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悪役令嬢(予定)は美少女でした

『恋繚乱~華人は運命に溺れる』を軽く説明しようと思う。


 十七歳になった男爵令嬢のレイラ・バートンが、貴族子弟たちが集うロワレ学園へと入学するところから始まる。

 高位貴族が多く在籍する学園の中で、低位貴族のレイラは周囲からもたらされる悲喜交々(ひきこもごも)に遭いながらも、持ち前の前向き精神で頑張っていくストーリーだ。

 その中で、時には貴族として未熟なレイラを指導し、時には彼女の持つ優しさに触れた国の王子、公爵子息、騎士団所属の王弟、宰相の子息たちからの愛の囁き。そして、魅力ある男性たちに囲まれたレイラを羨む者からの執拗ないじめ。

 それでもレイラは持ち前の前向き精神で、ひとりの男性と心を通わせ幸せとなる――予定になるお話だ。


 予定、っていうのは、まだお話が初めも初め、レイラが学園に入学して攻略対象のひとりである、アデイラの兄のリオネルと出会うところまでしか公開されてないからである。一応、大まかな着地点と攻略対象である男の子たちの出会い部分、それから登場人物くらいは脳内でできあがってたけど……。


 診察を終えたお医者様が帰られ、私は応接室でミゼアが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、ぼんやりと回想していた。


 正直、私は、今、盛大に、後悔している。


 どうして最後まで話を決めてなかった自分! こんなあやふやじゃ、どこに地雷があるかわかりゃしない!


 そう叫びたいのを、紅茶で喉の奥に流し、そっと嘆息を零した。


 まあ、仕方ないよね。脳内ダダ漏れ小説なんてプロみたいに詳細まで煮詰めないわけだし、そもそもプロットなんて高尚なものを作る頭なんてない。ある意味行き当たりばったりでやってたからなぁ……。

 なんとか過去の自分の首を絞めたい衝動を抑え、今自分が置かれてる現状を改めて考えることにした。


 聴覚を必死に研ぎ澄まして手に入れた情報は、私が今七歳の少女であること、やはりお話と同じリオネルが兄であること、それから王子であるクリストフ・ヴェラ・ガルニエが婚約者であること。

 これはどう転んでも覆る事のない事実らしい。

 ある意味、『恋繚乱』における私──アデイラ・マリカ・ドゥーガン――は、ろくでもないエンドになるのである。小説だからゲームみたいに分岐はないけど、それぞれのエンドを書くつもりだったのである。

 王子の場合は、さっくり断首。兄の場合は延々と孤島の修道院で神に祈りを捧げる毎日。

 まだ出会うかどうか不明だけど、他についても笑えない状況になるパターンばかりなのだ。

 ああ……、昔の自分を絞め殺したい。どうしてこんなバッドエンドばかりにした!


「お嬢様、本日も朝食はこちらで食べられますか?」


 レイの言葉にはっと我に返った途端、素直なお腹がきゅうと可愛らしく鳴く。自覚すると人ってお腹が鳴るようにできてるんだね。

 以前はずっと寝たきりで、運動らしい運動もしなかったし、病院食って正直味気なくて楽しむ感なんてなかったから、たかだか空腹という状況でさえも、妙に感動してしまう。

 これが健康な体なんだよなぁ……。


 とはいえ、レイがこうやって訊ねるって事は、普段は自室で摂ってるのかな。


「ううん。今日は食堂で摂ることにする」


 ふるふると首を振ってレイに返すと、緩やかにウエーブになった白金の髪が、ラベンダー色のリネンで包まれた胸元で揺れる。思い出してみれば、アデイラの容姿って華やかになるように設定していたはず。

 まだ鏡を見てないのと、幼少期の設定を考えてないから、果たして現時点の姿は分からないけど、美醜の心配はさほどしなくても問題ないだろう。

 そんな事を考えていると、不意にレイとミゼアの息を呑む様子が伝わり、私はなんだろうと顔を上げる。すると、二人はまるで珍事を目撃したかのように、驚愕に目を見張っていた。


 うぇ? な、なんでそんなに驚いてるの!?


 なにかアデリアらしくない言動でも取ったのだろうか。

 私は内心あたふたしながら、令嬢らしく首を傾げるにとどめた。本当なら、詰め寄りたいけど、確実に自分が創ったアデリアはそんな事はしないから、胸の内だけで暴れまくる事にしたのだ。……それはそれでどうなんだろうって話だけど。


「……なに? 何か言いたい事でもあるのかしら?」


 ちょっと居丈高に告げると、二人揃って「い、いえ!」と猛烈な勢いで首を振ってる。ブレた顔はいくら美人でも怖いし、その前に首がちぎれそうで怖いんだけど。

 アデイラがこの部屋以外で過ごす事がないのは、二人の態度で薄々感じてたけど、それにしてもこの驚きようは大げさじゃないか?


「で、では! 食堂の方に用意していただくよう、執事長にも申し上げてきますね!」


 レイは慌てふためきつつ、そう言って部屋を飛び出して行った。挙動不審すぎでしょ……。

 呆れた眼差しで見送りそっと溜息を零すと、空になったカップとソーサーをミゼアに渡した。


「準備してくれる……?」

「は、はい。かしこまりました」


 どもりながらもミゼアは隙なく着替えるための準備をしに、クローゼットへと静かに向かった。


「はぁ……」


 しん、と静寂が流れる中、落とした吐息が小さな波紋を作る。

 正直距離感がつかめず、肉体よりも精神の疲労が蓄積する。

 それは自分が創り出したキャラだというのに、私自身が振り回されてる気がするからだ。

 多分、私が創造した十七歳のアデイラという人物と私の知らない七歳のアデイラが繋がっていないせいもある。

 私が創ったアデイラという少女は、現国王の妹を母に持ったれっきとした高貴な身分である。

 そのせいか幼い頃から王子であるクリストフと必ず結ばれると信じているし、周囲の人間から愛されてると疑ってもいない、割と『イタイ子』だ。

 それ故に自分が中心として扱われないとすぐに癇癪を起こすし、ちょっとでも周りの目が他に向いちゃうと、注目された相手を執拗にいじめるし……。

 自分がそうなるように仕向けたんだけど、ぶっちゃけこんな子とは友人にもなりたくないし、近づきたくもない存在でもある。


「とはいえ、今その人物に転生しちゃったんだけどね……」



 私は虚ろな目を天井に向けて乾いた笑いを浮かべていた。



 転生。つまりは私がアデイラ・マリカ・ドゥーガンなのだ。

 まだ運命の日までは十年ほどあるし、今から頑張ったらバッドエンド回避できるんじゃなかろうか。ほら、他の異世界転生ものでもよくあるパターンだし!


 ほんのり下降ぎみだった気持ちが、上向きに修正されていると、ミゼアがドレスとアクセサリー等が入った箱を持って現れた。というか、あんな細い体であんな重い物をよく持ってこれるよねぇ……。

 半ば感心しながら椅子から立ち上がり、ミゼアに近づく。


「お嬢様。今日はお天気もよろしいようですし、こちらの薔薇色のドレスにしましたが、いかがでしょうか?」

「うん。それでいいよ」


 窺うようなミゼアの問いに、私は短に言葉を返す。だって、ドレスなんてどれがいいか分からないし。


 まだ子供だからかコルセットも着けず、コットンのレースいっぱいのドロワーズとキャミソールの上からふわふわのパニエを履き、被るように薔薇色の生地を纏う。

 昼用だからか、ドレスというよりワンピースって呼んだほうがしっくりくる。

 うっすらと光沢のある生地は絹なのかな。肌に優しく滑る感触が心地よい。

 襟とカフス部分は真っ白なレースが潤沢に使用され、ハイウエストで切り替えられたスカート部分は贅沢に生地が使われてるからか、少し動くだけでふんわりと広がる。裾から少し覗くパニエに縫い付けられたレースがチラ見えするのも、乙女心をくすぐってくる。

 つまりは、全部可愛い!

 それに、鏡に映った自分の姿が、その様相にとても似合ってたから、余計にテンション上がるよね。

 白金プラチナの髪に、菫色の瞳。白磁の肌に並ぶ眉は少しだけ気高さを感じさせるようなキリリとしたもので、菫の双眸を縁取る睫毛は隙間なく、しかも瞬きをすれば音がしそうなほど長い。ツンと上向きの鼻筋もまっすぐで、紅を差した訳でもないのに色づく唇はぷっくりプルプル。

 ……はい。完全武装の悪役令嬢(予定)は、言葉にならないほどの美少女でした。


 しかし、これが将来ああなるなんて……。いや! そんな未来は断固として阻止してみせる! でなきゃ、私の未来がなくなる!


 一瞬バッドエンドの闇が覆いそうになるのを気合で撥ね退け、私は来るであろう未来を変えるべく決意したのだった。

2018.1.17 設定の一部を変更した為、内容を修正しました。

前国王の妹が祖母→現国王の妹が母

2018.6.20 物語の設定を一部変更しました。ややこしいとご指摘を受けた為

ヒロインが前世で書いてた小説が、別の乙女ゲームの転生物語→ヒロインが書いていた小説

2019/12/4 誤字修正(報告いただいたもので調べて問題ないものについては修正していません)


誤字脱字などのお知らせを戴けると助かります!

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