禍津猪
「道影君。先程も言いましたが、ここは任せましたよ」
そう言ってツラナギ達は南の方角へ向かっていった。
「お二人とも!!」
セレスさんの呼び掛けは途中で遮られ、猪の群れがより一層厚みを増した。
「仕方ない!」
そう言って兵達にこちらへ誘導するように指示を出した。どうやら纏めて叩く作戦らしい。
その作戦は通常の群れなら問題無く機能したのだろう。しかし、今は禍が後ろに存在し逃げるのに必死な獣相手には有効では無かった。そして守りが薄くなった層目掛けて一直線に猪達が突進してきた。
「まずい!」
薄くなった層はあっという間に崩れ馬車への接近を許してしまった。
一方ツラナギ達は驚愕していた。
それもそのはず。何せその禍は巨大であると同時に、骨で全身を覆っていて顔が二つ付いている。片方は猪、もう片方は人の顔。その見た目はこの世の物とは思えぬ異形な姿をしていた。
「なんですか、これは・・・」
「私にも分からん。だが、これほどの禍を浴びてしまっていては見過ごせまい」
最初に発見したシナツヒコにも分からなかったらしい。どうやら一匹の猪が突如、禍を纏い今の姿になったとの事。
「つまりあれだな。俺たちにも牙を向いてきやがったって事か」
通常なら、禍はどんどん蓄積していきやがて以前のファイアエイプの様になるのだ。今回の様に突然として禍を纏う、なんて事はありえない。故に考えられる可能性は一つしか無い。
「とうとう私達にも気付きましたか」
黄泉の国の力によって突如変貌を遂げた。それがこの猪だ。
そしてその目的は一つ。邪魔するものを排除すること。
「各自配置に付き様子を見ることにしましょう」
「「了解!」」
そう言って三人は三角形を描くように陣を取った。これで浄化の準備が整った。だが、直ぐには浄化せず様子見をすることにした。相手が黄泉の国の力となると逆に利用されてしまう恐れがあるからだ。
伊邪那美命。元は伊邪那美命と対をなす神であり、ほぼ全ての神の母親と言ってもいい程の神だ。だが、ヒノカグツチを生んだと同時に黄泉の国へと召されてしまい生を終えてしまった。
イザナミが死に、悲しんだイザナギが最後に生んだヒノカグツチを殺め黄泉の国へ趣きイザナミを連れ戻そうとしたが、黄泉の国の果実を食べてしまったイザナミは完全な黄泉の国の住人となってしまった。
生きているイザナギは死した国の住人となったイザナミの姿に恐れ逃げ出してしまい、その行動に憤怒したイザナミは、自分が生み落とした者、そしてイザナギの子孫全ての者に「死」と言う黄泉の国の呪いを掛けた。
呪いの力は他にもあり、その一つが今目の前で起こっている出来事だ。そしておそらく神であった時の記憶を頼りに、祓いへの対抗策も興じる可能性もあった。
禍津猪は知能があるのか、浄化する陣を取った時に黒い瘴気を身に纏い防御の耐性に入っていた。
「・・・」
ツラナギは黙ったまま猪を観察していた。そして、違和感を覚えた事があった。
「シナツヒコ。貴方、猪を呼ぶ時に神力を使いましたか?」
「この世界の魔法なら使用したが・・・それが理由か?」
「いえ何故このタイミングで、しかも神力を使わなかったのに私達に気付けたのだろうと思いましてね」
「そりゃ、前に一度俺が使ったからだろうよ。それでマークされたんじゃねぇか?」
タケミカヅチが言った一度とは、神堂の刀を作った時の事を言っている。しかし、それなら何故今のタイミングなのかが説明が付かない。
「考えても仕方ありませんね。どうやらこちらの祓いが利用されるという事は無さそうなので、このまま祓う事にしましょうか」
そう言うや否やタケミカヅチが一気に猪の胴体に雷を浴びせた。次いでシナツヒコが懐に潜り込み四本の足を切断し、その場を離脱し元の位置へと戻っていった。
短い時間だったがツラナギには充分な時間を与えてしまった猪は、黒い瘴気を放ち再生よりも防御に転じた。
「吐普加身依身多女寒言神尊利根陀見波羅伊玉意喜餘目出玉」
五芒星が猪全体に展開し、浄化を開始した。人の顔が苦しみ出し、黒い瘴気を口から吐き出しツラナギに当てようとするも五芒星の陣によって防がれてしまう。
「三種大祓!」
その言の葉によって光は強くなり、黒い瘴気は無くなり残るは異形の猪のみとなった。だが、その異形の猪は手強くツラナギの祓いに何とか抗い術式の外へと出ていってしまった。
「流石、黄泉の国の力を持っているだけのことはありますね」
「感心してる暇があるなら次の準備をしろ!」
タケミカヅチとシナツヒコが足止めをしている間に再び浄化の体勢に入った。そして、祝詞を唱え今度こそ猪は身動きが取れなくなり祓うことが出来た。
「全く・・・手こずらせやがって」
「それよりも神堂達が心配だ。私はひと足早く彼らの元に戻っているぞ」
そう言ってシナツヒコは神堂の所へと戻っていった。
「よし、じゃあ俺たちも戻るとするか」
「いえ、私達はこの猪を調べることにしましょう。もしかしたら何か分かるかも知れない」
そう言って猪に近づいたツラナギだが、危険を察知してその場を離れた。そこには黒い瘴気が地面に蔓延っていた。
「浄化したはずなんですがねぇ・・・」
「面倒だから雷落とすぞ!」
「ではお願いします」
ツラナギの返答を聞き黒い瘴気の、特に濃い箇所へと雷を落とした。これで完全に無くなった。
「お疲れ様です。タケミカヅチ・・・それでは今度こそ戻りましょうか」
「そうだな。あっちはどうなってるのか気になるしな」
馬車への接近を許してしまったが、寸での所で自分はエス・ミイネを展開した。馬車への被害は無く猪の群れは爆風に巻き込まれ一層された。
「危ない危ない」
馬車に被害が無いことを確認し、猪が後どれ位いるのか確認した。
ざっと数えて十数体。これなら護衛兵達だけでも対処可能だろう。そう思いセレスさんにこの場を任せ、馬車にいるレンさんの元へ向かった。
レンさんはまだ瞑想中の様で目を閉じている。
「レンさ~ん」
その言葉に反応して目を開けた。
「あ、神堂さん!外で何かあったんですか?」
どうやらずっと瞑想していた事で外でなにが起こったか分からないらしいので、掻い摘んで説明した。
「そうだったんですか・・・」
そう言ってレンさんはしょんぼりしてしまった。理由は特訓の成果を確かめたかったかららしい。
「それで、禍の方はどうなったんですか?」
「ツラナギさん達が対処に向かったんですが・・・遅いですね」
「確かに・・・もしかしたら何かあったのかも!」
その事は自分も気にかかっていたが、彼らに万が一という事は無いだろうと思っていた。禍が少し多いものと戦っていたのだろうと思っていたからだ。
「その心配はいらないと思いますよ?それよりもまだ外で戦っているので加戦してきたらどうです?」
「・・・それもそうですね。では交代と言うことで神堂さんはここで待っていてくれます?」
彼らの強さを思い出したのか納得した。
「ふぅ・・・」
レンさんの火属性魔法は範囲攻撃が多いものとなっており、十数頭とは言え一瞬で終わらせてしまった。その一瞬が信じられないと言うように護衛兵達は唖然としていた。セレスさんだけを除いて。
「あ~・・・私も範囲攻撃が出来たらなぁ」
落ち込んでいるというよりは羨ましそうにレンさんを見ていた。
「セレスさんはダブルブレイクなんてもん持ってるし良いじゃないですか」
「ですが護衛兵の身としては対集団戦において範囲攻撃の一つや二つ欲しい所なんですよ・・・」
先の戦いを見ていたが、どうやらセレスさん自身はダブルブレイクで取得できる魔法以外を使えないらしい。
「因みにダブルブレイクで覚えてる技ってなんですか?」
「えっと・・・それはその・・・」
急に歯切れが悪くなってしまった。もしかして初級魔法しか使えないのだろうか。
「・・・お察しかと思いますが私、初級魔法しか放てないんです」
やっぱり。先程から初級魔法しか使わなかったのでは無く、使えなかったのか。
「ですが、ダブルブレイクなんて奥義を扱えるって事は魔力はかなり多いと思います」
レンさんの言う通り、ダブルブレイクを使えるということはかなりの魔力量があるはず。だが、初級魔法しか使えないとなると魔力の質の問題だろう。
そう考えている時、シナツヒコが戻ってきた。
「どうやら無駄な心配だったらしいな」
「シナツヒコさん、無事だったんですね!」
「ああ、私達なら問題ないぞ。それより想定外だな・・・」
猪の事だろうか。辺りを見回したシナツヒコが祝詞を唱えた。
「極めて汚も滞無れば穢とはあらじ。内外の玉垣清淨と申す。一切成就祓」
何故このタイミングで祝詞を唱えたのか。それを確認するために辺りを見回した神堂とレンは驚いた。
「嘘でしょ!?」
猪の数匹を除いて全て黒い瘴気を放ち霧散していった。
「まさか、殆どが禍だったなんて・・・」
自分たち以外にも、護衛兵たちも困惑していた。
「一体なんなんだ!?」
「黒い何かが出たと思ったら死骸が消えたぞ!」
各々、この状況に付いてこれず困惑していた。だが、セレスさんだけは冷静に状況を分析していた。
「シナツヒコ様、今のは一体・・・」
「今のは各国を騒がせている不老不死の生物のせいだ」
「ですが、不老不死の生物など・・・まさか貴方様方が!」
察しの良いセレスさんだ。シナツヒコの一言だけで状況を理解したらしい。
その時、タケミカヅチとツラナギも戻ってきた。
「これまた酷い状況でしたね」
「遠目で見ていたがほぼ全てじゃねえか」
二人は辺りを見回しながら感想を述べた。そしてツラナギはあることに気付いた。
「ところで・・・セレスさんでしたか?」
「なんでありましょうか!」
「貴方・・・もしかして猪を倒しましたか?」
質問の意図が分からなかったようで首を傾げながらも、こちらで起きた出来事を報告した。
「なるほど・・・」
そう頷きながらシナツヒコとタケミカヅチに馬車の近くで相談していった。話を聞いた二人の顔が一瞬驚き、そして何やらニヤついた。これまた面倒な事になりそうだと思いながらも彼らの様子を伺っていた。
三人が相談をしている間に、セレスさんは護衛兵達と今後の対策を練っていった。
ツラナギ達の話が終わったのか、こちらへ向き直り自分たちに提案した。
「セレスさんの事なのですが・・・私達の旅のお供にしませんか?」
「えぇ・・・」
「嫌なのですか?」
何を話してたかと思えば、セレスさんを仲間に加えようと言い出してきた。流石に一般の、しかも国の護衛兵を引っこ抜くのはどうかと思う。
「大丈夫、鍛錬すれば役に立ちますから。それに・・・」
そう言って彼が、この世界出身で一人目の祓いを出来る人物だという事を説明された。それに驚いたのは自分だけではなく、隣りにいたレンさんもだった。
「ツラナギさん・・・冗談ですよね・・・?」
若干引きつった笑みで問いかけたが、本人は真面目な顔をして否と告げた。
「いえ、これは本気で考えています。なんせ禍の末端といってもいい位の敵を倒したのですから」
「だったら、私だって倒しましたよ!」
「ええ分かっています。魔力の残滓を感じれば直ぐに分かりましたよ・・・」
そして一泊置き、こう切り出した。
「貴方には見込みがある。そう思ったからこそ連れてきたのですから。そしてこれからは、見込みがある者には誘いを掛ける事にしました」
「ですが彼らは無関係では?」
自分が疑問に思ったことを口にしたが、タケミカヅチに呆られてしまった。
「お前・・・まだ事の重大さに気付いてないのか」
「いや、勿論分かっていますよ。自分が言いたいのは命の保証がどこにもないって事で」
「神堂さん・・・この世界が黄泉の国に進行されているのですから、命の保証なんて何処にも無いですよ」
言葉足らずを補おうとしたが、逆にレンさんにも呆られてしまった。
「確かにそうですけど・・・なら、各国に配備して黄泉の国の刺客を食い止めてもらうのはどうですか?」
「その案は良い。と、言いたいところだが・・・逆に聞くぞ。私達が刺客を食い止められる様になるまで、その国に滞在する事になるが良いのか?」
その質問には否と答えた。そんな事を毎回していたら相手の進行がどんどん進んでいく事になる。
「だからこそ、私達と行動を共にし鍛錬しながら進んで行くのが良いのですよ」
「なるほど。ですが、そう簡単に護衛隊から抜くことが出来るんですかね?」
「そこはお前さんが何とかするんだよ」
「えぇ・・・」
出会った頃から思っていたが、この神様達は無茶を平然と言ってくる。それが、信頼しているからと言われては断り辛くなり苦しめているのには気付いているのだろうか・・・
「何。竜殺しと死神の称号を持つ君には、私達が言うより聞く耳を持つだろう」
そう言って、シナツヒコは猪を担ぎ上げた。
「レン。君は猪を食べるのは初めてだったか?」
「調理されたのは食べたことはありますけど、その状態からは初めてですね」
流石に皮を剥ぎ内蔵を取り出す事は見たことがないだろう。自分もこの世界に来て初めて見た事なのだから。
「女性二人で話し込んでしまったので、私達だけで対策を練りましょうか」
そう言って、自分、ツラナギ、タケミカヅチ、セレスさんの四人で話すことになった。話している間に他の護衛兵達は一応周囲の警戒を行ってもらった。
「では、セレスさん。単刀直入に聞きますが、我々と行動を共にしませんか?」
「自分が・・・でありますか・・・?」
先程の話を聞いていなかったセレスさんはキョトンとした目でこちらを見た。
「自分達はこれから先、ある場所に向かうんですが戦力不足でして・・・セレスさんに協力してもらえたらなと思うんですよ」
その言葉を聞いて意気揚々としたセレスさんだが、直ぐにシュンとなってしまった。
「ありがたい事なのですが・・・神堂様には申しましたが、自分は初級魔法しか使えず何の称号もない自分が戦力になるとはとても思えないのであります・・・」
「そこは私達に任せてくれて構いませんよ」
「ですが竜殺しと死神、どちらの称号を持っている神堂様御一行に付いていける自信も無く、どんな鍛錬をしても初級魔法しか扱えない自分が役に立つとは到底思えないのであります」
「大丈夫。貴方が初級魔法しか扱えない事に関しては我々に任せてください。何せ道影君を育て上げたのは私達なのですから」
「本当でありますか!?」
急に大声を上げたから護衛兵達がこちらを振り返った。だが、何事もない事を確認した兵達は辺りの警戒を続けた。
「ふむ・・・統率力は優れていますね」
「はい!なにせ我れらが国自慢の優秀な部隊長を募られた部隊ですので!」
「それを指揮出来るお前さんには一定の評価があるって事だ。自分に自信を持って、俺らと一緒に来い」
「ですが、自分には国を守るという勤めがありますので・・・」
その言葉を聞いてツラナギはこちらを見て頷いた。どうやらセレスさんを仲間にするには話したほうが良いと判断したのだろう。
「セレスさん。実は・・・」
黄泉の国と言う国の進行により不老不死の生物が湧き出て来たこと。自分たちにはそれらを倒せること。そして、黄泉の国へと趣き進行を阻止することを話した。
「そんな国、一度も聞いたことないであります」
「「だってあの世だから」」
「へ?」
口を揃えて言った言葉通りの場所だが、セレスさんは冗談だと捉えてしまった。
「すみません。先程頭を打たれたりしたことは」
「二人の言うことは冗談ですよ。自分たちの国の冗談はこんな風に唐突に言ったりするんですよ」
流石に黄泉の国があの世の事とは言っても誰も信じてくれないだろうから、すかさずフォローに回った。
「な、なんだ。お二人とも急におかしくなったのかと思ったのであります」
そうセレスさんはクスクスと笑いながら耳打ちをしてきた。
「神堂様。先程の育て上げたと言う話も・・・」
「あ。それは本当です」
その事を聞いたセレスさんは耳打ちを止め落胆した。
「そ、そうでありますか・・・ですが無名の方に育て上げられたと言うのは、ちょっと信じられないのであります」
「まぁ、竜なんて滅多に来ないですからね。それに死神も新しく出来たばかりですし」
「確かにその通りであります。無名の親から大出世した貴族も昔はいたと聞いたことがありますし、神堂様もきっとそうなのでありましょう」
そう言って何とか納得をしてもらい一安心した。
「それよりも、先の黄泉の国とは何処にあるのでありますか?」
「遥か東の最果ての島。自分たちの国ではその最果ての島国を、黄泉の国と読んでいます」
まぁこれは嘘なのだが、東にあることは間違いないらしいので適当にホラを吹いた。
「本当でありますか・・・?」
「信じるかはセレスさん次第ですが・・・」
「う~ん・・・」
そう言ってセレスさんは唸ってしまった。
「まぁカーガル国に少し厄介になるんで、その間に決めてくれれば良いですよ」
そう言って自分は皮を剥ぐ準備をした。




