俺の時間が迷子になった。
わが身におこった、ある事柄を複数の視点で表記してみたくて始めたものです。
初投稿です。
不具合はご勘弁を。
「それが最初に起こった時の事ですか?」
その男はボソボソと話し出した。
「あれ?」
夜の歩道でふと立ち止まった。
季節は夏。
今日はひどく蒸し暑かったがこの時間になれば過ごしやすくなる
ここは・・・
周囲を見回して納得する。
「そうだ。煙草が切れたから、コンビニに来たんだっけ。」
何やらボーっとしていたらしい。
最近残業続きで寝不足だからな。
煙草に火をつけて歩き出す。
「歩き煙草ってやめられないなぁ。」
アパートの部屋のドアを開けると熱気が押し寄せてきた。
この部屋は2階の角部屋で西日が差し込む。
真冬は助かるんだが。
真新しいパジャマの襟元をくつろげながらエアコンを入れた。
最初の異変だった。
初めての町だった。
仕事で来て駅前のビジネスホテルでシャワーを浴びて街に出た。
出張の楽しみは見知らぬ街での夜の時間だ。
「なんだか、最近の地方都市って、みんなどこか似てるよな。デジャブっていうか。」
よくある居酒屋でよくあるような肴を頼み妙になれなれしい大将おすすめの、
どこかで聞いたような地酒を飲んだ。
どうせ明日は休みなのだし、地方のスナックを覗いてみようと、いかにもよくあるような店を選んだ。
「いらっしゃいませ~。」
いるいる。こういう顔のスナックのママ。
「おひさしぶりねぇ。すぐ来てくれると思ってたのに~。」
なに言ってんだよ。初めて来たのに。
「えっ~?またまたぁ!えっ!そうだったっけ?
やだわぁあたしったら。いい男の顔は忘れないほうなんだけど?」
いやいやいや。そういうお決まりのセリフはいらないから。
3時間飲んでカラオケ歌いまくって帰りにママをいただいた。
「やっぱり来てたんじゃない。あんまり言い張るからあたしの勘違いかと思いこんじゃうとこだったわ。
ちょっと違ったけど、きょうのあんたも悪くなかったわ。」
だから勘違いでしょ。初めてだもん。あんたと寝たの。
でも身体が馴染む女っているんだなぁ。フェラもうまかったし。
変な男ね。こんなに白々しい嘘ついて。この町が初めてだなんて。何日もいたじゃない。
それになんか変。仕草や話し方もちょっと違う感じだし。
あの時はタバコも吸ってなかったのに。
あっちの方も今日の方がガツガツした感じで白けちゃった。
あの時はゆったりしてて「Theおとな」って感じだったのに。
でも、あそこは間違いなくおんなじだわ。
しっかり確認したもの。
後輩の結婚式の2次会で新郎に泣かれた。
「ほんっとーに感謝してます。こいつと結婚できたのも先輩のおかげっす。」
???なんで泣いてんのこいつ?
「あのとき飲みながら言っててくれたじゃないっすか?
今回のことは、お前だけのせいじゃない。あそこの係長と課長が折り合い悪くて
連絡がつながりにくいのをお前に知らせておけば良かったんだ。俺の事前情報が不足してたって。
で、あした一緒に謝りに行こうって。おかげで首にならずにすんだっすよ。
こいつが妊娠してるからってうちの社長にも頭下げてくれて。」
そんな立派な先輩は俺じゃないぞ。いや奥さんまで涙ぐまないで!
でも、感謝されてるみたいだし良いかべつに。
この人はホントにスゲー恩人だ。
いつもはよく打ち合わせの内容を忘れたり、勝手にお客と話しを決めてきちゃったりするけど。
たいていは「あっ?そうだったっけ?」なんて言いながら手帳見たり、
「言ってなかったっけ?」なんてごまかしてるけど。
でも時々だけど、本当にやり手で情に厚い人なんだって気付かされる。
あの時だって、俺がこの人とビクビクしながら謝りに行ったら、ちゃんと先方にも話が通ってて
「昨日も飛んできてくれたのに、今日は二人で来てくれたのかい?」
なんて先方の社長が「昨日もらったやつだけど」って高級そうなお茶菓子だしてくれたり。
本人はああいうとき、いっつもボーっとした顔してんだよな。
ああいうのって照れ隠しなのかな?なんか意識飛んでるようにも見えたけど。
風邪をひいて寝込んでたら夢を見た。
俺は汽車に乗ってるんだ。
マフラーを巻いた女子高生、大きな背負子にもたれかかる行商のおばあちゃん。
窓の外は吹雪で真っ白。
電車じゃなくてディーゼルカーの一両編成なんだ。
机の中からJR北海道の切符が出てきた。
変なおじさんだった。いつもの一番電車(汽車だけど)にひとりで乗ってきた。
なんだか妙にゆっくり動いてる感じで、みんな寒くて厚着してるのに
TVでニュース読んでる人みたいにスーツ姿だった。
無表情っていうのか静かな雰囲気で車内を見回してたけど、途中の無人駅で降りて行っちゃった。
「あのひと、あんな薄着でこんなとこで降りて。誰か迎えに来てたのかねぇ?」
前田のおばあちゃんが首をかしげてた。
砂丘の写真の絵葉書が届いた。
「先日は車内で大変お世話になりました。病院まで付き添ってくださって本当に感謝しております。
妻も無事に手術が終わり、近々退院できそうです。また当地にお越しの節は是非ご連絡ください。
妻も直接御礼をと申しております。」
鳥取?誰だろこの人?人違いにしては住所も名前もあってるしなぁ?
自分一人ではどうにもならなかっただろう。妻がいきなり腹痛を訴えた時おろおろするばかりだった。
妻の実家に帰省する高速バスの中で、急に苦しみだした妻の手を握り締めるばかりの自分に声をかけてくれた、あの人が居なければ。冷静に妻の具合を観察すると運転手と何事か話していたあの人は、「次のパーキングに救急車が来ます。お一人で大丈夫ですか?」と気遣ってくれた。落ち着いた、のんびりとしたような声だった。結局病院まで付き添ってもらい要領を得ない夫(自分の事だ)の代わりに状態の説明や入院の手続き、親戚への連絡まで済ませて、あの人は消えた。バス会社に問い合わせて、運転手に事情を確認してもらい教えてくれるまで、あの人の名前も住所もわからなかった。あの人にお礼が言えるだろうか?なにか訳があって名乗らなかったのでなければ良いのだが。
「先日、相談した医者も驚いていましたよ。非常に珍しいケースだと。
ああ、こいつは昔からの馴染みで信頼できる男です。
できれば直接話を聞きたいと言っていましたな。」
この数週間の調査結果が表示されているモニターから顔をあげて依頼人の方に向き直った。
最初に来た時とは別人のようだ。最初の時はどこか困ったような気弱そうな顔つきだったのだが。
今日は、すでに結果のわかった末期ガンの告知を受けに来た患者のようだ。気のせいだろうか?
「結論から言えばあなたは二人いるんですよ。
もともとのあなたのほかに、ときどきあなたの身体を借りて活動しているんですな、その男が。
そいつは、いつもパンツ一枚で寝ているあなたと違いパジャマを着て寝る。
煙草を吸わない。細かく手帳に記録を取り、冷静で穏やかだ。無感動と言ってもよい。
時には自分の行きたいところへ出かけていき、知らない店で飲み食いする。
なにやら医者のような知識もあるらしい。
もしかしたら、違う場所に住まいや家族があるかもしれませんな?
病気と言えば、ある種の認知症かもしれません。夢遊病というか二重人格というか。
とにかくおもしろい症例だそうで、学会で議論したいと言ってましたな、そいつは。」
うつむき加減だった男が顔をあげてこちらを見た。
「そうですか。私は濫読の所為でいささか想像力が豊かすぎたようですね。
自分の身体に起きているこの異変が、何かの超常現象ではないかと疑っていたのですよ。
とりあえず、ただの病気なら安心しました。」
「超常現象って、転移とか、タイムジャンプとか?」
「そうそう、憑依現象とか多元世界とか。」
「怪奇大作戦やウルトラセブンみたいな?」
「いささか古いが、まさにそれです。」
ふたりして大笑いした。
やがて男が尋ねてきた。
「で、どちらのわたしが本当の私なんでしょうかね?」
おかしな話にお付き合いくださった皆さま、ありがとうございました。