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自作小説の悪役令嬢に転生したのですが、どうしたらいいのでしょうか?  作者: 藍沢真啓
恋とは甘くも苦い果実のよう

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きなこパウンドケーキは疑惑の味

大変長らくお待たせいたしました。

「遠征に行きたくありません」

「もう決まった事だから無理だよ。というか、久々に会って開口一番がそれ?」


 父さまもリオネル兄様も説得できないのであれば直訴するしかないと、兄様を通じて面会の約束を取ってやって来ました王城へ。

 あ、一応お茶請けにきなこと黒蜜(実際はタケミツという植物の絞り汁を煮詰めたものなんだけど)のパウンドケーキを焼いて持ってきています。何度かきなこを使ったお菓子をあげたことがあるんだけど、気に入ってたみたいだから。

 と、それはさておき。

 今回、クリスと面会するのを勧めてきたのは、あのレイラだったのだ。


『それはそうと、やっぱりアデイラ様ご自身で行きたくないと言うしかありませんよ』

『えー、メンドクサイ』

『公爵令嬢の言葉にしては雑ですわ。アデイラ様?』


 にっこりと微笑むレイラに、私は唇を尖らせて不満を乗せて睨む。

 彼女が男爵令嬢としての口調を改めないのは、近くにレイとミゼアが揃って控えているからだ。レイラにはうちのメイドたちには私に前世の記憶の話はしていないと言ってある。

 彼女なりに気を配った結果なのだろう。


『レイ、ミゼア。私が呼ぶまで外に控えてもらえる?』

『ですが……』

『悪いけど、彼女と内密の話をしたいの。大丈夫、彼女は私を傷つけないから』

『……分かりました。では、終わりましたらお声をおかけください』


 ごめんね、と苦笑して二人に謝罪すれば、レイもミゼアも笑みを深めて応えてくれる。私がアデイラとして目覚めてからずっと私の傍に居てくれた二人。ちょっとした視線で私が言いたいことを分かってくれるのが嬉しい。

 同時に、そんな大切な二人にも明かせない秘密があるのを、心苦しくも感じていた。


『それで、どうして私がクリスのところに?』

『クリス?』

『クリストフ。あなたの言う物語のヒーローのことよ』

『あー、ツン王子』

『前から聞きたかったのだけど、そのツン王子って?』


 何度も耳にした『ツン王子』なるワードを問いただすと、どうにもレイラが前世でつけたクリスのあだ名とのこと。

 まあ、確かに出会った頃はツンツンな態度のが強かったけども。

 今は貴公子然としてて、私にも優しいし、色々相談にも乗ってくれるし。


 でも、と私は内心でこう思う。

 クリスはきっとレイラを好きになる。物語のスタートになれば、強制力によってクリスはレイラを認めるだろう。

 そうなった時、私は……


『アデイラ様?』

『っ、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてましたわ』


 咄嗟にごまかしの言い訳をして、レイラに話の続きを促す。

 結局、大々的に計画が動かされている以上、個人間で拒絶するのは難しいだろうから、直接発案者に直訴するしかないだろう、と。

 レイラの言葉に、やはり逃げてばかりではなく直接言うしかないのか、と深いため息を零していた。


「久々に会った婚約者から、そんな用件のみの訴えを言われてもね」


 傍に控えていたカールからソファを勧められたものの、長居するつもりはないと断り、私はクリスと執務机を挟んで対面している。

 マナー的に言えば、この状況を他人に見られると、私が盛大に怒られる。淑女のする態度ではないと、母が知ったら隙なく微笑んだまま絶対怒る……おぉ怖い……

 子供が四人いるとは思えないほど、母は美しい人なのだ。元々王族だったのもあるが、初恋を拗らせその相手である父へと嫁いだのだから、紆余曲折があったとしても、現在の輝くような美しさはドゥーガン家の宝石のようであった。しかし彼女は厳しい面もある。ひとえに子供たちが社交界で苦労しないために心を鬼にしてくれてるのだろうが、ともすれば我が家の家庭教師よりも厳しさのランクが違う。

 おかげで早々に王妃教育も済んだのは僥倖なのかもしれないが……


「では、どうしたらいいんですか」


 クリスが忙しいのは兄様から聞いていたから、なるべく負担にならないように簡潔に用件だけを言ったら、文句を言われてしまう始末。だったらどうすればいいんだ、と問う。


「うーん、そうだな。……アデイラ、ちょっとこっちに」

「?」


 私は執務机を迂回してクリスの元へと向かう。

 あんまり近づきたくないんだよなぁ。だって、クリスかっこいいんだもん。


 元々クリスの顔面は前世の私だけでなく、本来のアデイラの好みでもあるのだ。だんだん小説のスタート時間に近づいてる現在、まだ幼さを残しながらも整った銀の髪と水色の瞳に、私の心はドクドクと心臓が暴れている。


「アデイラ手を」


 クリスに魅了され、疑うことなく右手をクリスへと差し出した途端、ぐっと一方向に引き寄せられ、なぜか私はクリスの膝の上に座らされていたのでした。


「えぇっ⁉」

「レディが大声をあげるものじゃないよ、アデイラ?」


 くすくす囁くように笑って嗜めてくるクリスに、私の顔はトマトのように真っ赤に熟れ、口は魚の如くパクパク動くだけだ。

 そんな私を楽しげに一瞥したあと、隅に控えてたメイドに目配せをする。彼女たちは無言で私が持ってきたパウンドケーキとお茶を執務机にふたり分置いて退出してしまった。

 お願い! 誰かクリスを止めてよ! うわーん!


 頼みの綱であるルドルフもなぜか不在とか!

 あなた、クリスの片腕じゃないんですか!?


「お、下ろしてください、クリスっ」

「やだ」


 じたじたと暴れる私の腰に腕をまわし、クリスはぶっきらぼうに拒否の言葉を嘯く。

 いくら不本意でも婚約状態であってもこの状況は褒められたものじゃないんですがっ。

 さすがにこの年齢になると、お膝で抱っこというのは、顔から火が出るほど恥ずかしい。にも関わらず、クリスの体温やわずかに香る匂いに、どこか安心を覚えてしまう。

 しばし応酬を繰り広げたものの、体力のない私は、すぐに力尽きて抵抗を諦めてしまった。それに気づいたクリスは、満面の笑みを浮かべて「じゃあ、話の続きをしようか」と言って、テーブルにあるパウンドケーキをフォークで削り、私の口元へと持っていった。


「な、なんです?」

「一応毒見」


 はぁ? 毒見って!

 あなたいつも毒見なしで私の作ったのを食べてるのに!?


「私がクリスに毒でも盛る、と? いくら遠征が嫌でも自らの首を絞めるような行為はしません。殺るなら自分の手を汚さないのがセオリーなんですよ」

「それ、対象相手の前で言うセリフじゃないよね」

「むぅ」


 クリスは唇を尖らせて不満顔する私をクスクスと笑い、フォークに乗ったパウンドケーキを自分の口へと運んだ。おい、毒見どこいった。


「ん、やっぱりアデイラの作るお菓子は美味しいね。この香ばしいのは何?」

「それは大豆を煎ったのを粉になるまで摺ったものです」

「大豆? それってスープとかに入れるアレ?」

「ええ、その大豆です」


 淡々と質問を返す私の言葉に、クリスは「へぇ」と感心したように頷く。

 クリスって私がこれまで作ってきた物に対して、それが物珍しいものだとしても、すんなり口に入れちゃう人なんだよね。元々好奇心旺盛な部分があったけど、どっちかといえば私を信頼してる印象の方が強い。

 臣下としては嬉しいことだけど、現在モヤモヤしてる私にすれば拷問に等しい。だけどクリスは私が葛藤してるなんて思ってないのか、賛辞しながらもパウンドケーキをどんどん消費していった。


「ほんと、アデイラは誰もが思いつかない材料で色々作るのが得意だよね。……その知識、どこで手に入れたの?」


 満足げにフォークを空になった皿に乗せ、紅茶で喉を潤したクリスから発せられた質問に、私の心臓はギクリと軋む。


「そ……れは、色々と、本を、読んだからで」

「……ふーん」


 ふーん? ふーん、って言いましたか貴方! 自分から質問しといて、何、その「興味ありません」的な返事は!

 抱っこされてるから殴れる距離にはいるものの、王城のクリスの執務室で暴力沙汰はアカンと、私でも理解できてるので我慢。これがうちの屋敷だったら、隠れてゲンコツ位は食らわしたい。某国民的アニメの姉と弟のような感じのヤツ。あと、ネコ型ロボットのアニメに出てくる幼馴染のふたりとか。

 現実逃避で無意味な事に思考を傾けていたせいで、クリスがこぼした疑問に反応するのが遅れてしまった。


「ね、それって本当に、本からの知識かな?」

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