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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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71話

「やっほー クーデルス。 オークたちはもう全部回収し終わったよ」

「お疲れ様です、モラルさん」

 街に帰還したモラルが宿にやってくると、クーデルスは笑顔で迎え入れた。

 なお、モラルの後ろにいるシロクマは無視である。


「私にねぎらいの言葉はないのか、黒ワカメ」

「まぁ……一応はお疲れ様ですといっておきましょうか。

 そもそも、これは貴方の問題でしょ」


 思わず口を挟んだベラトールに、クーデルスはすかさず嫌味と皮肉を混ぜた返事を返した。

 だが、これはこれで案外仲がいいのかも知れないとモラルは考える。

 本当に嫌いな相手だったならば、クーデルスが本音を吐き出すはずが無いからだ。


「じゃあ、準備も整ったことですし、そろそろ行きますか」

「ふん。 支度は済んでいるのだろうな」

「じゃあ、ダンジョンの前まで転移よろしくシロクマちゃん」

「……私に命令するな」


 ぶっきらぼうに答えながらも、ベラトールは足元に氷で出来た魔法陣を作り出す。

 彼らがその魔法陣の上に足を乗せると、一瞬でその姿は街の外……先ほどまでスダンピード発生直前であったダンジョンの前に転移した。


「さすがに誰も出てきませんねぇ」

 ダンジョンの前は閑散としており、生き物の気配はほとんど無い。

 オークがいなくなったとしてもまだ相当な数の魔物が中にいるはずなのだが、周囲には風の流れる音のほかは何も聞こえず、まるで廃墟のような空気すら感じられる。


「むしろ出てきたならば褒めてやりたいところだな」

「ふふふ、シロクマちゃんが怖い顔するから、みんな震えてるわよぉ」

 とは言うものの、モラルもまたこの現状の原因だ。

 魔王一人に神が二柱。

 よほどの魔物でも、この強大な魔力の気配の前では腰が抜けて動けなくなることだろう。


「さぁ、こんなところでおしゃべりをしていても仕方がありません。 中に入りましょう」

 そう言って、クーデルスがダンジョンに足を踏み入れたその時であった。


「クーデルス!」

「どうしました?」

 モラルの叫び声に思わず振り向いたクーデルスだが……その頭にゴィンと鈍い音と共に、上から落ちてきたタライがぶつかる。

 そう、魔物はいなくなったかもしれないが、トラップはそのまま残っているのだ。


 しかも、ご丁寧なことに、タライには『注意一秒、怪我一生。 ダンジョンをナメんじゃねぇぞ、ド素人が!』と刻印されている。

 ティンファの冒険者ギルドに所属する冒険者が、初心者の気持ちを引き締めるために作った代物だ。

 むろん、このトラップの事はティンファの街の冒険者なら誰でも知っていることであり、数年に一度ぐらい誰かが引っかかって笑い話になる代物である。


「ぷっぷぷぷ……ダンジョンナメんなって……確かに……」

「うぷっ……魔王ともあろう者が、あのような……ぷっ、ぶはははははは!! ダメだ、こらえきれん!!」

 憮然とするクーデルスを前に、少女とシロクマの姿をした神は、どちらも腹を抱えて笑い転げた。


 だが、被害にあったクーデルスは全く笑っていない。

 肩をぷるぷると震わせ、前髪に隠れた目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」

「あら、ゴメン。 まさか、こんな初心者でも引っかからないような罠に貴方が引っかかるとは思わなくて」

「ぶははははは! こいつは昔からこうなのだ。 妙なところで抜けていてな!」


 クーデルスが涙目で訴えても、モラルとベラトールの笑いが収まる気配は無い。

 むしろ過去の黒歴史すら引っ張り出してきそうな空気である。


 これには、さすがのクーデルスも我慢が出来なかったらしい。

 左手をダンジョンの奥へと向けると、その強大な魔力をさらに高めながら怒りの声を吐き出した。


「罠なんか……罠なんか、大ッ嫌いです!」

 その瞬間、クーデルスの手から粘度の高い透明なシリコンのようなものが怒涛の勢いでほとばしる。


「うわっ、なにこれ……水に似ているけど生き物? スライムの一種?」

「魔術で作り出した擬似生命体だ。 いかんな。 クーデルスの奴め、かなりキレているぞ」


 クーデルスの左手から生み出された生きた水は、そのまま重力を無視して壁や天井に張り付き、その間を容赦なく埋め尽くした。

 水攻めならぬ、スライム攻めである。


 そして吐き出されたスライムはダンジョンの中に存在するもの……モンスターのみならず置物や宝箱までをも手当たり次第に飲み込み、胃や食道のような動きで全てをダンジョンの外へと吐き出した。

 さらには仕掛けられていたトラップも全て押しつぶし、ダンジョンを本当の廃墟へと変えて行く。


 まさに魔力にものを言わせた、美学も技術も冒険もロマンも無いただのゴリ押しだ。

 ダンジョンの設計者が見たら、涙目で罵り声を上げたに違いない。


「ふぅ、すっきりしました」

 およそ20分後、クーデルスはいい仕事をしたとばかりに額の汗をぬぐうと、出番がなくて地面にマスを描いて3並べをしていた二人を振り替える。


「ちょっとクーデルス! 一人で遊ぶなんてずるいでしょ! モラルちゃんも退屈だったんだから!!」

「とりあえず吐き出された魔物は送還しておいたぞ。 宝物の類は、その手数料としてもらいうけたからな」

 なにげに強かなベラトールに憮然としながらも、クーデルスは腰に手をあててふんぞりかえった。


「ケチ臭いシロクマですねぇ。

 あと、ちゃんと美味しいところは残してありますよ。

 フラクタ君が封鎖しておいてくれた最終ボスの部屋には手をつけてありません。


 ブチキレて珍しく単純な力押しで事を解決したクーデルスだが、どうやら全部平らげてしまうほど理性を失ってはいなかったらしい。

 

「さぁ、お仕事の時間ですよ」

「やれやれ、人使いの荒い奴だ」

「面倒ならこなくてもいいのよ、シロクマちゃん?

 じゃあ、行きましょうかクーデルス」

「えぇ、そろそろこの騒ぎを引き起こしている役者たちには舞台から降りていただきましょう」


 そんな言葉のやり取りをしながら、三人の化け物は今度こそダンジョンに足を踏み入れたのであった。


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