休息
禍津炎猿討伐から一週間後。自分がこの世界に来てから一月は経つ頃に、次の旅立ちの話しをした。
「確かに急ぐ必要はあるのですが・・・」
「急がば回れと言うやつだ。今のお前では無理がある」
「それに東に行ったって情報だけじゃ、無駄足で終わるだけかもしれんしな」
自分は今もあまり動けないでいた。その理由は、祝詞を唱えた負荷が大きすぎたからだ。
通常の祝詞なら問題ないのだが、今回は禍を祓う為に唱えた。素人が玄人の真似をすれば危険であり、それ相応の負荷が掛かるのは当たり前のことだ。
「まぁ、スサノオ探しはもう少し情報を集めねばなりませんので、あなたはしっかり休息することに専念するように」
そう言って外出禁止令が出された。いつもなら、これくらい平気だとか言うツラナギ達なのだが今回は心配してくれているらしい。
「それほど今のお前さんのはボロボロって事だ。スサノオ探しに関しては、もっといい情報が来るまで暫く待機する予定だったし丁度いい機会だな」
「タケミカヅチの言う通りだ。休息も鍛錬の一部だと思って体を休めておけ」
休息も鍛錬の一部。それは一刻も早く治せという事か。
「・・・わかりました。確かに今の自分じゃ足手まといになりますし、申し訳ありませんが休ませてもらいます」
「素直でよろしい」
そう言って三人は出ていった。自分が立ち上がろうとして倒れそうになった所をアリスが助けてくれた。
「ありがとう、アリス」
お礼を言い、やっぱり安静にしていた方が良いと自分でも実感できた。今の自分にとっては、祝詞は諸刃の剣だ。禍を祓う事は可能だが負荷が相当なものになっている。どうすれば強化出来るのか、その事で頭がいっぱいになっていた。
取り敢えずは、安静にしてから考えよう。そう思い眠りについた。
朝になり、体調も良くなったのでウォーミングアップの為にランニングを始めた。
早朝なので人一人見かけなかったが、偶には良いものだと思いながら走り続けた。今回は魔法を使わずに走っていたので、普段より長い距離を走ることが出来た。
軽く息が上がってきたため切り上げた時には、二時間経過していた。チラホラと店の準備に取り掛かる人や警備の人などすれ違いながら帰宅していった。
「おはようございます。旦那様」
「おはようございます、ソフィアさん。朝食は何です?」
「今日はパンとオムレツ、ベーコンにサラダとなっております」
この世界の朝食の定番だ。別に悪いとは言わないが、そろそろ米が欲しくなってくる。だがこの世界、と言うよりこの国には米が無いのでそこは我慢していた。
「具合はどうですか?」
「概ね治ったので大丈夫ですよ」
どうやら他の執事やメイドも心配していたらしく、迷惑を掛けてしまったようだ。
「それなら良かったのですが・・・無理はしないでください」
「それが出来たら良いんですがね・・・」
あの時、無理をしなければ勝てない相手だったので後先考えずにやってしまった。結果、皆に迷惑を掛けてしまい、もっと強くならなくちゃと思った。
「まぁ次からは迷惑を掛けないようにするから」
「迷惑だなんて思っておりません。ただ、私もアルもあの時に倒れたことが心配でして・・・」
あの後3日は眠り続けていたらしく、動きもしなかったので心配してくれていた。
「心配してくれてありがとうございます。ですが、これから先もっと危険な事が起こると思いますので慣れて下さい」
「それはちょっと無理ですね・・・」
冗談まじりに言いながら他愛ない会話が続いた。
「それでは私はこれで失礼したします」
「引き止めてすみません。自分が言うのも何ですが頑張ってください」
「ありがとうございます。それでは朝食の準備に取り掛かりますので、食堂でお待ち下さい」
一礼し、ソフィアさんはその場を後にした。
「シャワーでも浴びるか」
ランニングして程よく汗をかいたのでシャワー室へと向かっていった。
特に何事もなくシャワーを終え、食堂に向かった。
食堂にはツラナギ等三人とフェリックスさんにソフィアさん、他のメイドと執事達が待っていた。
「どうやら良くなったようですね」
「ええ。眠っているだけで治るのも加護の力ですかね?」
「それもあるだろう。だが、君が今まで鍛錬した成果も入っている」
「今回の件は良くやったな。褒美として新しい鍛錬を授けてやるよ」
「それはちょっと・・・」
そんな会話をしながら食事をした。
何事もなく食事が終わり、新しい鍛錬の事を聞いた。
「それはですね、精神力の向上ですよ」
精神力。この世界では魔力のことなのだが、敢えて精神力と言うからには魔法の鍛錬とは別のものなのだろう。
「簡単に言ってしまえば、祝詞を使っても倒れないようにする為にする訓練です」
今の自分では祝詞を唱えるための精神力が足りないらしく、それを向上させるためにするそうだ。
「でも、魔力と精神力って一緒なんじゃ?」
「そうですね・・・ただ、魔法と祝詞じゃ精神力の使い方が違うので、そこを勉強するための鍛錬だと思えば良いですよ」
そう言って食後の紅茶を嗜んでいた。因みに自分はコーヒー派だ。
「じゃあ、使い方さえ分かれば、倒れずに禍に対抗する手段を得られるわけですか?」
「そういうことです。ですが、この鍛錬は今以上に厳しいものとなっているので、先に今やっている鍛錬が終わってから教えます」
どうやら、2つのことを一緒にやれないほど、祝詞の鍛錬は辛いものらしい。
「いえ。出来ないことはないのですが、道影君の場合、基礎基本が出来てないのでそこから教えているわけですよ」
数学で例えるなら、掛け算を知らずに方程式を答えよと言っているものらしい。確かに、それでは方程式なんか解けない。自分はまだまだ未熟ということだろう。
「例え、今すぐに出来なくと、経験を積んでいけば出来るようになりますよ。ですが、それだけでは勝てるわけではありませんがね」
禍を祓うためには祝詞だけでは意味が無いらしい。今はその事を理解できないが、もしかしたら理解できる日が来るかもしれない。だから、今は焦らず目の前のことに集中するように言われた。
「分かりました。けど、もし禍が立ち塞がってきた時のために一つだけでもいいので教えてください」
前回のようにファイアエイプだけならまだしも、狼がやってきた場合に備えて何か策の一つは教えてほしかったが心配には及ばなかったようだ。
「狼のことでしたら私達が祓いましたので大丈夫ですよ」
「え?」
「あの狼はな、何度も傷つき喰らい成長しすぎててな。これ以上は放っておくわけにはいかなかったので、私達が祓った」
「あの時、お前さんの祝詞に反応して近づいてきてたからいい判断だったな。あれはお前さん達の手に余るものだったぞ」
そう言って、あの狼がドラゴン以上に強いことを知らされた。直感を信じて逃げたのは正解だったようだ。
「そんなに強くなっていただなんて・・・」
「そうですね・・・禍を纏ったものが今後現れた時には、祝詞ではなく祈りを込めた魔法で全体を焼き尽くして下さい」
そう言って、一つだけ対抗する手段を教えてくれた。これだけでもだいぶ違うだろうと思い感謝した。
三日後。体はもとに戻り、精神力の鍛錬をすることになった。講師はツラナギだ。
「魔力はタケミカヅチの鍛錬で充分に育っているので、禍を祓うための精神力の使い方を説明しますね」
そう言って説明をしだした。
「祝詞は、ただ言の葉にするだけでも効力はありますが、禍を祓うためには精神力を必要とします。魔法とは違う使い方なので最初は難しいと思いますが、慣れれば今の貴方にも使えるようになります」
「なんで使い方が違うんですか?」
「魔法は魔力の具現化ですが、祝詞は魔力を展開させるのです。この違いは道影君も体験したように、祝詞は魔法陣が敷かれ、その範囲が魔力の消費となります」
つまり、魔法陣が広ければ広いほど消費する魔力が大きい。自分が使った祝詞は強力であり、加減を知らなかったから魔法陣が大きくなり消費が莫大になったらしい。
「じゃあ、魔法陣の範囲を狭まれば問題ないということですか?」
「それも一つの手ですが、もう一つあります。それは魔力の質です」
魔力には、量と質が存在する。例え量が多くても質が悪ければ、使用する魔力も多くなる。逆に少ない魔力でも質が高ければ、使用する魔力は少なくてすむ。
「貴方の場合は量は鍛錬で何とかなっているので、質を高めるためにこの鍛錬をしていただくことになります」
つまり、この鍛錬は質を高め、祝詞の範囲を制御するための鍛錬という事だ。
「理解が早くて助かります。それでは、実際に試してみましょう」
そう言って、祝詞を唱えたツラナギは同じように唱えるよう言ってきた。
「吐普加身 依多女 寒言神尊利根陀見 波羅伊玉意喜餘目出玉」
そう唱え、ツラナギは精神力の制御を優先するよう言ってきた。
精神力の制御。とても難しいが、今までの鍛錬に比べれば何てことはなく直ぐに制御が出来てしまった。
「そうです。その状態を更に凝縮し、拳に込めてみて下さい」
言われた通りに拳に祝詞を移動させようとしたのだが、途中で霧散してしまった。
「大丈夫。最初っから出来るのは神々だけですから」
そういってフォローしてくれたが、何だか悔しく何度も練習をした。
「吐普加身 依多女 寒言神尊利根陀見 波羅伊玉意喜餘目出玉」
失敗失敗、失敗の繰り返しだが、徐々にだが形になっていった。
それを二人が観察していた。
「どう思う?」
「可能性としては十分だ。後はその可能性がどこまで通用するかだな」
そう言って二人は道影の鍛錬を見守っていた。
「そうそう。もう少しですよ」
そう言うが、あと一歩というところで霧散してしまう。やはり一筋縄ではいかない。
「大丈夫。焦る必要はありません。むしろ焦ったほうが遠回りになるので、今のままで十分ですよ」
「そうは言っても・・・」
元いた世界を救うためにも、レンさんを守るためにも自分は強くなくちゃいけない。それを思うと焦りがどんどんと湧いてくる。
「その焦りこそ、最大の難所ですよ」
自分の思いを見抜いていたのかツラナギが助言してきた。
「焦っていても仕方ありません。大事なのは成功を思い浮かべ、何をするかです」
そう言って、今日は終わりにした。通常の鍛錬に比べ遥かに時間は短いが、疲労感は通常の倍以上だ。その事を知っていたのか、ツラナギは今日はお終いと言って切り上げてくれた。
完成まではあと一歩だが、その一歩が程遠い。だからこそ焦ってしまう。あと一歩なのにどうして完成しないのだと・・・
部屋で悩んでいると、アリスが手を握ってきた。どうやら考えていることが顔に出ているらしい。
大丈夫だと返事をし、手を離したアリスに聞いてみた。
「自分って頑張ってると思う?」
そう聞いたらアリスは、拍手をした。どうやら頑張っていると伝えてくれているようだ。
「・・・ありがと」
そう言ってアリスの手を握りしめ、悩みを打ち明けた。
「自分がこのままじゃ、駄目だとは分かっているんだけど・・・このまま鍛錬を続けても守れる自信が無いよ」
アリスは手を動かさず、黙ったままだ。自分が次の言葉を言うのを待っているかのように。
「もし、このまま鍛錬を続けても守れなかったらと思うと怖くて仕方ないんだよ。それを払拭するために鍛錬に励んでいるんけど・・・」
自分は大切なものを守れるのか不安で仕方なかった。
あの禍を帯びたファイアエイプにすら苦戦する始末で、どうやってこの先乗り越えられるのか。レンさんを守れるのか。不安で一杯だった。
その時、よしよしと頭を撫でられた。彼女なりの気遣いだろう。
「・・・」
暫く、そのままでいた。そうじゃなきゃ不安で押しつぶされそうだったから。
「ありがとうアリス」
暫く撫でてもらっていると、ようやく落ち着いた。どうやら自分は定期的に不安に押し潰されてしまうらしい。なんとも情けない。
そんな事は無いとアリスは訴えているが、自分の中では納得がいかない。もっと身も心も強くなくちゃならない。その思いを胸に夕方のマラソンを始めた。
マラソン自体には精神力とは意味がないが、やらないよりはマシなので走ることにした。走って不安を取り除き、基礎体力も向上出来る。今の自分にとって一石二鳥だ。
王都を二周したところでギルドに立ち寄ってみた。その理由は、また禍を纏っている魔獣がいないか確認するためだ。
「おっ!死神が来たぞ!」
禍を纏ったファイアエイプは不死の力を宿していた。それを討伐した事で死神と呼ばれるようになっていた。
「だから死神じゃないですって!」
ドラゴンスレイヤーや死神とまるで中二の呼び名で呼ばれて恥ずかしかった。確かに、ドラゴンを討伐したし祓いが出来きて不死だったファイアエイプを討伐したので、間違っちゃいないが・・・
「次は何の称号が手に入るんだろうなあ?」
「称号も何も勝手に言ってるだけじゃないですか!」
紹介が遅れたが、話しているのはローガンさんだ。彼は歴戦の冒険者でその名を馳せていたが、ドラゴンを討伐した者が現れたと聞きつけここへやってきたらしい。
「ハハハ!で、今日は稼ぎに来たのかい?」
「いや。前みたいなのが出ていないか確認しに来ただけですよ」
「やっぱり死神じゃねえか」
「だから違いますって!」
そんな他愛ない会話をし近隣の事を聞いてみた。
「それで、各国に同じような感じのやつは出てますか?」
「さあな。俺がいた国にはそんな情報は出てこなかったがな・・・」
そう言って一拍置き
「なんでも東の国、カーガル国には魔獣だけじゃなく人までもが化物になっているって情報だ」
「ローガンさんは見てみましたか?」
「俺が行った時にはただの国だったからな・・・今はどうなっているか分からねえな」
そう言って果汁酒を飲み干した。
「で、だ。近頃カーガル国の使いがお前さんの所に来るらしいぞ?」
なんでそんな事を知っているのか聞いてみると各地に情報屋が存在するらしく、ギルドでは伝えられない情報等も売ってくれるのだそう。ローガンさんはその有名さから無料で教えてもらうことができるらしい。
「正直言って、あのタイプの討伐はまだ早いんですよね・・・」
「つまりあれか?魔力消費が莫大で力尽きるのか?」
「そんなところです」
ローガンさんは自分の言いたいことを理解してくれるので助かる。こういう所はアルも見習ってほしいところだ。
「で・・・嬢ちゃんも連れて行くのか?」
嬢ちゃんとはレンさんの事だ。受付嬢を恋人にしたと聞いたらさぞ驚いていたようだ。ローガンさんはあまり驚かないので見てみたかった気もする。
「レンさんは付いてきますよ。そう言う誓いですから」
「誓いねぇ・・・」
そう言ってローガンさんは虚空を見つめた。どうやら昔何かあったのかもしれないが、自分のことは話さない主義らしく聞いても答えをはぐらかされてしまう。
「お前さんなら大丈夫だろ!」
そう言って笑いながら肩を叩かれた。
「何か引っ掛かる言い方なんですけど?」
「なんでもねえよ!ハハハ!」
やっぱりはぐらかされてしまう。こちらも余計な詮索はしない様にしているが気になる。
「全く・・・それで、それ何杯目なんです?」
「あ?10は超えてっかな」
果汁酒は度数はあまり高くないらしいが10杯は飲み過ぎだ。肝臓に悪そうだし止めるように言ったが、これが生きがいだと言って更に飲み始めた。それにしても全然酔わないのは凄い。
「それじゃあ、自分はもう行きますね」
「おう!何かあったらまた教えるわ」
「出来れば良い情報をお願いしますね」
そう言ってギルドを後にした。