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自作小説の悪役令嬢に転生したのですが、どうしたらいいのでしょうか?  作者: 藍沢真啓
恋とは甘くも苦い果実のよう

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友人は物語のヒロインでした

「あ、はっはっはっ! まさかあの(・・)ツン王子が婚約者に避けられて寂しいからって、そんな暴挙にでるなんて!」

「笑い事ではありませんわ」


 我が家のソファに寝転がり、今にも過呼吸で瀕死状態の令嬢に、私は冷ややかに見下ろしながら、レイの淹れてくれたお茶を啜る。薔薇が見頃だからと、薔薇の花びらを乾燥させたローズティと庭園で咲き誇る様々な色で目を楽しませる薔薇を味わいながら、カップの中では溜息がこぼれていくばかり。


 と、いうのも。


「それよりも、レディがはしたないですわよ、レイラ・バートン男爵令嬢?」


 そう。私の前で大爆笑をかましているのは、私が作った物語のヒロイン、乙女ゲームから転生し、いつかはクリスと結ばれるだろうレイラだったからだ。


 なぜ、ヒロインと悪役令嬢が仲良くお茶をする関係になったかといえば。あれは半年前に開催された王家主催のお茶会での出来事だった。


 私は一応(・・)クリスの婚約者という立場なので、数合わせで出席したんだけども、実際はクリスの弟であるカールの婚約者選定の為の会だったのだ。


 丁度秋薔薇が見頃の時期なのもあり、ガーデンバーティ、立食形式という事で、王妃様に依頼された私は、正直楽しみながらレシピを考えさせていただきました。


 で、この時に、側妃様に初めて対面したんだけど。実はカールは側妃様の子供で、クリスとは血が繋がっていないというのを、初めて知ったんだよね。

 というのも、側妃様は王様の弟の婚約者で、カールが生まれる少し前に騎士団長として行った遠征先で子供を助ける為に魔獣の爪で命を落としたとの事。


 魔獣……そう、この世界には魔王がいる。まあ、実際の魔王っていうのは呼称であり、人間──しかもイケメンとの噂がこの国にも流れてきている。


 それは置いといて。


 普通は魔王様が魔族を管理……支配? してるらしい。で、魔獣というのは、魔王様の監視外の動物が瘴気に当てられ変化したもののようで、理性や自制なんてなく、ただただ本能のままに人を襲う害獣なんだそう。


 その魔王様の住む国と、元々聖女(めっちゃファンタジー!)が作った国の間には、広大な森が横たわり、昔の記憶で言えば青木ケ原樹海?

 想像を絶する森に、定期的に魔獣が発生する為、魔王様の依頼で各国から騎士や冒険者を募って討伐してるようですよ。


 結局、王妃様と側妃様の話を耳に流しながら、ファンタジー話に胸をときめかせてたら、パーティの参加とレシピの提供が決まってたのは不本意ですが。まあね、決まった以上はやりますけども。

 まさか、それが今回の遠征に繋がってるとは思わなんだがな。


 と、話が逸れちゃったけど、周囲にカールが王弟の子だと知られてしまうと、色々問題が生じるから、クリスとカールは双子って事になったんだって。丁度、王妃様もクリスを身もごってたらしいから、タイミング的に良かったんだろうね。


 一応、私も口止めさせられました。ぶっちゃけ、こんな重大な話を聞かせても良かったのか、って戦々恐々としてたけど、クリスの婚約者だから知っていたほうがいいからって。


 ……うん、まだ婚約破棄したいって言えてないんだよ。なんていうか、クリスがちょっとでも雰囲気を感じ取ると、すぐに方向転換して回避しちゃうからさ。どこで勘付いたのか。

 ちょっとでも匂わせると別に意識を向けさせる癖に、何か思い悩んでるようにじっと私と見てたり。情緒不安定ですかね。大丈夫か、王子様が。


 そんなこんなで張り切った母と双子の天使によって、ドレスを新調させられ、パーティに参加と相成ったわけなんですが……


『はじめまして、アデイラ様。私、バートン男爵が長女、レイラと申します』


 鮮やかな薔薇色の髪に、新緑の緑がキラキラと煌く美少女が、私に微笑みかけてくる。逆に私は微笑みだけでなく全身を恐怖で凍らせていた。


(な、なんでヒロインがここに! 物語までまだ数年あるのに!)


 にっこりと微笑むレイラに、王妃様や側妃様だけでなく、カールもクリスも穏やかに対応している。対照的に私は内心『なぜ』『どうして』と疑問ばかりを叫んでいた。


『アデイラ?』

『え、あ……、ご、ごめんなさい』

『大丈夫か? もし体が辛かったら……』

『平気よ、クリス。今日は少し天候が良くて、ぼんやりしてしまいましたわ』


 クリスの声にはっとなり、慌てて言葉を取り繕うと、周囲からほう、と感嘆にも似た吐息があちこちから湧き上がる。

 最近では貴族だけでなく民衆の間でも私とクリスが似合いだと、絵姿までもが売られているそうだ。なに、それ、めっちゃ恥ずかしい!


 それよりも、何故ヒロインであるはずのレイラが、物語が始まるよりも前に私達の前に現れたのか。そもそもこの頃の彼女はまだ平民だった筈だ。


 瞠目して立ち尽くす私と穏やかに微笑んで王子様然なクリスに挨拶を終えると、私の横をすっと通り過ぎ。


『アデイラ様、もしかして前世の記憶をお持ちではありませんか?』


 囁き声が耳に重く流れ込んできて、開いた目が更に大きく見開く。


『あとで二人きりでお話しませんか?』


 ぎこちなく頷くと、また後ほど、とレイラの声が微かに聞こえ、私の体は冷や汗でドレスの下がびしょ濡れになっていた。


 さすがに約束を交わしておいて無視する訳にもいかないので、途中クリスからさりげに離れ、目配せでレイラに後を追いかけるように告げると、私は薔薇園の裏手にある東屋へと先に向かう。

 ここ、王妃様が内緒の休憩場所だから、クリスとお散歩した時に使うと良いと勧められたんだけど、何故ニヤニヤしていたのか謎。


 木立がうまいこと配置されていて、ぱっと見るとこんな場所に東屋があるなんて気づかれない。でも、こちらからは周囲の状況がはっきりと分かるとか、意図を持って作られた場所なのだと納得できた。


『アデイラ様、お待たせして申し訳ございませんっ』


 ふわふわと薔薇色の髪をなびかせて駆け寄ってくる姿は、まさに王道のヒロイン。いつかの未来、彼女とクリスが並ぶ姿を思い浮かべると、ズクリと胸が苦しくなる。


『……いいえ。早速だけど、先ほどの前世のお話って?』


 まだ呼吸の整っていないレイラに、時期尚早だとは思いながらも質問を繰り出す。焦っているのは分かってるつもりだ。それでもレイラが何故、物語の時間軸を逸脱してこの場所に現れたのかが早く知りたかった。

 それに、彼女が知ってる前世の記憶についても。


『えっとですね、アデイラ様はネット小説なるものをご存知ですか?』

『……え、えぇ。名前くらいなら……』


 ちょ、ちょっと待って。今、ネット小説って言ったわよね、彼女。まさか……


『この世界は、私が読んだネット小説の世界なんです……!』


 まーじーかぁー!!


『私の元いた世界には乙女ゲームなるものがあるんですが、ヒロインはそのゲームの物語の中に知識があったまま転生してしまい、色んなバッドエンドをくぐり抜けて最終的には推しのヒーローと結ばれるといった物語なんです』

『……』

『それで、まさか私がネット小説のヒロインに転生しちゃった訳でして。あ、でも、乙女ゲームの話については全く知らないんですけどね~』

『……はぁ』


 この子、確実に私の作品読んでる子だ!

 ヤバイ……私があの話の作者だって知られたら、どんな反応が返ってくるか分からない!


『ジャンル的には転生逆ハーレム物語なんですけど。最終的にはヒロインは優しくしてくれた公爵子息と結ばれるんですけどね~。でも、私の推しは』

『え?』

『え?』


 最終的にヒロインがリオネル兄様と結ばれる!? は? なにそれ知らないけど!


『えっと、アデイラ様はご存知……なんですか?』

『い、いえっ。それで、逆ハーレムって事は他にもヒロインに言い寄る殿方がいらっしゃるのね?』


 レイラは私の挙動不審ぶりに訝った表情を見せたものの、物語についての質問をすれば、嬉々としてその()()()()()()()()について語りだす。


 最初は、似たような話だと思ってたんだけど、出てくる名前が一致してるから、完全否定できないまま、話に耳を傾け続けた。


『……ひとつ聞いてもいいかしら。その小説のアカウントって同じ人?』

『勿論ですよ! あのサイトは複数アカウントを登録してるだけで、登録削除されてしまうんですから!』

『……そう』


 つまり、前世の私の死後、誰かが私のアカウントを使って、小説の続きを書いてたようだ。うーん、気になる。かといって、その作者が私とバレずにしたいんだけど……


『バートン男爵令嬢』

『私の事はレイラとお呼びください!』

『あ、うん。では、レイラ。あなた、その小説、細部まで覚えてますの?』

『勿論です。もう何十回も読みましたから。なんなら、ここで朗読致しましょうか?』


 にこにこと提案してきたレイラに、私は引きつった笑いしか出てこない。素人のネット小説を何十回もって。これは所謂粘着系読者ってヤツなのかしら。

 それにしても、朗読ねぇ……あ、そうだ。


『ね、レイラ嬢? 私、その話が気になるのだけど、覚えてるのでしたら、文章にもできますよね?』

『ええ、まあ』

『それなら、私の為だけに物語を書いてはいただけないかしら? お礼はちゃんとしますわ』


 あの数話だけの話が、誰かの手によって続けられたのかが知りたい。

 私からの提案にレイラは、新作デザートが出来たら、最初に試食をする権利が欲しいと告げ、私とレイラは不思議な縁を結んだのだった。



「ところで、新作はできたのかしら?」


 ツン、と顎を反らして悪役令嬢ぽさで尋ねてみれば、レイラはソファからぴょこと起き上がると、バッグの中から畳まれた紙を取り出す。


「はいっ、こちらが前回の続きです!」

「そう。では、こちらがお礼よ。レイ、ミゼア」


 私は振り返り、私専属のメイド二人に小さく頷く。すると、空気の読める二人は、レイラの前に新作のケーキ──今回はパンケーキの豆乳クリーム添え。狐色のパンケーキに生成り色の豆乳クリームは、最近デザート担当となったカイル君と苦心して作ったもの。風魔法が良い仕事をしてくれました。それときなこに、南の領地で採れたタケミツというサトウキビに似たものを絞った汁を乾燥させた黒蜜もどきを掛けたもの。


「東の国風パンケーキですわ」

「わっ! これ、きなこと黒蜜ですよね。まさかこの世界で食べれるとは思いもしませんでした!」


 レイラは嬉々として手を叩いて、フォークとナイフで綺麗に切り取って口に運ぶ。流石に淑女教育は進んでいるようで、とても優雅な流れだ。

 懐かしさからだろうか。表情がとても柔らかくなっているから、彼女の口に合っていたようで安心しつつ、私はレイラから渡された紙片を開いて目を落とす。


(……やはり、私の知らない物語だ……)


 私が書いたのは、レイラと兄様が初めて出会った時に、二人に割り込んでくる悪役令嬢としてアデイラが出てきた所までだった。とても慇懃無礼で、気位が高く、同性としては近寄りたくないし、異性でもお近づきになりたくないだろう令嬢。


 しかし、レイラから私に渡してくれた内容は、最初の部分は私が書いたものと同じ展開だった。だから、これが彼女の創作って事はないはず。


(でも、どうして、私が悪役令嬢からヒロインを助けるサポートキャラになっているのかしら……?)


 色々ツッコミたい部分はあるけども、正直、私が書いてた部分よりも面白い。しかも、私の部分と謎の人物との言い回しとか自然すぎる。


 これを書いたのは一体誰だろう。


 ただでさえ、クリスとの一件で頭が痛いのに、新たな問題が私の頭痛を酷くしていた。

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