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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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47話

「こんなところにいらっしゃったんですか、アモエナさん」

 クーデルスがアモエナの姿を探しにゆくと、彼女は大きな岩にもたれて捩子花を眺めていた。


「うん、とても綺麗な景色だから、目に焼き付けておきたくって。

 ねぇ、クーデルス。 この花、鉢に入れて育てる事はできないのかな? 鉢植えならば旅の間も一緒にいられるでしょ?」


 足元に生えている捩子花に目を移し、アモエナはそんな我侭を口にする。

 すると、クーデルスは悩むようにしばし沈黙し、ゆっくりと首を横に振った。


「おやめになったほうがいいでしょう」

「どうして?」


 てっきり良い返事が返ってくるとばかり思っていたアモエナは、信じられないと言わんばかりの顔になる。

 こと植物に限って、クーデルスに出来ない事はほとんど無いだろうに……なぜそんな事を言うのかと。


 すると、クーデルスは言葉を選びながらゆっくりと語りだした。


「捩子花はですね。 とても栽培が難しいのですよ」

「え、だってこんな場所で普通に咲いている花だよ? 私の故郷の村でもいっぱい咲いていたし」


 たしかに綺麗な花だが特に珍しいものでは無いし、農家にとっては雑草である。

 ほっといても生えるような花を育てるのに、何を難しいというのだろうか?

 そう言いたげなアモエナの表情に、クーデルスは思わず苦笑を漏らす。


「アモエナさんは蘭という植物をご存知ですか?

 貴族たちが温室で育てているような花なんですけどね。

 とても弱い植物でして、湿度と気温の高い限られた場所で無いと育たないので、温室を作ってその中で手をかけて育てないとすぐに枯れてしまうのです」


「そんな花あるんだ……」


 貧しい農村で育ったアモエナに、蘭を見るような機会があるはずも無い。

 可能性があるとすれば山に自生している春蘭や胡蝶蘭のような花であるが、それすらも数が少なく、山奥でも無い普通の村に住んでいる民衆の目に触れる機会はまずないだろう。


「実はね、捩子花はその蘭の仲間なんですよ。

 ところが、この植物は蘭の仲間でありながら、他の蘭とは魔逆の性質を持っていましてね。

 野生の草原では逞しく育つのですが、家の中で育てるとすぐに枯れてしまうのです」


「え? そうなの? ……家の中が嫌なのかな?」


「さぁ、それはよくわかりません。

 ですが、少なくともこの花にとって鉢植えと言う世界は地獄のような場所であるに違いないでしょう。

 この花は野にあるのが一番幸せなのですよ。

 ですから、鉢植えにしたいだなんて可哀想な事は言わないであげてください」


 クーデルスがそう言って諭すと、アモエナはその場にしゃがみこみ、悲しげな表情でその可憐な花に指先で触れた。


「そっか。 一緒に行くと不幸になるなら仕方が無いよね」

「わかってくださってありがとうございます。 アモエナさんは優しい子ですね」


 二人はしばらくそのまま無言で捩子花の広がる草原を眺め、やがて空が藍色に染まり始めると、どちらからともなく宿のほうへと帰っていった。


 そして食事が終わった後、クーデルスは見せたいものがあるといって他の面子を夜の闇が支配する外へと誘った。


「クーデルスさん、危険ではないですか?

 今日は新月ですから、足元がかなり暗いと思うのですが」

「こんな真っ暗な夜だからこそ楽しめる事があるのですよ」


 あまり乗り気ではないドルチェスに、クーデルスは笑いながらそんな答えを返す。


「まぁ、目的はアモエナさんを慰めるためですが、ドルチェスさんとカッファーナさんも演出の事で色々と悩んでいたみたいですからねぇ。

 私が昔作ったお芝居を見ていただこうと思いまして」


 その言葉に、ドルチェスは微妙に嫌な顔をした。

 先日、アモエナが一人演じる事を想定した台本と音楽が完成したのだが、その出来栄えについてはいまひとつ納得が出来ていないのである。


 その原因の一つにはアモエナの実力不足もあるのだが、そこをカバーするのが自分たちの仕事だと思っているだけに、ドルチェスの心境は複雑だ。

 おそらく、アモエナをカバーしきれない自分たちのふがいなさをクーデルスに責められているような気分になるのだろう。


「お芝居ですか。 クーデルスさんがわざわざ見せるというのならばそれなりのものでしょうけど……一人でやるんですか?」

 素直にクーデルスの申し出を受け入れる事ができず、言葉を濁すドルチェス。

 だが、そんな彼とは対照的に、カッファーナとアモエナはずいぶんと乗り気だった。


「ふふふ、なかなか面白そうですね」

「ねぇ、どんなお話なの?」

「まぁ、お話のほうはありきたりな代物ですよ。

 私に物語を書く才能はありません。

 むしろ見せたいのはその演出でしてね」


 そういわれると、ドルチェスも俄然興味がわいてくる。


「では、みなさん。 こちらへどうぞ」

 クーデルスはランタンを手にすると、夜の草原へと足を踏み出した。

 そして彼が皆を案内したのは、野営地のすぐ隣の広場。


 そこにはいつの間にか大きな木が二本はえていて、その間に一枚の大きな布が張られている。

 クーデルスはその布の後ろに回りこむと、魔法で明かりをつけた。


「さぁ、お話をしましょう。 昔々、あるところに一人の魔術師がおりました……」

 クーデルスが、その低い美声で物語を語り始めるたその時である。


 突然、布に見慣れぬ人の影が映りこんだ。

 いや、それは人の影では無い。 影でできた人の絵だ。

 おそらく光の前に精巧に作られた切り絵のようなものを置いてあるのだろう。


 そして、クーデルスの語る物語にあわせて、その影が動き始めた。


 とはいえ、別に人形が動くのは珍しくない。

 影絵遊びにしても、どこにでもある代物だ。

 だが、その二つを組み合わせてここまで洗練させたものは今までなかった。


 色ガラスの埋め込まれた影絵人形は、それだけで芸術品と呼べるほどに美しく、さらにクーデルスの落ち着いた語りにあわせて絶妙な動きを見せ、まるで生きているかのように物語を演じるのだ。


 その美しさ、その衝撃たるや、いかほどのものであろうか?

 観衆である三人は息をするのも忘れ、目の前の演劇に心を奪われる。


 なぜこんな美しいものを、自分はいままで知らなかったのか。

 なぜこんなすばらしい表現方法を、誰も使っていなかったのか。


 あぁ、今すぐこの新しい芸術を自分の芸に取り入れたい。

 この場にいる全員が、目の前の芸術を堪能しつつそんな事を考えていた。

 クリエイターとはそういう生き物である。


 やがてクーデルスが物語りを語り終えると、三人はようやく息をついた。

 そして、今だ冷めやらぬ興奮と創作への衝動によってガタガタと小さく震え始める。

 それほどにクーデルスの与えた衝撃は大きかったのだ。


「さて、みなさん。 どうでしたか?」

 そんな台詞と共に、白いスクリーンの向こうからクーデルスが顔を出したその時である。


「キシャアァァァァァァァァァァッ!! テメエ、ゲイジュツ、ヨコシヤガレェェェェ!!」

「あぁっ、ご無体なぁぁっ!!」

 興奮したカッファーナが妖怪化して襲い掛かり、そのまま今の影絵のネタを暴くべくスクリーンの向こうへとなだれ込んだ。

 そして、彼女がそこで見たものは……。


「キャアァァァァァァ! ナニコレエェェェェェ!!」

 そこには、色とりどりの細長い何かがウネウネとのたうちまわり、無数の触手が人形を操作していたのである。

 まさに夢にも出てこないような、悪夢を越えた悪夢とでも言うべき光景であった。


「ヒイィィィィィィィィ!!」

 さしものカッファーナも恐怖と混乱で気を失い、そのまま翌日まで寝込むこととなったのは……天罰と言うべきか、芸術家の末路と言うべきか。

 いずれにせよ、業が深い。


 なお、悲鳴を上げられたフラクタ君が拗ねて半日ほどクーデルスの呼びかけに応えなくなったのは余談である。

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