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キメラさんは穏やかに暮らしたい  作者: くろごけぐも
7/11

ネロ先生と不愉快な仲間たち

 「というわけで、これからみんなと一緒に学ぶナツメだ。仲良くしてあげてほしい」


 黒板の前に立たされた俺を、ネロが紹介する。眼前には20人ほどの子供たちが席に座っている。

 席といってもいくつかの木製の長机と椅子だけであり、壁や天井はない。青空教室という感じだ。


 「席は、セレスティアの隣が空いてるな。そこに座ってくれ」


 そういって燃えるような赤い短髪の少女の横を指定される。

 少女―セレスティ―は軽く手を振って合図をしてくる。立ってるだけじゃ仕方ないので、おとなしく指示された通りに席に座ることにする。


 「よろしくね、ナツメ。私はセレスティア・エナメル。セレスでいいわ」


 そういって人懐っこく挨拶してくる。とぐろを巻いた下半身の尻尾を景気よくビタンビタンとはねさせている。どうやら彼女は半蛇人(ラミア)という種族らしい。 


 「よろしく、セレス。ナツメ・ユウヅキだ」


 挨拶を返し、軽く姿を観察する。上半身が人間。下半身が蛇。人間部分は幼さが消えかかってるあたり、14,5歳あたりか。蛇の身体のせいで椅子に座れず、とぐろを巻いて座っている。疲れないのだろうか。

 ふいに視線が合う。呆気にとられた表情をしているが、何か顔についてるのだろうか。


 「へぇ、ナツメは見た目はヒトの女性なのに中身は男なのね。話には聞いてたけどなんとも…」


 どうやら見た目や声と口調の差に呆気にとられたらしい。俺でもいまだに慣れないのだ。初対面では仕方ないかもしれない。


 「こう見えて前世持ちなんでな。悪いが我慢してくれ」


 ため息をつきながらそう答えて、黒板のほうを向く。なんで学生のまねごとをやっているのか。それは昨日のネロとのやり取りが原因である。


 ―まもなく日が沈もうかというころ。森の中をさまよいながらようやく戻ってきた俺は、汚れた姿を整える前にネロに一連の流れを相談した。その結果がこの返答である。


 「話を聞いただけだから断言はできないが、そういったことは大概は経験不足が原因だからね。地道に制御を覚えていくのが一番だと思うよ」


 そう答えながら、机に向かって何かを記入している。事務仕事中なのだろう。


 「いっそ全力で暴れてみて限界値を知ることで制御を学ぶ方法もあるけど、私も予想は付かないからね。最悪ここら一帯が消し飛ぶ可能性もあるんだ。それを考えるとやはりこつこつと制御を学んでいってほしいかな」


 ここら辺一帯とは、樹海を切り開いて作り上げたこの集落のことだ。

 植え付けられた知識によれば、ここは元は『深淵の樹海』と呼ばれる大陸最大の樹海であった。

 地理的にはいくつかの大国の国境上に位置しており、生態的には無数の魔獣や幻獣、危険な植物やアンデッドが跋扈してる、大陸有数の危険地帯の一つとされている場所である。

 俺に襲い掛かってきたオオトカゲ(ジャイアントリザード)も、比較的浅い位置に生息しているとはいえ一般人には手出しできない危険な生物であり、奥地に進めばそれこそ町や村を軽く滅ぼせるような怪物が住んでいる。そんな場所を、ネロを中心とした亜人たちが僅かに切り開きこの集落を作り上げたのだ。

 この集落が消し飛べば、そんな樹海の中に飲まれる。生き残れるものもいるだろうが、大半の死は予想がつく。

 

 「そもそも、なんでこんな樹海に集落なんて作ったんだ?」


 ある程度予想は付くが、直接聞いてみる。


 「それはもちろん、生き残るためだよ」


 そう答えて数巡、笑みを浮かべて再び口を開く。


 「せっかくだ。ナツメもしばらく授業を受けるといい。明日から参加してもらおう」


 「羊皮紙と筆記用具を用意しなければ」と言いながら足早に去っていく。拒否権はない様だ。


 ―そんな昨日のやり取りを思い出しつつ、羊皮紙を取り出す。筆記用具はなぜか羽ペンではなくボールペンだ。


 「それでは本日の授業を始める。本日はこの集落の歴史についてだ。クリムト、この集落の目的はなんだ?」


 ネロが問いかけると、一人の男子生徒が立ち上がる。彼がクリムトらしい。

 2m近い巨体に馬面の姿。昨日声をかけてきた男のようだ。生徒ということはまだ若いのだろう。てっきりおっさんかと思ってた。ちなみに、ジャージのような服を着ている。


 「はい。私たちが外敵から身を守るため、この集落は生まれました」


 恐ろしくハイトーンな声で答えた。いや、聞き取りやすいんだけどギャップがすごい。


 「では続けて、この場合の外敵とは何か答えてくれ」


 「外敵とは、深淵の樹海に住む魔獣などの野生動物です」


 声の高さに面食らったが、真剣に聞き直す。ここまでは昨日話していた内容だ。


 「よろしい。復習は出来ているようだね。ここ、深淵の樹海には魔物が住んでいる。強力な個体はとある仕掛けによって村に近寄らないが、弱い個体であれば入り込むこともあるんだ。弱い個体といっても魔物だ。普通の大人ぐらいならば簡単に餌食になる。だから私たちは寄せ合って暮らし生き延びているわけだ」


 カリカリと、黒板に書き込んでいく。


 「では、なぜこのような魔物の住処を切り開き集落を造らなければならなかったのか。ローザリア、わかるかい?」


 指名された女子が、待ってましたとばかりに立ち上がる。赤と黒を基調とした豪勢なドレスを着た少女だ。大きなリボンを付けたミディアムヘアーの銀髪が眩しい。年齢はセレスと同じぐらいか。


 「お答えしましょう。我々亜人種を排斥した人族たちから逃れるためですわ」


 胸に手を当て、大仰に答える。口元から見えた八重歯。病的に白い肌。たしか吸血種はほとんど人種と同じ見た目だったはずだ。


 「その通り。より厳密にいえば、フランジュ教国やベルガシア帝国など、一部の人種至上主義国家による亜人種の排斥から逃れるためだね。一般的に亜人狩りと呼ばれるこれから逃れるために君たちの祖先は深淵の樹海に逃げ込んだ。そして、生き残るために徒党を組み、集落を造った。これが成り立ちだ」


 ふんす、と胸を張りローザリアが席に座る。正直この手のスカートは皴になりやすそうだがどうなのだろう。


 「ここで誤解してほしくないのが、すべての国家が亜人種を否定しているわけではない。ということだ。亜人種も人種も関係なく暮らしている国家も当然あるし、亜人種が主導権を持っている国家も存在する。魔王国のいくつかは人種と完全に敵対しているところもあるしね。ただ、全体的には亜人種は人種の下に扱われている。では、実際に一体誰が亜人種を排斥しているのか。メナス、答えてみてくれ」


 質問の意図が見えない。国家による排斥ではないのか。

 それに同調するように、包帯を顔に巻き付けた少年が立ち上がった。彼がメナスか。


 「フランジュ教国やベルガシア帝国では、ないのですか?」


 ネロが苦笑する。


 「ああ、その通りだ。今のは質問の仕方が悪かったね。亜人種を排斥している種族について答えてほしい」


 なるほど。つまり、排斥は国家によって起こるのではなく種族の軋轢で発生するという事か。その結果、排他種族が集まりフランジュ教国やベルガシア帝国といった国家となり、他種族を排斥する。そういった流れを説明したかったようだ。ならば、答えるべきは人種に属する3種族だ。


 「では、ヒューマン、エルフ、ドワーフの人族3種です」


 その回答に満足そうにうなずき、


 「違うんだ。あいつらは亜人種にほとんど興味も持ってない。完全に独立している」


 否と答えた。


 「答えは非徒(ヒト)と呼ばれる種族だ。この種族、おそらくはみんな聞いたことがないだろう。だから私が説明するが、準人種と呼ばれる人種のなりかけだ」


 『非徒』と黒板に大きく書き込む。


 「この種族は成長し一定の条件を満たせば人種3種のいずれかに変化する。蝶と芋虫の関係だ。そして、あらゆる種族と交配し、()()()()()を生むことができる。決してハーフにはならない。非徒は非徒同士の交配でしか生まれない」


 だから、他の種族に対して排他的になるのか。

 他の種族を受け入れれば受け入れるほど、自らの種族は滅んでいく。ゆえに、自分たちと上位種族である人種以外を排斥するのだ。


 「そして、現在最も勢力分布が多い種族でもある。すべての人口の凡そ半数が非徒だといわれている。あらゆる種族を生み出すゆえに非徒(ただびとにあらず)


 そういって、大きく書き込んだ非徒にルビを振る。自らを優越種と称す種族。なんだか不快だ。


 「そして、フランジュ教国やベルガシア帝国などの国王も非徒だ。というよりも、大半の国家の王は非徒だね。ただ、もう一度言うけど全ての国家が亜人を否定しているわけではないんだ。非徒が国王の国であっても亜人を受け入れ共存している国は存在する。だが、率先して亜人を排斥しているのも非徒だったりする。だから、私は全てをひとまとめに見てほしくない。君たちを排斥した彼らと同類になってほしくないからね」


 そうまとめて、教室を見回す。何とも言えない沈黙が生まれる。

 何人かは悔しそうに歯がみしているあたり、何かしら恨みを持った生徒も混ざっているようだ。釘を刺していなければ恨みの連鎖が繋がっていたことだろう。これで断ち切れたとは言えないが、あとは本人たちの問題だし関わらないでおこう。

 そんなことを考えていたせいで、次の言葉に反応が遅れた。


 「さて、堅苦しい話や重い話はここまでにして、残り時間はナツメに対する質問時間にする。好きにもみくちゃにしてあげるといいよ」


 一瞬思考が停止する。え、急に振られても困る。

 慌てて逃げ出そうと席を立とうとして、足が動かなかった。


 「どこにいくのかな、ナツメ?」


 視線を下に動かすと、足が縛られていた。

 より正確に言えば、蛇に縛られていた。


 「昨日みたいに逃がさないよ?」


 そういいながら、俺をとらえたセレスが邪悪な笑みを浮かべる。


 「い、いや、俺はこれから身体を動かしたくて―」


 「なら私たちも付き合うわ。クリムトなんて昨日声をかけようとして逃げられたって泣いてたし」


 そういいながらも、締め付けをさらに強めてくる。あと繊細だな!馬男!


 「わたくしもお付き合いしますわ。キメラのかたは初めて知り合いましたし」


 ローザリアも興味深そうに加わる。

 音もなく近づいたので、セレスも一瞬驚いて拘束が緩んだ。チャンス。


 「油断大敵だよ、セレス」


 抜け出そうと身体に軽く力を入れた瞬間、全身を包帯で締め付けられた。ただ、残念ながらこれぐらいは千切れるのだ。


 「! セレス!」


 「嘘、待って!!」


 ブチブチと千切れる包帯に驚きつつもセレスが再び締め付ける。

 流石に知り合ったばかりの少女ごと引きちぎるわけにもいかず力を抜く。加減ができれば脱出できるのだが、失敗したら大惨事である。


 「あ、焦った…メナスの包帯を千切るとかどんな馬鹿力なのよ…」


 「一応僕の包帯はビッグベアーの動きも止めれるんだけど…」


 ビッグベアーがどれだけ強いかは知らないが、熊の動きを止めれると考えれば相当に頑丈なんだろう。たかが訪台と甘く見ちゃいけないな。

 まあ、取り押さえられたしおとなしく降参しますか。逃げてもいいんだが、変に止めに来られて怪我させるのも嫌だし。説明してほどいてもらおう。


 「ひとまず、もう逃げないからほどいてくれ。自分でほどくと加減できず引きちぎりそうなんだ」


 あ、顔が青くなって、漏らした。

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