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お花畑の魔王様  作者: 卯堂 成隆
捩花 : 人の子よ、その身に余る喜びよ
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プロローグ

 それは古びた酒場だった。


 扉が開き、黄昏の光と共に砂埃の混じった風が入り込む。


 客や店の主人がその源に目をやれば、そこにいたのは色あせた生成りの外套に身をつつんだ一人の旅人。

 彼は手にした大きな荷物から、蛇腹のついた箱のようなものを取り出すと、酒場の主人に告げた。


「1曲歌わせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ふん。 上がりの一割をおさめてもらうぞ。 好きなところで歌いな」


 酒場の主人の了承を得ると、その男……旅の吟遊詩人は部屋の隅に陣取り、客のいない椅子を一つ拝借すると、その椅子の上に足を置く。

 そして椅子の上においた足の膝を支えにして、その蛇腹のついた箱のような楽器を押し広げた。

 アコーディオン? 否、鍵盤の代わりに無数のボタンのついたその楽器の名を、バンドネオンと言う。


 演奏が困難であるがゆえに『悪魔の楽器』と呼ばれるそれは、アコーディオンよりも鮮烈な音を奏でるため、凛としたアルゼンチンタンゴのリズムを奏でるものとして人々から愛されし楽器だ。

 ただ、この世界においては実際に一人の悪魔が好んで演奏したために『悪魔の愛した楽器』とも呼ばれている。


 そして、この楽器を使う吟遊詩人は、そのほとんどが"とある楽曲"を得意としていた。

 おそらくこの吟遊詩人の奏でる曲も、おそらくはソレに違いない。

 酒場にいる人々は、ある者は期待とともに席を近づけ、またある者はその曲を耳にしたくないがために離れていった。

 なぜならば、その歌の最後にはあまりにも悲しい運命が待ち受けているからだ。


 そんなざわめきの中、吟遊詩人は張りのある声で群集に呼びかける。


「さて、酒場の皆様方。

 しばし耳を傾けてくださればこれ幸い。

 今宵歌う曲は、皆様も予想しているであろう、今では諺にもなるぐらい有名な話あの歌でございます」

 

 挨拶の言葉とともに彼の楽器が物悲しげなメロディーを一節かき鳴らすと、まるで潮が引く様に人々の声が静まる。

 そんな静寂の中、意外と男性的な、太くて長い指が滑らかに動き、伸びては縮む蛇腹が古い物語に息吹を吹き込みながら、音楽と言う幻想が吐き出される。


 そして吟遊詩人は、皆が予想していた通りの曲名を告げた。


「それは人を愛しすぎた悪魔と、不相応な夢を見た少女の物語。

 お聞きください。 ……捩花の見た夢」

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