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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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42話

「今日はこのあたりで野営にしましょうか」

 街道から少し離れた森の中に目をやると、クーデルスはミロンちゃんに指示を出して馬車を止めた。

 すると、それを待っていたかのようにアモエナが馬車から転がり出てくる。


「ふぅ、やっと落ち着いて休憩できるぅー」

 大きくのびをするアモエナに、クーデルスは御者台の上から声をかける。


「馬車の揺れが気になりますか?」

「あー、まだちょっとね」

 あれだけ三半規管がよさそうなのに、どうやらアモエナは乗り物での移動が得意では無いらしい。

 その顔色は若干青い。

 少し乗り物酔いをしているようだ。


 そしてそんな二人の横から、ドルチェスが荷物を降ろしながら声をかけてきた。


「クーデルスさん、ここは野営に適した場所ではないのですが……」

「あ、一人で大丈夫です。 魔術で空き地とテント作りますから」

「作る?」


 それなりに見識の広いドルチェスではあるが、魔術でテントを作るという話は聞いたことが無い。

 おそらくは地の術式になるとは予想できたが、どのようなものになるかまでは思いつかなかった。


「支柱は?」

「不要です」


「テントを固定する(くさび)は?」

「いりません」


「ロープは?」

「無くても大丈夫です」


「それ、本当にテントなんですか?」

「うーん、そういわれると自信がありませんね」


 なんとも珍妙なやり取りである。


「あ、ドルチェスさんは初めて見るんだっけ」

「ええ、見た事はありませんよ、アモエナさん。

 クーデルスさんの奇妙な魔術は何度か見た事がありますが、それでどうやってテントを作るのかは存じ上げませんね」


 首を横にふりつつ、ドルチェスは好奇心を刺激されたのか懐からメモ用紙を取り出していた。

 思い返せば、パトルオンネからリンデルクまでは適度に村があったため、野営をする必要がなかったのである。


「まぁ、見ていてください。 すぐに終わります」

 すると、クーデルスはしゃがみこんでその土に指で触れた。


 次の瞬間、目の前の樹木が生き物のように道あけ、その先に大きな広場がうまれる。

 続いてその空き地の地面から蔓が生えて壁になり、気が付くと屋根まで出来あがってていた。


 大きさといい、外見といい、これはテントと言うよりはコテージ。

 いや、すでに一軒の家だ。 しかも、結構な大きさである。


 ドルチェスの手から、ポロリとメモ帳が落ちた。


「……なんというか、デタラメですね」

「いやぁ、褒めても何も出ませんよ?」


 褒めているというより、呆れているといったほうが正しいのはクーデルス以外の誰の目にも明らかである。


 誰もが沈黙したまま声が出ない。

 台詞とは裏腹に褒めてほしそうなクーデルスのカピカピになった前髪を、春の強い風がヒラヒラと揺らした。


「えっと……テント、出来上がりました」

 なんともコメントのやりようが無く、皆がしばらく黙っていると、クーデルスの肩が徐々に下がり始める。

 誰も褒めてくれないので、すこしいじけ始めているようだ。


「あ、あはは、すごいねクーデルス。 見るのは久しぶりだけど、今回もいい出来だとおもうよ!」

「そ、そうでしょう! ぜひ中も見てください、アモエナさん! 気合を入れて作りましたから!」


 アモエナが痛々しい空気に耐えかねて無理やり褒め言葉を口にすると、クーデルスは嬉しそうに握りこぶしを作る。

 ローブの裾がもぞもぞ動いているところを見ると、どうやらイヌのようにブンブンと尻尾を振っているようだ。


 魔王の威厳が台無し……いや、残念なことにそんなものは元から無かった。


「とりあえず、せっかくテント……いえ、家が出来たのですから、荷物を運び込みましょう。

 あー、中はこうなっているんですね」


 ようやく我に返ったドルチェスが中を覗き込むと、内部は蔓で出来た壁に仕切られ、5LDKでトイレつきになっている。

 それぞれの部屋にはネームプレートまでつけられており、なぜかミロンちゃんの部屋まで用意してあった。

 なお、一番広い部屋はドルチェスとカッファーナの相部屋なっている。


「防音性もバッチリなので、夜のお楽しみをしていただいても何も問題はありませんよ」

「無駄に気遣いが細かい……」

 しかも、中には樹木と蔦で出来たキングサイズのベッドまで用意されていた。

 どうやったらこんな事ができるのかと考えるとかすかに眩暈を覚えるのだが、ドルチェスはあえて追求することをしない。


 おそらく、ここまで手の内を見せてくれているという事は、それなりに信用してくれているということだろう。

 同時に、本当に信用できるかを何気なく試されているといっても良い。


 短い付き合いではあるが、ドルチェスはクーデルス特有の思考回路をほんの少しだけ理解していた。

 そしてクーデルスもまた、そんなドルチェスの聡明さを気に入っているのである。


「では、私はお風呂の準備をしてきますので、皆さんは食事の準備をお願いします」

「お風呂!? ここ、村の中どころか野営地ですらないんですが!?」


 クーデルスはそう告げると、ありえない単語を聞いて混乱しているドルチェスを他所に、嬉々として空き地の余った部分に蔓草の壁と屋根で周囲の視界を遮って中で何かの作業を始めた。


 気になったアモエナとカッファーナがそっと中をのぞきこむと、地面から人が三人ぐらいは入れそうな巨大なチューリップの花だけが、にょっきりと地面から生えている。

 どうやら、それが浴槽の代わりらしい。


「うふふ、きょうは天然温泉です。 温度が低いようなので加熱しなきゃいけませんねぇ。

 成分は……二酸化炭素泉ですか、珍しい! いやぁ、旅の疲れにはよく効きそうですねぇ」


 どうやらクーデルスがここに宿を決めたのは、地面からこの温泉の存在を嗅ぎ取ったかららしい。

 いったい馬車を動かしながらどうやって探り当てたのかは不明だが、おおかた魔術の類であろうとは予想される。


 そして、気が付くと、チューリップから湯気が上がり、花びらの隙間から小さな滝のようにお湯が滴り始めていた。

 どうやら、あの花の雌しべのあたりからお湯が沸いているようである。


 クーデルスがいそいそと服を脱ぎ始めたのを見てアモエナとカッファーナはそっと目をそらした。


「なんだか、デタラメね」

「大丈夫。 わりとすぐに慣れるから」

 ボソッと呟いたカッファーナの肩に手をやり、アモエナが光の無い目でそんな台詞を吐く。

 クーデルスと旅をするには、色々と慣れなければならない事があるのだ。

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