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キメラさんは穏やかに暮らしたい  作者: くろごけぐも
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丸ごと取り替えました

 「と、これが目覚めるまでの俺の記憶だな」


 背もたれのついた椅子に腰かけ、テーブルに置いてある紅茶を口に運ぶ。

 柔らかい香りが鼻腔を駆け抜け、疲れたのどを潤してくれる。


 その様子をほほえましげに見届けた後、女性―黒姫さんは口を開いた。


 「なるほど。やはり君はニホンの出身者で会っているようだね」


 それだけ言って、黒姫さんも紅茶に手を伸ばす。それでも、視線は俺からそらさない。まるで逐一動作や反応を観察されているようで落ち着かない。いや、実際に観察されているのだろう。

 

 周囲に備え付けられた、SFファンタジックな巨大フラスコや、無数の魔法陣。大量の計測器らしき機械や、散乱した無数の書物。これで彼女が研究者でなければ詐欺である。印象で決めつけるが黒姫さんは何かしらの研究者だろう。


 「さて、君のことは把握したし、次はこちらについて説明しておこう」


 そういいながら、ゆっくりと口を開くを這わせる。じれったい。


 「この世界は君たちが言う異世界。名前は『マグナリア』。そしてここは深淵の樹海に建てた私の研究所だよ」


 「……は?」


 思わず問い返す。それに対して嫌そうな顔をせず、再び口を動かす黒姫。


 「この世界は―「そうじゃない!」


 落ち着いて一呼吸開ける。ここで焦ってもいいことはないのだ。


 「いきなり異世界だとか言われても…!?」


 突然、頭の中に膨大な『ナニカ』が流れてくる。

 異世界。マグナリア。魔法。四大陸。深淵の樹海。ベルガシア帝国。フランジュ教国。北方共和連邦。マキウス機工国。七天魔王国。アマツ皇国。シェン民国。商工連合国。魔王。魔物。魔獣。霊獣。獣人。混血。…数多のそれらが知識として刻まれていく。

 

 「細かい説明は手間だからね。少々私の『智識』を混ぜ込ませてもらったよ」


 そういいながら、先ほど俺が口づけた紅茶を指さす。要するに何か仕込まれたようだ。

 一気に流れてくる『智識』が落ち着くのを待ちながら、白濁した視線で黒姫を見つめる。


 「『智識』の溶解と封入、『解呪』による解凍は成功のようだね。もう少し被験者を増やしながら実験すれば新しい伝達手法が完成しそうだ」


 満足そうな目でこちらを見つめ返す黒姫。あれか、ようするに俺は実験体にされたのか。 

 

 「安心してほしい。ちゃんと成功する算段もあったから試したんだよ。もっとも、不慮な事故の可能性もあったんだがね」


 間違いなく実験台にされたようだ。せめてもの意思表示に、視線に少しだけ力を籠める。


 「そんな顔で睨まないでほしい。せっかくのかわいい顔が台無しじゃないか」


 ひょうひょうとそう返されてしまった。もうすぐ30になる俺をかわいいとは、黒姫さんはどうやら感性がおかしい様だ。


 「―この世界についての基礎知識は理解した。非現実的な要素も山ほどあるが、少なくとも今の体験で、嘘と切り捨てるのは難しくなった」


 こめかみのあたりを指で押さえつつ、そう口に出す。正直に言えば認めたくないが、今の知識の流し込みが元の世界には存在しない技術だとは理解できる。なら、話だけは聞いて損はないだろう。


 「うん。理解してもらえて私も助かるよ。何しろ事故とは言え私は形式的に君の『母親』なわけだからね。しっかり教育ぐらいはしないと」


 そういいながら、黒姫さんが白衣を羽織る。おまけにどこから取り出したのか黒ぶち眼鏡までつけている。というよりも、そんな外見の変化以上に聞き逃せないワードがあったような…


 「それじゃ、次は今のナツメについて説明するからね。先に行っておくけど、今ナツメが私の研究所にいるのはいろんな要素が偶発的に絡まった不慮の事故だ。全部が全部説明できるわけじゃないからそこは念頭に置いておいてほしい」


 そういってから、軽く手を振る。一瞬の閃光が走り、目の前に姿見が現れた。

 姿見に映ったそれは、透き通るような白い肌。腰まで伸びた金糸のような髪。紅玉のような深紅の瞳と薄桜のような唇が絶妙に配置された顔。穢れを知らぬような華奢な身体。未成熟ながらうっすらと存在を主張する双丘。おとぎ話の妖精や精霊すら凌駕する、純粋無垢な少女の姿であり…


 「お、俺が…俺が女に…しかも、少女に…」


 姿見に映っている以上、紛れもなく夕月棗…俺自身の姿であった。

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