


 その様子を見ていた街の住人たちが、恐怖のあまり顔を手で覆い、あるいは頭を抱えてうずくまる。

 彼らの耳に、ドスドスと魔法障壁に瓦礫がぶつかる音が何度も響いた。


 やがて激しい音が消え、自分の呼吸の音しか聞こえなくなった頃。

 彼らは自分たちが死なずに済んだことを悟って、そっと目を開く。

 すると、そこには皹一つない氷の壁が太陽の光を照り返しつつ聳え立っていた。


 一体誰がこの壁を?

 氷といえばベラトールであり、蓮といえばモラルの象徴である。

 民衆は誰がこの街を救ったのかを悟り、大声で神々の名を称えた。


 ……なお、蓮の花の半分はクーデルスの加護であるためデザインが微妙に違うのだが、民衆がそこに気づく事は無いだろう。


 しかし、土煙が視界が開けた瞬間であった。


「あぁぁぁ! 街道が!? 河が!!」

 その光景を見て、思わずベラトールが膝から崩れる。

 だが、それも仕方があるまい。


 壁の向こうは土砂に埋まり、道としての用途を失っていたのだから。

 さらにはこの街の交通の要である水運も、岸辺や川底に突き刺さった巨大な瓦礫でめちゃくちゃになっている。


 そう、街自体はなんともなかったのだが、その周囲のインフラがめちゃくちゃになってしまったのだ。

 これではまともな交易は無理であろう。


 この凄まじい被害の復旧には、いったいどれだけの予算と時間がかかるのだろうか。

 頭の痛いことになるのは間違いなかった。


 そんな打ちひしがれるベラトールを尻目に、クーデルスはボソリとモラルに語りかける。


「……さて、一応事件は解決したのですが、一つ困った事があります」

「どうしたのクーデルス?」


 すると、彼は溜息混じりにこんな台詞を吐き出した。


「偵察に出したドワーフさんたちが帰ってこないんですよ。

 無事だと良いのですが……」


「あぁ、ソレね。 私、さっきダンジョンの中でなんとなく理由がわかっちゃったのよね。

 ついでに、私達を探っていた敵の手口も」


 だが、そう語るモラルの表情はなぜか冴えない。


「本当ですか、モラルさん?」

「ええ。 ダンジョンの奥でクーデルスが西の魔王と話している間にね、敵の偵察方法についての手がかりが無いか、こっそり調べていたのよ。

 で、だいたいの予想が付いたのだけど……たぶん、ドワーフたちは同じ答えに誰よりも早く気づいていたのね」


 なにやら微妙に表情を曇らせながら、彼女は肩を竦めてさらにこう告げたのである。


「だとしたら、間違いなくあそこにいるわよ。

 帰ってこないのも、仕方が無いわ」


 そして彼女がクーデルスを案内したのは……街のワイン醸造所であった。


7/7に77話更新……と言うことで、めでたいお話を一つ。

活動報告にも書きましたが、この作品が書籍化することになりました!


出版社やイラストレーターさんなどの情報は、また後日報告させていただきます。

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