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キメラさんは穏やかに暮らしたい  作者: くろごけぐも
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黒姫先生の異世界講座

 「さて、自分の姿も確認できたところで詳しく説明していこう。推測による仮説も用いるが、まぁ初めての事例だからね。見逃してほしい」


 黒姫さんの声に意識を取り戻す。

 自分の姿が、自分の理想像をさらに超えた美少女に代わっていた衝撃で意識が飛んでいたようだ。

 そして、残念ながらこれは現実のようだ。できれば夢であってほしかった。鏡に映った苦笑いすら、世の男を魅了しつくしそうなこの少女がよりにもよって俺…。しかも全裸…。

 

 「といっても、状況自体はすごく簡単だ。私が作り上げた『新しい身体』に、『ナツメの魂』が乗り移ってしまった。これが今の状況だ」


 思考が追い付かない。思わずきょとんとした表情を取ってしまう。姿見にうつったそれが可愛らしくて一瞬見惚れて自己嫌悪に陥ってしまう。俺はナルシストじゃないはずなのに…


 「ナツメが元居た世界で死亡―まぁ、仮死かもしれないが死んだとみなしていいだろう―して、魂がこちらの世界にたどり着く。そこに偶然にも魂が入っていない私の新しい身体が存在した。『肉体のない魂』と『魂のない肉体』が引きあって融合。それが今のナツメの状況だよ」


 理屈としてはお互いが足りないものを求めあった結果、こんな姿になった。でいいのか問いかけると、「なかなか理解力は高いね」とお褒めの言葉をもらった。黒姫さんも美人なので褒められると地味にうれしい。


 「それでもいくつか聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 そう問いかけると、黒姫さんは「いいよ」と軽く承諾してくれた。


 「まず、魂とかそう簡単に異世界に来るものなのか? まぁ、来たものは仕方ないが、しっかりと記憶も残ってるし、普通は消えたりしないのか?まずはそれが疑問だな」


 輪廻転生なんて信じていなかったが、こうやって似たようなことを体験した以上は信じる気にはなれる。だが、それだと問題点が出るのだ。魂に記憶が残ってしまったら、生まれ変わった新しい命は知識を引き継ぎできてしまう。生まれた時から母国語を理解したり、習ってない歴史をこたえられたりする赤ん坊が生まれるのだ。しかし、現実にはそんな例は存在しない。たまに噂話として出るが、信ぴょう性はいったいどれほどのものか。


 「まぁ、チキュウは魂の概念はあるけど認識できてないから疑問に思うよね。答えてしまえば、世界の壁は難しくも簡単に超えられるし、魂の強度によっては記憶は受け継がれる。少し詳しく説明しよう」


 そういって、黒姫さんが指を鳴らすと、手の中には笊が握られていた。


 「この笊を世界の壁だとすると、人間とかはこの水風船だね」


 そういって取り出した水風船を笊の上に落とす。軽くポヨンとはねて、水風船は笊の上で止まった。


 「で、中身の水が君たちの魂。つまり、肉体から取り出されてしまえば―」


 言いながら水風船に穴をあける。破裂した水風船は中に入った水を笊の上にこぼし、笊はその水をほぼ素通りさせて床に落とした。


 「―このように簡単にすり抜けることができる。世界の壁というのは、認識できない笊や網戸のような存在だよ。場所によってはスカスカ。たまに隙間が広がったりして大き目のものが出入りしたりするし」


 スカスカといったが、実際は魂以外を通さない装置なのだろう。隙間が広がるのは何かしらの事故が原因か、はたまた干渉できる要因があるのか。


 「で、記憶っていうのは魂に染み付いた『色』みたいなものだよ。ろ過の実験とかやったことあるよね?キメの細かい布や敷き詰めた砂利とかを使って泥水を真水に近づけたりとかする実験」


 そういわれて思い出すのは小学校の理科だった。ろ紙と漏斗を使って色水を脱色する実験だ。


 「世界の壁をすり抜ける際に、隙間が小さいところを抜けようとすると色が抜けるように記憶が抜ける。逆に隙間が大きい場所を抜ければ記憶はほとんど抜けない。さらに言ってしまえば、もはや魂と一体化するレベルまで溶け込んだ記憶は掠れはしても消えることはない。この、どれだけ魂に記憶が刻まれてるかを私たちは『魂の強度』と呼んでるんだ」


 そういって両手を叩くと笊が消える。いつの間にか水たまりも消えていた。


 「幼いころから自立する。強烈な思いや体験を得る。信念や執念をもって生き抜く。魂の強度を上げる方法はいくつもあるし、逆に年を取りすぎれば段々と記憶などが薄れ魂の強度も下がる。まぁ、ナツメの場合は幼くして安定した生活という俗物的な執念がこびりついた結果だね」


 それだけ言って、「さて、次の質問どうぞ」と淡々と促してきた。少し違和感を感じる。


 「俺以外にも転生者や異世界人は存在するのか?」


 違和感の正体が掴めないが、質問はづつける。


 「存在する。私も何人もの異世界人や転生者と出会ったことがある。付け加えれば、そういった存在を呼び出す呪法や魔法も存在する。逆に送り返す方法も存在するからね。でも、ナツメは元の世界に何か未練でもあるのかい?」


 「そ、れは…」


 言葉が詰まる。

 心臓が早鐘をつく。

 深紅の瞳が、心まで見抜くように見つめる。

 戻る理由。そんなものは俺にはない。

 仕事に対する未練。無し。

 望郷の思い。無し。

 失いたくない人間関係。無し。

 あえて挙げるとすれば、元の世界の生活環境ぐらい。なくても不便程度だ。


 「元の世界に帰りたい。そう心から思ってるのならば送り返すのは吝かではない。けど、ナツメ。キミは向こうの世界では死んだわけだ。仮に仮死状態で済んでたとして、向こうの世界に帰ってどうする?それとも、その肉体のまま帰るのかい?」


 今の俺は少女の身体だ。そのままの姿で帰ったところで良くて孤児院生活からのやり直し。

 いや、この容姿ならば本当に奇跡的確率で良心的な人に拾ってもらい愛情いっぱいに育ててもらえるかもしれない。だが、逆に変態野郎に捕まって死んだほうがましな目にあわせられながら飼い殺しもあり得る。むしろその可能性のほうが高めかもしれない。

 もしくは魂だけでもどる方法。元の肉体が生きていて、肉体が十分に機能する。かつ、向こうの世界でそこまで年月が経ってない。これらの条件が成立しなければ最悪戻っても即死する。戻るリスクはかなり高い。

 戻りたい理由もほとんどなく、戻るにしてもそれなりのリスクが存在する。元の世界についてはあきらめよう。そうなると、こちらでの生存方法をどうするかが問題だ。

 

 「それに、キミの肉体は私が作ったものだ。いうなれば、君は私の娘のようなものだからね。ある程度の期間は私の庇護下での生活を保障できる。それが一年だけか、十年になるかはキミ次第だがね」


 「残ります!」


 即決。問題点は早々に解決した。いい年齢な男として女性の世話になるのは恥ずかしいが、今の俺は少女だ。そんなプライドは早々に捨てよう。せめて生き残る手段は確保しないとまた死ぬ。


 「それは助かる。その身体の途中経過や、性能のチェックもやりたかったからね。それに人手も欲しかったし色々手伝ってもらうことにするよ」


 なし崩し的に身の振りが決まった。まぁ、この身体では家事手伝いがせいぜいだしむしろ助かる。世界の基礎知識は手に入れたが、一般常識や教養は得てないので生活しながら勉強しよう。

 そうと決まれば大切なの質問をすることにする。


 「そろそろ、あんたの名前、教えてもらってもいいか?」


 呆気にとられた表情を取られた。自己紹介忘れてたのか。


 「そうだな、自称『ネロノワール・シュヴァルツ・ブラック』と名乗ってる。通称はネロ。真名は内緒だ」


 そういって悪戯っぽく口元に人差し指を当て、舌を軽く出す。


 「この世界に流れ着く異世界人はチキュウ出身が多いからね。こういった名前を使えば向こうからもコンタクトを取りに来て便利なんだ。ある程度知ってるから色々話しても大丈夫だぞ。と信用も得られる」


 そういって、部屋の扉に手を伸ばす。金属質な音とともに、ゆっくりと開いた。


 「さて、ほかの子たちにも紹介しないといけないからな。ついてきてくれ」


 そういって促す。それに従うように立ち上がり


 「ぁ、先に、何か着るものをくれ」


 自分が全裸だったことを思い出した。

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