ポウン
「おかえりなさいませ旦那様」
「ただいま。フェリックスさん」
出迎えてくれたのはフェリックスさんだ。いつもはソフィアさんが出迎えてくれるのだが、今は来客が来ているらしくそちらに対応しているそうだ。
「ツラナギさん達も客間に?」
「左様でございます」
そう言って、自分に会いたいと言う客人が待つ部屋へ案内された。もしかしてローガンさんが言っていたカーガル国の使いだろうか。
「やぁ道影!体調は大丈夫そうでなりよりだよ」
「アルか。この前は迷惑掛けて悪かったね」
そう言いながら近づき握手を交わした。
「そんな事は無いよ。あの時君がファイアエイプを倒してくれなかったら、今頃被害は拡大していたところだったよ」
「まぁあの一件以来、禍を纏ったやつが出てこなくてよかったよ」
アルとソフィアさんレンさんには、禍の事を大雑把に話してある。
「けど、カーガル国でそういった情報が出てきているんだよ」
「それは聞いたよ。それでこっちに使いの人が来るらしいぞ」
「え!そんな情報どこで知ったの?」
「ローガンさんって人から教えてもらったんだよ」
「えっ!?ローガンって竜殺しの!?」
ローガンさんは竜殺しの異名で呼ばれるほど強く有名な人物だ。自分とは違い、手負いのドラゴンではなく街に被害をもたらした竜を一人で討伐したらしい。その竜を倒したことで一気に名が広まったのだ。
「そのローガンさんの情報だから間違いないと思うよ」
そう言ってフェリックスさんが紅茶を用意してくれた。
「そう言えばアル、ソフィアさんがいないけどどうしたの?」
「ああ、彼女なら厨房で試作のお菓子を作ってる最中だよ」
どうやらソフィアさんは、旅人から聞いたお菓子をアルに試食してもらおうと厨房に行っているらしい。
「それで、今はツラナギさん達に戦闘の心得を教えてもらってたんだよ」
「教えてもらわなくてもアルは強いだろ?」
「それがさ・・・ツラナギさん達にボロ負けしちゃってさ・・・」
そうションボリとしたアルを見て、ツラナギ達が容赦なく倒したことが頭に浮かんだ。
「ツラナギさん達・・・少しは加減してあげたらどうです?」
「おやおや、てっきり無視されてるのかと思いましたが」
そう冗談めいて言った彼らは、三人で談笑しあっていた。
「かなり加減したんだがな」
「独学にしちゃよくやったほうだぞ、こいつは」
タケミカヅチなりに褒めているのだろうが、その言葉に嬉しさを感じられないとアルは雰囲気で語っていた。
「まさか一撃も届かないなんて・・・ちょっと浮かれてたんだな・・・」
「いや、彼らは例外だから気にするな」
そうフォローしたが負けん気が強いアルは急に挑戦を申し出てきた。
「君はツラナギさん達に鍛錬してもらってるそうだね。もし良かったら私と戦ってくれないか?」
ツラナギ達に勝てなくても、自分となら良い勝負が出来ると思ったのだろう。
「別にいいけど・・・武器はどうするのさ?」
アルの武器は見たところ無いがどうしたのだろうか。
「ああ。こいつの持っていた武器なら俺が取り上げたぞ」
「何でですか?」
「こいつの持っていた武器は魔剣だったからな。勝負して負けたら没収って約束をした」
「アル・・・」
「道影!君に勝てたら、あの剣を返してもらえないか?」
その魔剣がどういった代償なのか説明されてないが、彼に渡してはならない代物だから断ろうと思った。
「アル。魔剣ってのは常に代償が付き纏うものだ。それでも欲しいのかい?」
「例え命に代えても、守るために私は魔剣を扱うよ」
その表情は真剣そのものだった。だが自己犠牲を良しとするのは頂けない。
「こいつに勝てたなら、この剣は返してやるぜ」
そう言ってタケミカヅチが勝手に挑戦を受けた。
「なんでタケミカヅチさんが言うんですか!」
「あん?お前さんはこいつの真剣さが分からないのか?」
「いや、真剣なのは分かりますけど・・・アルが心配じゃないんですか?」
「お前さんが勝てばいいだけだろ。そら、さっさと中庭に移動するぜ」
そう言って強引に中庭に移動させられた。
審判はフェリックスさんだ。三神は中庭にある椅子で紅茶を啜って見ている。
「ルールは、相手が降参するか気絶するかのどちらかです。魔法の使用は可。武器は剣と己の体のみです。良いですね?」
「はい!」
元気なアルとは対照に憂鬱気味な自分は勝つことだけを考えた。ここで怪我をさせてでも魔剣は渡してはならない。
「道影君も良いですね?」
「大丈夫です」
「それでは・・・始め!」
その言葉と同時に突っ込んで来たアルは、突きを出した。
それをイグニッションで避け爆破魔法センティニアルを放った。この技は発射速度がそこそこあり、威力もリトルボムより上だ。それを連続発射しつつ下がり距離を取った。
因みにだが、自分の魔法は初級魔法を除いて全て銃の形を模している。それが何故なのか理由は分からないが、まぁ今はどうだって良い。
「卑怯とは言わないが・・・もっと攻めてきても良いのだぞ?」
そう言ってお互いに距離を取り、相手の出方を窺った。
「じゃあ・・・遠慮なくいかせてもらうよ!」
そう言って先に動いたのは自分だ。大剣を大振りに振り上げた。
「甘い!」
その隙きを突いて横薙ぎを出そうとしたが、それよりも先に振り上げた剣がアルの肩を捉えた。そしてそれを寸でのところで止めた。
「今ので終わりだ」
「・・・確かにね。今のは私の負けだ」
そう言ってあっさりと負けを認めた。
「けど、どうしてあんな大振りだったのに速かったんだい?」
「簡単な事だよ。イグニッションを剣先に使っただけだよ」
「?」
よく分からないと言う風に唸っているとタケミカヅチが近づいてきた。
「ほらよ」
そう言って魔剣を差し出した。
「何渡そうとしてるんですか!?」
「ああ?ああ・・・こいつは魔剣じゃねえぜ」
そう言って魔力を込めたが何も起きなかった。
「・・・どういうことです?」
「こいつとお前さんの実力差を測っただけだ」
「まどろっこしいやり方をしますね・・・」
「けど、神堂の実力がほんの少しだけ分かってよかったよ」
「これからまだまだ強くならなくちゃいけないんだよ」
「充分だと思うけどね」
アルはこれでも強いと言うが、禍を祓う為にはもっと強くなくちゃいけない。自分の為でもあり、レンさんの為でもある。そして、元居た世界のために。以前、帰れるかもしれないと言われたが、最悪帰れなくとも家族がいるから守りたい。
その想いを決意に変え、より一層鍛錬に励むようにしようと思う。
「お部屋にいないと思ったらここにいましたか」
そう言ってソフィアさんがやってきた。どうやらお菓子作りは成功したらしく、先に客室で待っているとの事。
「あまり待たせると悪いし、直ぐに向かおうか」
「そうだね。ソフィアが作ったお菓子かぁ・・・」
どうやら相当気になっていたようだ。もしかして、そのせいで集中力が散漫で特攻を仕掛けてきたのではないだろうか。まぁ終わってしまったものは仕方ない。また戦う事を約束し客室へ戻っていった。
そのお菓子は見覚えのあるものだった。山の様になっていて、つるんとした舌触りのあれ・・・プリンだ。
「作っていたお菓子とはプリンのことでしたか」
「プリン?これはポウンと聞きましたが・・・」
「ああ。自分たちが居た国だと、プリンって名前だったんですよ」
「なるほど・・・では、ポウンではなくプリンと呼べばよろしいですか?」
「いや、わざわざ変えなくても良い。ただ、私達はプリンと呼んでいるだけだ」
「まぁ名前なんか国一つ越えたら変わるもんだからな。気にせず好きなように呼べば良いんだよ」
そう言って自分たちはプリン、ではなくポウンを食べることにした。
「「「「これは・・・」」」」
自分たち日本出身の人物以外は平気で食べていた。どうやらこういうものと認識しているようだ。
食が進まない自分たちを見てソフィアさんは心配そうに聞いてきた。
「もしかして・・・失敗しましたか?」
「・・・」
「プリンという認識をあらためなければなりませんね・・・これはポウンと言う食べ物ですよ、ええ」
「作ってもらってなんだが・・・プリンではないな」
「何で辛いんだよ!」
それぞれ、プリンという認識で食べたので味覚がおかしくなった。
「申し訳ありません!一から勉強してまいります」
自分たちの不満を聞いて深々とお辞儀をした。
「ソフィアさんは悪くないですよ。多分こういう食べ物なんだろうし」
「ソフィア殿は悪くないぞ・・・ああ、悪くない」
「私達の認識が悪かっただけですので、頭を上げて下さい」
「ま、まぁこれはこれで悪くないんじゃないか・・・」
各々フォローをしたのだが、それが更に傷を抉ることになった。
「私は美味しいと思うよ」
ナイスフォローと心の中で思った。恋人であるアルにそう言ってもらえば気を取り戻すことに違いない。
「ありがとうアル・・・」
全然駄目だった・・・
ポウンを何とか食べ、その日の夕食を終えた自分たちは四人で話し合っていた。アルとソフィアさんには席を外してもらっている。別に隠すことじゃないが、この問題は自分たちで解決することだ。
「近頃カーガル国の使いの者がやってくるそうですが、どうします?」
最近になってカーガル国に不死の魔獣が出るようになっているらしい。しかも人も不死になり凶暴化しているとの情報も入っている。そんな状況を無視できるわけではないが、大本を絶たないと意味がない。
「確かに、危険にはなりますが・・・」
「断るのが良いだろう。道影もまだまだ修行不足だしな」
「スサノオを探し出して、黄泉の国の事情を解決すれば消えるんじゃねえか?」
タケミカヅチの言う通り、この件にはスサノオを探し出してから取り掛かったほうが良さそうだ。だが、禍は周囲を巻き込みどんどん勢力を拡大していく訳で、放っておくのは心配ではある。
「自分としては何とか被害を食い止めたいんですけど、それだと虱潰しですし・・・」
「道影君の言いたいことは分かります。ですが今の我々はスサノオを探し出す事が先決です」
「だが、禍を祓わなければ拡大する一方なのは確実だ」
「しかもこいつの鍛錬も必要となってくるしな・・・」
「「「「・・・」」」」
暫しの沈黙の後、それを破ったのはシナツヒコだ。
「よし、ジャンケンで決めよう」
「「賛成」」
自分を除いた二人が賛成した。が、それで良いのか納得がいかず聞いてみた。
「もしかして・・・高天原でもこんな感じだったんですか?」
「そうですね・・・似た感じではありますよ」
「祈りは込めるが基本、成るように成るって感じだからな」
そう言って自分とツラナギがジャンケンをすることになった。自分が勝てばカーガル国の禍を排除し、ツラナギが勝てばカーガル国は後回しにすることになった。
「それじゃあ、いきますよ」
「はい」
「「じゃん、けん、ぽい!」」
勝ったのは自分。なので、カーガル国の禍を祓う事になった。この祓いはツラナギ達も手伝ってくれるという。
「それでは、禍を祓いながら東へ進むという事で良いですね?」
「私は構わん」
「異論はねえぜ」
「それじゃあ、決まりということで」
そう言ってアル達のいる客間へ戻ってみたのだが、何だかいい雰囲気だったので二人だけにしておいた。
使いの者が来るまで祝詞の鍛錬をし、2日経った日の事。カーガル国の使いというものが王宮に現れ、自分たちを指名してきた。
トロヴァ王子は初代トロヴァ王の姿に変えている。ツラナギ達曰く、子供が当代だと外交に不憫だと言うことで初代が生きていると言うことにしてあるらしい。
そのトロヴァ王子にも死神の異名で呼ばれてしまっている。因みにカーガル国では根付いていない。まだ、真新しいからだ。
「死神とは・・・素敵な名前を貰いましたねぇ」
そう言ってニヤニヤ笑っているツラナギ達を除いて、他の皆は至って真面目に言っているのだ。
「トロヴァ王。その名前で呼ばれるのは嫌なんですが・・・」
「何。不死の生物を倒したのだ。これを死神と呼ばずして何と呼ぼう」
と、断っても言われ続けるので死神を否定するのを諦めた。それをやはりニヤニヤして笑う三人に対し、使いの者は不思議に思っていた。
「この少年が・・・失礼ですが本当でございますか?」
「うむ。間違いないぞ」
自分は見ていないのに自信有りげに言うって事は、ツラナギ達の弟子だから出来ると思っているのか。確かにツラナギ達のおかげで出来ているんだが・・・
「・・・では、こちらにピッグマンの首があります。これも不死の生物になりまして、これを殺して見せてください」
そう言って、後ろで待機していた者が蓋を開けて見せてきた。首だけ見ればただの豚だ。生首だけで動いているのは気持ち悪いが。
「道影君。この二日間の出来事を思い出して、拳のみで試してみて下さい」
そう言って試練を課してきた。この二日間、自分は祝詞の制御を試みていたので丁度良い機会だ。
ピッグマンの首を前にして、祝詞を唱え始めた。
「極めて汚きも滞無れば穢とはあらじ。内外の玉垣清淨と申す」
唱えると不気味なうめき声を発し黒い瘴気が湧いて出てきた。
「一切成就祓」
その言葉で自分の右手に円の中に五芒星が描かれた術式が展開された。そしてそのまま、首に向かって殴った。
すると、首は瘴気を一層解き放って霧散していった。首は無くなり、無事祓うことが出来た。
「ふぅ・・・これで終わりですね」
「・・・この度のご無礼、大変申し訳なく思っております」
そう言って自分の前に跪いた。
「神堂様にはどうか、我がカーガル国をお救いなさるようお頼み申し上げます」
先程とは違い下手に回っていた。こういうことが出来るようにならなきゃ使いなんて出来ないのだろう。
「彼の力を借りるなら、相応の報酬が必要です」
そう言ってツラナギが一歩前へ出た。
「あなた様は?」
「私はツラナギと申します。彼の師匠と言う立ち位置ですね」
「な、何と!?では、あなたも不死の生物を倒せるのですか!?」
「残念ながらそうはいきません。私は魔法を教えているだけですから」
ツラナギ等曰く、自分一人が祓う事が出来ると言う風にしていれば需要が増し報酬も高く付くことが出来るのだそう。それを見越して今回は祓えるのは自分だけと言う様に合わせている。もちろん、一人ではまだまだ危険なので手伝ってもらうが。
「ところで・・・彼を貸し出す代わりに報酬を貰いたいのですが」
そこだけ聞くと悪徳商人の会話に聞こえなくもない。
「何がお望みでしょうか?」
「我々はスサノオと言う人物を探しておりまして、その捜索にご協力いただけないかと」
「人探しですか・・・我々だけでは判断できかねないので、一度我が国へ来てもらうか暫くの間こちらで待ってもらうかになりますが、どういたしますか?」
「そうですねぇ・・・皆さんはどうします?」
そう言ってこちらへ問いかけてきた。
「こちらも色々と準備があるので待たせてもらおう」
シナツヒコがそう言いタケミカヅチも自分も反対しなかった。
「そういうわけで、我々はここで待たせてもらいますよ」
「・・・わかりました。それでは、スサノオという人物の捜索を報酬としてよろしいですね?」
「ええ。それでお願いします」
「こちらこそ。王の良き返事が貰えるよう努力いたします」
そう言って使いの者は下がっていった。
「では、我々もこれで失礼します」
そして自分たちは屋敷へと戻っていった。
屋敷へ戻るや否や祝詞の鍛錬をさせられた。祝詞を形にする事は出来ているので、後は質を高めるだけらしい。
「そうそう。その調子」
形にはなっているのだが、質を高めることは困難だ。質を高める鍛錬だが、体を動かしていないので鍛錬になっているのか不安になってくる。だが、疲れるのも事実であり鍛錬になっているのだと思うようにしている。
「・・・ふむふむ」
ツラナギは自分の考えを読んだらしく、何かを納得して続けてこう言った。
「道影君は実践経験だけで何とかなりそうですね」
そうツラナギが笑った。その表情は何時にも無く不気味だった。