魔境へようこそ
「この娘が今日からあたらしく加わるナツメだ。転生者だから当面は基礎授業に出てもらう」
ネロが俺を紹介する。集まった人数は100人近い。
服を着てから、今集めるから少し待っていろと言われたが、ここまで人数が集まるとは思っていなかった。
ちなみに、渡された服は白のワンピースだった。下着はつけていない。
「紹介してもらった夕月棗―ナツメ・ユウヅキです。元の性別は男。最初は色々教えてもらうことがあると思います。よろしくお願いします」
無難な挨拶だけして、集まった人たちを見渡す。そのほとんどが、異形―亜人種と呼ばれる存在だった。
植え付けられた基礎知識によれば、厳密には亜人とう種族は存在しない。あくまで『人種』以外の人型の通称らしい。
亜人種は、ゴブリンやグレムリン、オーク、オーガといった存在や、吸血鬼や翼人といった一見してほとんど人間と変わらない存在、特定の獣が人の姿へと進化した獣人や、それらと人種のハーフである混血種も亜人種として扱われる。
逆に『人種』として扱われるのはヒューマン、エルフ、ドワーフの三種族だけである。
ヒューマンは文字通り『人間』だ。エルフ、ドワーフについては名前だけで詳しい知識はない。ファンタジーでよく出てくる存在と同一ならば、エルフは長耳で長寿。美形が多い。ドワーフは樽体系で小柄。力が強い。といったものだろうか。
いったい三種族がこの世界でどれだけの分布を誇ってるかは知らないが、明らかな区別をしている威容は種族格差が存在しているとみて間違いないだろう。混血すら亜人扱いしてることから、差別は根強そうだ。
そんな推定排斥対象である亜人が沢山いる。そう考えると、ここはそういった隠れ里の類なんだろうか。
そんなことを考えながら漫然と人々を眺めていると
「ナツメは外見こそヒューマンだが、キメラだ。仲良くしてやってくれ」
さらりととんでもないことを告げられた気がする。
「おい、ネロ。俺がキメラってどういうことだ?そもそもキメラってなんだ?どういうことだ?」
「自然発生する複数種族が混ぜ合わさった単一の獣を混合獣といい、人為的に複数の種族特性や生物の細胞を合成させ生み出されたものを合成獣というんだ。ちなみに間違いやすいのは人造精霊だな。こちらは錬金術により作りだした肉体に自然エネルギーを宿して作り出す人工生命体だ。前二つはあくまで独立した生命体であるのに対して人造精霊はあくまで大きなエネルギーを一部切り出しただけの存在だ。肉体を失えば再びエネルギーに還元される。転生はしない」
うん。その説明はいらなかった。いや、その説明を信じるなら俺の身体はなんかよくわからない生き物の細胞とかが埋め込まれているんだな?
「ちなみにその肉体は、いつか私の肉体が朽ちた時のための新しい肉体として作り上げてきたものだ。絶滅種や霊体種も含めて手に入る限りのあらゆる種族の細胞を組み合わせて調律し作り上げた最高傑作だよ」
一番苦労したのはその愛らしい姿だ。と胸を張って語られた。
そうか。つまりよくわからない機能がこの身体はてんこ盛りなんだな。翼とか尻尾とか生やせるのかな。
「で、この身体は何ができるんだ?」
説明書聞いてみる。検証して調べてもいいのだが、せっかく作成者がいるのなら基本性能ぐらいは教えてもらいたい。そんな願いを込めて質問する。
「私が知りたいな」
「……は?」
いった何を言ってるんだ。
「この身体を造ったのはあんただろ。なら、どんな細胞を埋め込んだとかで何ができるか予想ぐらいはできるだろう」
「あぁ、そういった意味か。ならば言ってしまおう。『ほぼ全て可能だ』」
「!?」
「厳密に言えば、『自身が可能だと認識できたならば可能』だ。そういう基本機能を持たせて作り上げたんだ。脚力を強化し疾走する。翼をはやして空を飛ぶ。眼球を増やし死角を消す。竜の口を再現し炎を吐き出す。そもそも、人間の形を基本としているが中身は幾多の遺伝子や魂が溶け合って同化した混沌の肉塊だよ。全身が脳であり心臓であり内臓であり皮膚だ。取り込んだものは自身の一部として貯蔵される。排出すら必要とせず完全にだ。それらを材料に想像し創造し操作しきれば文字通り不可能不可能などない。そのための遺伝子はすでに組み込まれている。あとは|基本機能に君の技術が追い付くかだ。だからこそ、私はその身体をもって何ができるか知りたい!」
子供のように目を輝かせ、矢継ぎ早に語る。うすうす感じていたが、どうやらネロは狂気科学者のようだ。
「ちなみに望めば交配による妊娠出産も可能だよ。そのための器官が作りにくければ胎生から卵生に切り替えることもできるよ。やったね!」
そういってサムズアップしてくる。俺は中身は男です。
「そういうわけだ!皆の衆!遠慮なく口説いていいぞ!絶滅危惧種の子たちはチャンスだ!私的には乙女同士の絡み合いも嫌いじゃないからね!そこらへんもがんばれ!自由恋愛だ!」
その掛け声とともに無数の歓声が上がる。ひどい状況だ。おい、そこの牛頭。うるさい。
「さて、自己紹介も終わったし今日は自由に過ごしてもらおうか。仕事の手伝いもよし。実際に身体を動かして検証するもよし。交流を深めるもよし。交配するもよし。ただし爛れ過ぎないようにね」
「誰かこの人を止めてください!」
魂からの叫びは、周囲の雄たけびにかき消された。