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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
揚羽蝶 : 乙女よ、我と来たりてその衣を脱ぎ捨てよ
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11話

 その頃、クーデルスの姿は街の外れにある廃墟の立ち並ぶ一角にあった。

 ここは数年前に大きな地震の被害にあい、そのまま廃棄されてしまった住宅街である。


 倒壊、あるいは半壊した家屋が当時の生々しい傷跡を残しており、気味悪がって地元の人間もほとんど近づかない場所だ。

 ここに用があるのは潜伏中の犯罪者や肝試しに来た若者ぐらいで、少なくともクーデルス以外に人の姿は見えない。


「さて、資料によればこのあたりで目撃報告があったようですね」

 封筒から出した資料をもう一度確認すると、クーデルスは大きくため息を吐いてからそれを鞄にしまいこんだ。


「とはいえ、私……探査系の魔術は苦手なんですよねぇ。

 そもそも、猫って見たこと無いですし」

 あまり知られていないことだが、魔族の社会に猫は存在しない。

 猫型の魔物や亜人は存在するのだが、あまりにもなじみが無さ過ぎて、クーデルスの頭の中ではそれらの姿と猫と言う単語が結びつかないのだ。


 考えても見てほしい。

 オオカミの写真を見せて、トイプードルを探してくれといわれて誰が仕事をこなせるだろうか?


「幸い、相手は死肉の匂いに敏感だと書いてありますね。

 ここはひとつ、匂いでおびき出す方向でいきますか」

 相告げると、クーデルスは地面に魔術の触媒となる魔法陣を描きつつ、術のイメージを練り始めた。


 実を言うと、花々の中には死肉の匂いを出すものは珍しくない。

 身近なところで言えば、コンニャク芋の花、そして巨大花として有名なラフレシアが恐ろしい異臭を放つことで知られている。

 これらの植物は肉の腐ったにおいでハエを招き寄せ、そして受粉を促すのだ。


「初めて作るタイプの花です。 ここは慎重に詠唱もいれますか」

 思い出すのは、初めて奴隷商館に来たときの、腐敗臭と瘴気の混じった地獄のような香り。

 おおよそ思い出したくない不幸の類だが、今となっては幸いである。


 作り出す花のイメージが固まったのか、クーデルスは大きく息を吸い、目を閉じて呪文の詠唱を始める。

 それは人間社会はおろか、魔術の最先端である魔帝国ですら埃をかぶった資料の中でしかお目にかかれない言葉に満ち溢れていた。


我は望む(ミ・デセーロ)は、

 冥府の(ボカリスタ ボスケ)肉林(リョ デル )に佇む(ムエルトス )歌姫。(エン インヘル) 

 咲き乱れよ(フロレシオン)腐れ落ちし(ラ フロル )死肉の妖花(エル カリョーナ)


 呪文の詠唱が終わるなり、クーデルスは風上に向かっていそいそと歩き始める。

 続いて、ゴゴッゴゴッと地面の中を何かが突き破りながら突き進むような音が響き渡った。


 そして、数秒後。

 ドカッと激しい音と共に、石畳を突き破って巨大な何かが姿を現す。

 その激しい振動で崩れかけの家屋がいくつも崩れ、人気の無い道路を砕けた屋根の破片が悲しげに転がって、ガラガラと音を奏でた。


 廃墟の街に突如として現れたのは、巨大な花。

 シルエットはまるで海を照らす灯台のように細長く、真っ赤な花弁は死人の血を思わせる暗い赤である。

 そしてその花弁を突き破って太くて立派な雌しべが姿を現した瞬間、周囲に凄まじい異臭が漂い始めた。


 一瞬、背後でグアッと男性の悲鳴のようなものが聞こえたが、ク-デルスはそちらをチラリと一瞥しただけであっさりと興味を失う。

 少なくとも、資料にあった猫の特徴にそのような声で鳴くとは記されていないからだ。


 そしてそのまま5分ほど待っただろうか?

 廃墟の森を掻き分けて、キチキチキチカチカチカチと何かを叩くような音が聞こえてくる。

 同時に石壁をこするような音が連続し、何か大きな生き物の気配が近づいてきた。


 ――来る!

 パラパラと砂利が落ちる音と共に、大きな影が石壁の上から姿を現した。


「これが……猫ですか」

 クーデルスは呟くと共に、ゴクリと唾を飲み込む。


 岩の陰から姿を覗かせたのは、体長7mはありそうな巨大な生き物であった。

 キチン質の黒光りするボディ、カニのような鋭い鉤爪と鋏、特に目を引くのは棘のついた長い尻尾。

 ……どう見ても、サソリである。


 これを猫だという奴がいたら、病院にいって医者に見てもらうべきレベルの代物だ。

 遠くで事態を見守っていた試験官が、異臭に悶絶しながらそれは猫じゃないと心の中で絶叫しているのは言うまでもない。


 しかも、この生き物はある程度は知能があるらしく、腐肉の匂いの源が植物であることを察してずいぶんと機嫌を損ねているように見えた。

 当然ながらこの巨大なサソリも生き物であれば腹は減るし、ここまできたのに手ぶらでは帰るなんて悲しすぎる。


 ――何か他に食べるものは無いか?

 食べ損ねた死肉の代わりにソレが目をつけたのは、目の前の中年男――クーデルスであった。

 至極当然の流れである。


「シャアァァァァァァァァ!!」

 ソレは勇ましく擦過音の雄たけびを上げると、その巨体からは全く想像できない身軽さで……跳んだ。

 その巨大な生き物は一瞬で距離をつめると、ズズンと音を立てて着地し、間髪をいれずその鋭い鋏をクーデルスの頭に振り下ろす。


「うわっとぉ! これがデススコーピオンと言う猫ですか! 人間社会の猫って、ずいぶんと大きいんですねぇ。

 これはがんばらないと!」

 転がるようにしてデススコーピオンの一撃を躱すと、クーデルスはそのまま距離をとって額に浮いた汗の球を手でぬぐった。


 かくして、人間社会に追放された異端の魔王と闘技場から逃げ出した殺人クリーチャーの戦いが幕をあけたのである。

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