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決着の時、誰何は己に

茜との決闘は、もう勝敗が見えていると言っても過言ではない。

圧倒的経験の差、実力の乖離。

万に一つも、ボクに勝ち目は無いのだ。

そう、初陣で指揮官を倒したのは、ボクではない。

あれは、ボクの中にいるボクでない誰かがやったことであり、間違ってもボクの力ではないのだ。

だから今、茜に猛攻を許し、防戦一方になっている。


「どうした、先の戦場の勇壮と蛮勇はどこへ消えたのだ!」


その勇壮も蛮勇も技量も強さも、全て他人のものだ。

……だけど、ここまで言われると、ボクだって悔しい、一矢報いるくらいは、してやらないと。

待つ。

ボクの奥の手は、タイミングが重要だ。

その奥の手でも、本当に、一撃入れられるかどうかだ。

慎重に、かつ見極めを間違わないように。

茜の連撃は斬撃が中心だ。

それは相性が悪い。

凌ぐ、凌ぐ、凌ぐ。

相手の予測から外れて、一手先を凌ぎ、二手先へと駆ける。

そうして、茜が決めの一手として繰り出した突きを、決めていた二手目で、躱す。

後ろに体を傾ける。

それだけなら、眉間に剣が当てられ、勝負は決しただろう。

だがそれは、地上での話だ。

ここは空、何もかも自由で、人がずっと手を伸ばしてきた、危険で、届かぬ理想郷。

ボクは反重力装置の足以外の部分を無効にする。

そうすればボクの体はさながらコンパスだ。

ぐるりと半回転し、反重力装置を入れ直して、背後を取る。

これこそ趣味の空中散歩から編み出した秘技、

ニュートン・コンパス。

万有引力と、それに逆らうボクらの仕組みを活かした、1度しか通じることのない奥の手である。

刀を振り上げ、首に落とす。

いける、勝てるぞ、この勝負。


「いや、甘いな、凡夫よ」


読まれていた、それも、完全に。

完全に、無駄なく打ち出された投擲用ピック。

本来効かないそれに驚き、ボクの腕の速度が落ちた。

この剣は届かない、咄嗟に防御体勢を取る。

刀の上から振り下ろされる双剣。

ダメージこそほぼ無いが、もう、次の手が無い。

会場は盛り上がっているが、もう、誰かの声援に応えることは出来ないのだ。


「あーっ、惜しいなぁ!刀をもうちょい上手く振ってれば、決まってたぜ、今の!」


簡単に言ってくれる、あれはボクが出来る最速の攻撃だったのだ。

あれ以上、無駄なく振るのは、ボクには不可能だ。

ああそうだ、降参すれば良いじゃないか、そうすれば、この戦いは終わる、命の取り合いじゃないんだ、エキシビション、もう会場は温まったのだから、ここで辞めても、良い……。


『君が辞めるなら、僕は行くよ、いいかい、それで』


どうにでもするがいい、なんにしろボクはもう、戦わない。


『君がもう少しやる気をもってくれれば、やりやすいんだけどね、それじゃ、借りるよ』


自我が、薄れる。

自分が自分でなくなって、消えていく。

ボクは、『僕』になる……。



***



さて、彼は眠って、というか眠らせてしまったのだが、久々の娑婆だとはしゃぐ気にはならない、目の前にいる、調子に乗った後輩に、お仕置きをしなければならないのだから。


「ほう、雰囲気が変わった、成程、どういう道理かは知らぬが、お前はお前でなくなったようだな。ふむ、そういうことか」


茜はそういう直感に優れてる子だったな、この子に勝負を仕掛けたのも、勘に身を任せたのだろう。


「でもね、君は勘が良すぎて、それに頼りすぎてるとこがあるよ」


「貴様……!知った様な口を聞く!その声、その口調!余を、あのお方を愚弄しているのか!」


いや知ってるんだけどなぁ、ま、通じるはずもないか、見た目は全然違うし。


「わかった!君の怒り、この剣で受けてみせよう!」


翔ける。

茜は強い、油断をするわけにはいかない。

でも、僕は君の全部を知っているよ、茜。

僕は最低限の動きで茜の周囲を飛び回り、攻撃を加えていく。

流石の茜、ある程度はついてきている。

でも、僕の攻撃は確実に当たって、削っている。


「くっ、この、羽虫がぁっ!」


ヒュン、と両の剣を投げる茜。

正面から受ければ想定外の威力に苦しむはめになるが、慣れればすこし力を加えて、逸らすだけで後ろへ飛んでいく。


「そうやって苦し紛れになんでも投げるのも駄目だよ、茜」


近づき、首筋に刀を当てる。

茜は憤怒の表情を緩め、僕の頬を撫でた。


「まさか、本当に、柘榴さん……?」


混乱させるわけにはいかない。

僕は微笑み、人差し指を唇に当てて、黙っといてね、というジェスチャーをした。

茜は1粒だけ涙を流し、


「参りました」


自身の敗北を認めた。


「試合終了ー!勝者は野苺!くーっ、終わるなこの感動!覚めるなこの熱狂!」


おや、夕顔……上手くやってるみたいだな。

さ、そろそろ返してあげないと。



***



気がつけば、ボクは表彰台、それも1位の高さから、仲間達を見下ろしていた。

ああ、ああ、そうだ、ボクがやったんじゃない。

ずるい、卑劣だ、最低だ。

違う誰かの力を借りた、1人ではなく2人で立ち向かった。

ルール違反ではないだろう、でも、明らかにやってはいけないことだ。


「それでは、優勝者に、賞品が授与されまーす!」


賞品?いけない、ボクは何も貰ってはいけない。

この場にいてはいけない、讃えられてはいけない、生きていては、いけない。


「野苺様?どうかなされましたか?……野苺様!?」


ボクは誰の顔を見ることもなく、咎めるもののいない大空へと逃げ出した。

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