63話
「さて、クーデルスの怪しげな趣味の話はおいといてだ」
「趣味じゃありません! きわめて実用的な話です!!」
趣味扱いされたのが不本意だったらしく、クーデルスがテーブルに身をのりだして喚く。
だが、ベラトールはシッシッと猫か何かを追い払うように手を振ると、アッサリそれを無視した。
「うるさいぞお花畑。 話を戻すぞ。
なんだその見ている方がため息をつきたくなるような拗ねた面は?
これで魔王だとか、片腹痛いわ」
「ふーんだ。 今はいちおう魔王じゃなくて、ただの無職放浪中の魔族ですよーだ」
ベラトールの嫌味にもよくわからない悪態をつくクーデルス。
お互いに大人げがないせいで、話が全く進もうとしない。
そんな現状に、横で様子を伺っているモラルは溜息をつくしかなかった。
「無職放浪中ただの魔族……の割に好き放題やっているわよねぇ。
むしろ魔帝王の陰謀かと思うわ……と無駄話をしている場合じゃなかったわね」
「そうだな。 話に戻る……前に、そこの女は邪魔だからその辺に封印させてもらう」
「……あっ!?」
ベラトールが視線を向けた瞬間、女騎士の体が一本の氷の柱となる。
もはやクーデルスが止める暇も無いほどの早業であった。
「……ひどいですねぇ。 後でちゃんと使うんですから、もう少し丁寧に扱ってください」
「その程度の事は自分でカバーしろ。 甘えるな」
女騎士の扱いについて文句を口にするクーデルスだが、おそらく人道的な観点から来るものではあるまい。
単に修復するのが面倒なだけなのだろう。
なにせ彼女はすでにクーデルスの恋愛の対象から外れてしまっているのだから。
「さて、この街への不干渉を決め込む代償であったな。
今の茶番の間にふと考え付いたのだが、むしろ逆に相互干渉と言うのはどうだ?」
「その極端から極端に走る矛盾じみた思考展開、クーデルスとよく似ているわね」
思いもよらないことをいきなり口にするベラトールだが、クーデルスにすっかり慣れてしまったモラルからすると苦笑で済んでしまうレベルの提案である。
「茶化すな、禁忌の女神。 真面目な話だぞ」
「わかっているわ。 でも、この程度は想定済みなのよ。
気にせず先に話を進めてちょうだいな」
さして驚いた様子も無いモラルに若干の不満を滲ませながら、ベラトールは一束の冊子を取り出した。
そしてそれをクーデルスとモラルの間に置く。
「なにこれ。 水魔術の術式?」
「それだけではありませんね、ここのところを見ると水の属性の持つ空間との親和性をたくみに利用しています。
あと、火の魔術から作る擬似属性である光属性を地の魔術と混成させて作るはずの鏡の擬似属性を、水鏡と言う別の擬似的に作り出した新しい属性で代用する術式が……」
「鏡面世界の術式を基礎にした亜空間を作り出して常時待機させる必要があるわね。
これ、とんでもなく魔力を浪費するわよ? ……というか、よくもまぁこんな厄介な術式を構築したものね。 中級神でも発動できるヤツはたぶん一握りぐらいよ?」
「術式を維持できるのはさらにその半分ぐらいでしょうか」
資料の内容を即座に読み解きながら、クーデルスとモラルが意見を交わす。
そしておおよその内容を二人が理解したであろう頃を見計らい、ベラトールは自慢げな表情で咳払いをした。
「実は今、この街では新たなる流通方法として、転移魔術による大規模な輸送を考えている。
それは、その事業に使う予定の魔導学術書だ」
「うわぁ、ベラトールさんの趣味丸出しですね。
相変わらずの研究馬鹿で何よりです。
ですが、悪くない話ですね。 アデリアさんもきっと喜ぶでしょう」
クーデルスの台詞は一見してなんの脈絡も無く突拍子も無いことを言い出したようにも聞こえるが、ベラトールの意図を正確に見抜いたものであった。
その証拠に、ベラトールの口元が僅かに笑みに歪む。
「ふん、さすが話が早いな。
そうだ、その転移魔術による輸送先をハンプレット村にしてはどうかという提案だ」
その台詞に、ようやくモラルも理解が追いついた。
「なるほどね、それにともなってハンプレット村でも貴方への信仰が発生する。
互いの信仰をある程度共有化することで相乗効果を狙うということかしら?」
「……悪い話ではあるまい」
少なくとも、互いの不干渉に固執するよりははるかに利益は大きいだろう。
ただし、ベラトールの干渉が恐ろしくなければと但し書きが付くが。
「確かに落としどころとしては最良かもしれないわ」
そう答えながら、モラルの視線はクーデルスのほうを見る。
「私に決定権はありませんよ。 モラルさんの思うようになさったらどうです?」
「では、この話はこの方向で煮詰めましょう」
その後は、計画の具体的な内容を煮詰める作業となった。
お互いの要望を出し合った上で方針を固め、その方針にそった細かい肉付け作業。
決定された事は、横に控えた触手が凄まじい勢いで書類として記してゆく。
やがて神々と悪魔による血も涙も無い計画の打ち合わせも終わり、一行は疲れを癒すために宿に戻ることにした。
だが、そこに想定外な人物がいたのである。
「なぜ貴方がここにいるんですか、ロザリーさん」