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自作小説の悪役令嬢に転生したのですが、どうしたらいいのでしょうか?  作者: 藍沢真啓
転生先は自作小説の世界でした

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キッシュにこだわる理由

松の内も大幅に過ぎ一月も中旬となってしまいましたが、本年も当作品をご愛顧いただきますよう、お願いいたします。

 それは他者から見れば、よくあるすれ違いの物語。


 出会った当時十歳だった母は、今まで近くにご機嫌を窺う男達とは違い、王女である母にはっきりと物を言い、粗雑に扱われるのも彼女にとっては新鮮に映ったのだろう。

 何度か現在の王と一緒に父と顔を合わせる内に、それは次第に恋に変わっていったのも、普通なら頷ける。私は多分何とも思わないけど。

 と、まあ。身分違いが壁として立ちはだかるかもしれないけど、母は王女だったから、父が功績を上げれば降嫁という形にする可能性だってある。

 だからこそ、現実に母は父の元へ嫁いだ訳だしね。

 そんなお父さまと同じ時間を過ごして知った彼の好みというのが、キッシュだったそうだ。


 それなのに、どうしてこうもお互いすれ違いになったかというと、話を聞くに、お母さまは王女としてのプライドが捨てきれなかったのと、お父さまは身分の低い自分が王女を妻として落としてしまった後悔みたいなものがあるんじゃなかろうか、と推測。

 ちなみに、私の物語では既に二人は鬼籍の人だったので、こんなに複雑な背景だったというのは、今初めて知ったのである。


(つまりは、無理心中の原因って、すれ違いのこじらせなんて……!)


 がっくり落ち込みたいのを、かろうじて目を伏せるにとどめた私偉い!


 正直さ、自分で考えた設定だけど、現実にアデイラとして生きていく以上、バッドエンド回避の為には、両親にもこれからも生きてもらいたいし、あわよくばこじれた糸をほどいて仲良くなって欲しい。


(うーん、餅つき大会だけじゃあ、ちょっとそこまで行くのは厳しいのかも)


 目を閉じたまま頬に手を充てながら思案してみたんだけど、どうにも考えがまとまらない。


「アデイラ?」


 ふと、サラリと前髪がそっと払われ額にひんやりとした何かが触れる。


「え?」

「急に黙ってどうしたの? こんな時間に起きてるから、眠くなっちゃったのかしら」


 目を開けてみると、とても近い距離にふんわり微笑む母の姿が飛び込んでくる。


「オカアサマガヤサシイ……」


 思わずカタコトで呟いたら、ハッと我に返ったお母さまが弾かれたように離れてしまった。


 だってさ、考えてみてよ。

 私がアデイラとして転生してからというもの、一度たりとも交流らしい交流がなかったのを考えるに、これまでも放置されてたと思われる相手から、急に優しい言葉なんて掛けられようものなら、挙動不審になってもおかしくないんじゃない?


「……そうよね。急に母親らしくされても困るわよね……」


 私の言葉にしょんぼり綺麗な顔を曇らせるお母さま。


「い、いえ! 急にだったので、びっくりしただけですわ!」


 体は子供だけど、中身は三十路手前プラス、アデイラの年齢だもんね! 気遣い出来る子なんです、私!

 一瞬、某眼鏡っ子探偵が浮かんだが、気にしない気にしない。

 空気は読めるのですよ、私。


 そんな時、ふわりと香ばしい香りが漂い出す。


「そろそろ焼きあがりそうですね」

「本当?」


 私はミトンを手にはめ、そそくさと魔石オーブンへと向かう。

 ちなみに、敵前逃亡ではございません。戦略的撤退です! ええ。


(あ、そうだ)


 ふと、思いついて後ろを振り向く。


「お母さま、申し訳ありませんが、お湯を沸かしていただいてもよろしいでしょうか。せっかくですから、お茶も淹れちゃいましょう!」


 提案に「ええ、いいわよ」とお母さまはふんわりと微笑み、コンロ的な場所に向かったのだけど……。


「えーと、薬缶はどこかしら……」

「……」

「あ、あった。次はお水ね……んー、こんなものかしら」

「……」

「……、火の魔石は……えーと……」


 今、私の胸の内に湧き上がるこの気持ちを叫んでもいいだろうか。


 お母さま、か わ い い !!


 なんなの、なんなの! このちょこまかと動く小動物的母!

 わーん! 頭なでなでして、愛でたいぞ!! ……って、いかんいかん。冷静になれ私。


 何度か秘密の特訓をしていたようで、もたつきながらもお湯を沸かしてる間にポットやカップの準備をしつつ、茶葉を持ってくる母は、どこか少女めいていて、もし私が転生する前の年齢だったらとても微笑ましく、友人になりたいな、とさえ思った。

 状況は親子ですけどね。ええ、何か?

 対照的なリア充と非リア充の差を見せつけられ、へこみたい気持ちを何とか上方へと持ち上げ、オーブンの扉を開く。


「ふわぁ……」


 香ばしい匂いが蒸気と共に鼻腔を襲う。一度焼いたから少し狐色を越して薄茶色になってるけど、これだけ焼き締めれば生焼けの心配はないでしょう。

 火傷に気をつけながら、こわごわと木製のトレイにキッシュのアレンジバージョンを移し、中心にそっとナイフを当てると外へと静かに下ろす。ザクとパイにしては硬い抵抗を手に感じる。


(多分、パイの層を作ってる間にバターが溶けちゃったんだろうな)


 それなら、冷蔵室で作業すれば問題ないか、と次に向けての改善点を考えつつ、切り分けたキッシュをお皿に乗せフォークを添えてから、お母さまへと渡す。


「はい、お母さま。食べましょうか」

「ええ、そうね」


 温かな紅茶とキッシュの湯気に心も暖かくなりながら、初めて食べる母の味を堪能したのであった。

 え? 感想? まだ花丸というには程遠いですね!




「ずるい。アデイラずるい」


 翌日、お茶の時間を使って、餅つき大会の打ち合わせに訪れた私は、昨夜起こった出来事を話た途端、リオネル兄さまは不機嫌を顔全体に浮かべ、しきりに「ずるい」を連発する。


「そんなこと言われても……」


 唇を尖らせながら反論するものの、あんまり言い続けるとどんな仕返しが来るか分からないため、厨房の人が作ってくれたマドレーヌを食みつつ妥協を口にする。

 あ、このマドレーヌ美味しい。有塩バター使ってるのか、コクが深いよ。


「でしたら、お兄さまも参加されますか?」

「え?」

「ちゃんと自分で起きて、お手伝いをしていただきますけどね」

「心配しなくても僕はちゃんとできるくらい優秀だからね!」


 胸を反らして自信満々におっしゃってましたが、結局、約束の時間になっても姿を見せなかったので、仕方なくお迎えに行った私なのでした。


 兄さま、有言実行お願いしますよ……。

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