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自作小説の悪役令嬢に転生したのですが、どうしたらいいのでしょうか?  作者: 藍沢真啓
新しい仲間と甘くてしょっぱい感情

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始まりました、焼き芋会

 やってまいりました、焼き芋会。

 空は晴天、気温は暑くもなく寒くもなく快適。

 しかし、私の心は曇天のツンドラ気候でございます。


「あー、もう憂鬱。このまま引きこもりたい……」

「ダメですよ、アデイラ様。今日はアデイラ様が影の主役なんですから」

「そうですよ。ですから、可愛くいたしましょう?」


 朝もはよから浴室に放り込まれ、ミゼアとレイによってピカピカに磨かれた後は、鏡の前に座らされ、ひたすら髪を梳かれてます。

 母様譲りの銀の髪はツヤツヤで、光を放っているかのよう。

 肌にも丁寧に花水っていう化粧水の役割を持つ液体を叩き込まれしっとりモチモチ。尚且つ今日は殆ど外で過ごすからって、蜜蝋とラベンダーオイルを混ぜたのを丁寧に塗られ、日焼け対策もバッチリ。

 餅つき大会の時には、ここまで美容関連をガッツリやられなかったから、もうこの時点で疲労困憊。七歳児と比べたらダメだけど。いや、そもそも十歳児にがっつり美容ってどうなんだ。

 まあ、若い内から肌の手入れをするといいとは聞いたことがあったけど。


 と、現実逃避したい私の心情を察して欲しい。

 二日前に兄様から告げられた焼き芋会なるものを提示された私は、やたらと真面目に諭され逃げる余裕もなく、今日という日を迎えてしまった。

 まだクリスやカール、普段お茶会する程度のお嬢様とかなら、ここまで憂鬱にもなったりしない。


 なぜ、ルドルフ・ギリアス公爵子息よ。こんな酔狂とも言える催しに参加しようと思った!


 このまま熱が出て寝込んだりできないかなぁ……。




 と、そうそう簡単に自分の体調を変える事もできない訳でして。また自分に任せられた仕事を放り出す性分でもなくてですね。背中にオドロ線を背負ってリオネル兄様のお部屋を訪ねます。


「兄様? アデイラですが」

「ああ、入ってもいいよ」


 中からそう返答があると、さほど間を置くことなく扉が開かれ出迎えてくれたのは、兄様専属のメイドであるリナでした。


「おはようございます。アデイラ様」

「おはよう、リナ。忙しい時間にごめんね」

「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」


 今日は色んな人が来るからか、いつもはうなじでひとつに纏めている黒髪をアップにして、白いシニヨンで覆ってますね。いかにもなメイドさんのリナの姿に、ちょっとだけテンション上がってきましたよ。


「アデイラ、頑張って出てきてくれて良かった」


 部屋に通された私に、兄様は開口一番そう言ってきたのですが、これって逃げる前提で言われてるんですよね。実際逃げたかったので、否定せずに黙りましたけど。

 ちょっと釈然としません。


 ひとまず簡単な打ち合わせをし、兄様はお客様を迎えるためにガイナスとリナと一緒にエントランスへ。私は厨房の指揮をする為にそれぞれ別れました。

 ちなみに父様と母様は、母様の体調を考え、本日は参加しないようです。

 後でお見舞いにホクホク焼き芋に氷菓を添えたものを持っていく事にしましょう。父様にはサツマイモの天ぷらも一緒にね。

 どうしても妊娠中って便秘になりがちだそうなので、繊維質たっぷりなサツマイモとカルシウムたっぷりな牛乳のアイスは、母様にはぴったりのおやつになりますよね。


 つらつらと余計な考えに至っているのは、なるべくルドルフ様の事を考えたくないから。

 これを悪あがきというのならそれでも構いません。

 まあ、兄様の気持ちも分かるんですよ。

 いつまでも前世の記憶に囚われてるのはダメだっていうのも。

 とはいえ、この世界が私が生み出した世界とほぼ一緒で、登場人物も記憶にある人ばかりというのも、一因だと思うんですよね。

 これが全く違う部分があれば、こうまでルドルフ様を忌避する理由もないんですけど。


「……って、あれ?」


 一瞬、誰かの姿がよぎった気がしましたけど。んー?

 気のせいですかね。


「まあ、いずれ思い出すでしょう。今は兄様の補助を頑張らなくては」


 自分に言い聞かせるように空元気で宣言すると、背後に控えているレイとミゼアを伴って厨房へと急いだのでした。




「随分、賑やかになってまいりましたね」


 厨房から焼き芋会をやっている庭園までは近いからか、ジュシュアさんが大量のサツマイモを輪切りにしながらポツリと呟く。

 私はジョシュアさんの隣で、せっせと蒸しあがったサツマイモをマッシュしていた。これは水で戻したレーズンと角切りにしたチーズと一緒に合わせてサラダにするつもり。


「そうね。焼き芋焼いてる間に少し時間ができちゃうから、それまでの場つなぎでこっちのサラダと薄切りにしたバゲットをカリカリに焼いたものを、ハーブを混ぜ込んだクリームチーズやジャムと一緒に出せば、丁度良い軽食になるでしょう」

「サツマイモの黄色とレーズンの紫とチーズの白がバランス良いですね」

「これ美味しいんだけど、食事向きではないから、どっちかと言えばデザートな味なんだけどね」

「それなら、今度クラッカーに挟んでみましょうか。一口で食べれるようにすれば、お茶会でもお出しできませんか?」


 そうね、とジョシュアさんの言葉を脳内で浮かべる。

 基本、こっちのお茶会ってアフタヌーンティ形式で、サンドウィッチとかも出すのよね。サツマイモオンリーの食事って面白いかも。スコーンに角切りのサツマイモ入れて、ジャムもオレンジとかにしても合うだろうし。

 うん、これは母様に要相談かな。


 出来上がったサラダを複数硝子のボウルに移し、それなりに見栄えよく形を整えて完成。

 氷菓も天ぷら衣も氷室で保存してあるから、ギリギリまで冷やしておけば問題ない。

 配膳もガイナスが中心になって、リナやレイやミゼアたちメイドさんがやってくれるから、そこまで大変でもない。

 ぶっちゃけ、天ぷら揚げるまでは手持ちぶさたになるんですが……はぁ。


 内心で盛大な溜息が出ても仕方ないと思うんですよね。

 つまりは、私も焼き芋会に向かわなくてはいけない訳で。……行かないとダメ、ですよね。ここで逃げたら兄様怖いし、どっちみちこんなに人の目がある中で逃げるの不可能だし。


 諦めるしかないか。


 厨房にいるみんなに、兄の所に向かう旨を伝え、重い足を引きずって庭園へと歩く。

 今回は主催が兄様なのもあって、招待されたお客様もほぼ同年代で纏められている。でも大半が見たことがあるのは気のせいかしら……


「おお、アデイラ」

「クリス……と、カール様」

「こんにちは、アデイラ嬢」


 なるべく、なるべーく、人の集まってなさそうな場所を歩いていたら、何故かクリスとカール様に捕まってしまった。

 というか、一番人を集める人に捕獲されるとか、厄日か。そもそもこの会自体が地雷原だけどさ!


「それにしても……」

「なんでしょう。クリス」


 唐突に視線が上へ下へと動き、紳士以前に王族としてどうよ、なクリスへと、私はじっとりと咎めるような冷たい眼差しと言葉で応対したら。


「なぜ、そんなメイドのような格好をしているのだ」


 こちらもじっとりと、訝る視線で問いただされてしまいましたとさ。


 本日、私の格好ですが。ザ・濃紺色です。

 昼の会ですし、子供なのもあって、肌を露出しなくてもいいから、首元までびっちりと細かいボタンが前立てに並んだブラウスは、襟と袖口だけが白色で、銀色の糸の刺繍が縁に模様を刻んでいる。

 スカートは濃紺色のオーバースカートが前と後ろの一部を覆い、その下には白の生地をたっぷりと使用したフレアースカート。勿論、裾には銀糸で刺繍が施されたもの。

 あとは、白のフリルが可愛いミニエプロンが前を可愛く飾っているのです。

 ちなみに髪は調理するのもあって、ミゼアが可愛く結ってくれましたよ。

 シンプル可愛い。これが本日の出で立ちなんですが、メイドとは失礼な。


 まあ、実際狙ってる部分もあったりするんですけどね。


「かわいくありません?」

「いや、凄く可愛いが……」

「素敵な装いだね、アデイラ嬢。銀糸の刺繍が君の髪と同じでぴったりだ」


 クリスとカール様の前でクルリと一回転したら、クリスは顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに言い、カール様は流石物語では女たらしと設定した私が言うのもなんだけど、的確な褒め言葉が胸に擽ったい。こちらも頬をピンクに染めてるが、君たちは風邪でもひいてるのですか?

 もしそうなら、さっくり帰った方がいいですよ。

 というか、お二人が帰ってくれると、例の彼も一緒に帰る気がするので、善は急げと口を開いたら。


「クリストフ殿下、カールフェルド殿下」


 背後から初めて聞く声なのに、私の全身が寒気で粟立つ。


「ルドルフ、お前も来ていたのか」


 片手を軽く上げ、にこやかに対応しているクリス。

 そおっと肩越しに振り返れば、焦げ茶の髪を七三にきっちりと分け、見るからに真面目くん! って感じの少年が、こちらへとやって来るのが見える。


(あれ、絶対にルドルフ・ギリアスだ!)


 逃げたい、逃げ出したい、とブルブルしている内に、私たちの輪にルドルフが加わってしまったのである。

 もおおおお、いやあああああああ!!

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