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キメラさんは穏やかに暮らしたい  作者: くろごけぐも
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スローライフ・クイックムーブ

 「……うわあ」

 

 思わず呟く。

 今俺の周囲には無残に薙ぎ倒された樹木と、所々潰れた爬虫類が無数に存在している。

 事の起こりは数時間前に遡る。

 一日の自由時間を貰った俺は、とりあえず新しい身体がどれだけ動けるかを確認することにした。

 まさかそれが惨状を生み出すことになるとは思ってもいなかった。


 ネロに紹介され、住民との顔合わせを終えた俺は、迫りくる変態どもの手から逃れるために森の中へと飛び込んだ。

 いや、仕方ないでしょ。この身体はいくら美少女とは言え9-10歳程度。そんな相手に欲情し求婚してくる相手から逃げ出すのは、現代日本で育った身なら当然だ。

 そもそも月のものすらまだであろう相手に、2メートルを超える馬頭のがっしりとした獣人が迫るとは、倫理以前に物理的に無茶であろう。入るわけないだろ。裂けるわ。

 そんなわけで、とりあえず逃げ出したわけだが、ある程度落ち着いたところであることに気付く。

 ―ものすごく、スピードが出ている。

 少し先に小川が見えたと思ったら、次の瞬間にはたどり着いていた。慌てて速度を落とそうとしたが、間に合わず突っ込みそうになった。破れかぶれで地面を蹴ったら、全身が謎の浮遊感に襲われ宙を舞った。

 数秒の浮遊感とともに、ゆっくりと身体に重力の負荷が戻る。やがて両足が地面に触れる。川のせせらぎがはるか後方から聞こえる。

 振り返ってみれば、20メートルほど先に小川が見える。途中でブレーキをかけてもこの飛距離である。少なくとも元のいた世界でのアスリートなど歯牙にもかけない能力だ。

 しばし呆然とした。何の訓練も受けていない、ただの少女ができる動きではない。それでも、実際にやってのけたのだ。ネロの言っていた言葉が頭をめぐる。可能だと思ったことは出来る。ならば、いったいどれだけの身体能力をこの身体は引き出せるのか。そう考え足元の石を掴んだ。

 石の大きさは直径7センチ程度。それを、全力で振りかぶって近くの木へ投げつける。

 グギョォォオオオオオ!と耳を引き裂く音とともに石が飛んでいく。弾丸のように目標の木にぶつかり、そのまま幹をえぐり取り遠くへと消えていった。

 数瞬、重心が狂った木はメキメキと音を立てながら倒れる。

 うん。しっかりこの身体を理解しよう。間違いなく生物兵器だ。

 そんなわけで、自己流の身体測定を開始したのだ。


 2時間ほどして一通り身体能力は確認し終わった。

 跳躍。飛距離不明。全力で跳んだ結果、前方の木に体当たりして薙ぎ倒した。そもそも、飛距離を図る手段をもってないことに気付く。高さは木の天辺に一足で飛び乗れた。まだ余力はありそう。だが落下が怖いのでこれぐらい留めておく。

 速度。不明。森の中では全速力になる前に木にぶつかる。ぶつかった木は漏れなく薙ぎ倒された。

 力。握った小石が砂になる。川辺の岩を蹴ったら砕けて飛んで行った。足踏みしたら何匹か魚が浮いてきた。環境破壊がひどいので検証中止。

 反復横跳び。地面が段々と削れて沈んでいった。足場が崩れたので中止。

 柔軟。身体も手も、地面にペタリとつく。全力でそったら高等部がかかとについた。そもそも骨がなかった。全身の骨がなかった。一体何で身体を支えてるのだろう。外骨格なのだろうか。

 持久力。駆け足で一時間ほど走って、汗の一滴も流れなかったので途中で切り上げた。


 結論。化け物である。生物兵器級だと評したが、全力を出し切れてなくてこのありさまだ。ならばそれすら超えてる可能性がある。少なくとも犠牲になった大量の樹木からすれば環境破壊兵器だと扱われても仕方ない。

 「これは、本格的に制御を覚えないと不味いな」

 誰に聞かせることもなく、ひとり呟く。持久走のおかげで駆け足程度ならば走る制御は効くようになった。全力を出すのに慣れれば、段々と制御できるようになるだろう。

 問題は、制御を覚えるまでにどれだけ周囲を破壊するかだ。そんなことを考えていると、背後から軽い衝撃を受けた。

 

 「なんだ!?」


 振り向けば、3mほどのトカゲが地面に倒れていた。どうやらこいつが体当たりしたらしい。

 さらに周囲を見渡せば、同じようなトカゲが5匹ほど、こちらを取り囲んでいる。

 倒れていたトカゲはすぐに体勢を整え、鋭い牙をこちらに向けてきた。

 完全に、獲物として狙われている。

 そう感じるのと、足元のトカゲが飛び掛かってきたのは同時だった。

 とっさに手で払いのける。外見以上に敏捷だったトカゲは、それでもメキョリと鈍い音を立てて吹き飛んだ。

 くの字に身体を曲げ吹き飛んだトカゲは、地面を何度も跳ねたのち身体を痙攣させ動かなくなった。

 てのひらに冷たく鈍い感触が残る。重さはそこまで感じなかった。高質化した鱗の感触はしたが、あくまで固いなと思う程度だった。

 トカゲが跳ねた地面には点々と血の跡が残る。砕けた鱗もいくつか飛び散っている。重症ないし致命傷であろうことは一目瞭然だった。

 この光景を見たほかのトカゲが一瞬躊躇したのち、一斉に飛び掛かってきた。

 すでに一度見ているからだろうか、動きがすごくゆっくりに見える。せっかくなので、可能な限り迎撃することにする。

 先ほどは反射的な動きだったので意識できていなかった。今度は明確に、自分の意志で殴る。蹴る。

 首を狙ってきた1匹目は、頬をこぶしで撃ち抜かれ、頭部だけ吹き飛んだ。

 胴を狙ってきた2匹目は、空いた手で首を掴んで3匹目に投げつける。巻き込まれた3匹目とともに木に叩きつけられ身体がつぶれる。

 足元を狙ってきた4匹目と5匹目は、ローキック気味に払いのける。2匹まとめて吹き飛んだ。

 最後の2匹は森の中へ消えていったので生死不明だが、ここまでやられて再度来るとは考えにくい。それにしても、巨大トカゲなんて徘徊しているあたり、この世界は相当に危険なようだ。

 そういえば、最初の1匹が体当たりしてきても、軽い衝撃程度しか感じなかったな。そんなことを考えながら周囲を見渡す。薙ぎ倒された木々と潰れたトカゲの死体。思わず呟く。


 「……うわあ」


 そして、冒頭へと戻る。

 本来は巨大トカゲなんて、元の世界では大人の男でも食われる存在だ。それを軽く迎撃してのけたのだ。計測と実践の両面から、どれくらい規格外かを体験してしまった。


 「とりあえずネロに相談してみるか」


 目下最大の課題は制御を覚えることだ。制御不能で触れるものすべて傷つけるなんて昔の歌謡曲状態は御免である。何よりも、いつ日常生活に支障が出るかわからない。

 そんなことを一人で決意しながら歩き始め


 「帰り道は…どっちだ」


 数時間かけて森をさまよった。

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