挑戦者、灼熱の男
今度こそ起き上がった。
時刻は午後3時、あれから更に4時間も眠っていたらしい。
隣では、まだ藍が静かに寝息を立てていた。
起こさないようにそっとベッドから降りようとして、服の裾を藍に掴まれていることに気が付いた。
「んん、野苺、様……お側に……」
はいはい、お側にいますとも。
普段から、これだけ愛嬌があればいいのだけど、如何せんいつも仏頂面で表情に可愛げが無いのがよろしくない。
藍色の髪と瞳、身にまとった和服。
ボクは金髪に青い目で、顔立ちも外国人みたいだから、刀なんかは藍が持っていた方が映えると思う。
いや、皆が武器を持たないで良いような世界にするのが、ボクの最終目標であるのだけれど。
と、藍が寝返りを打った。
ボクの服から手を離さないものだから、折角の和服が着崩れる。
……このままだと肌蹴てしまう、のだが、和服の構造に詳しくないから、下手に手を出すと、更なる惨事になってしまうことだろう。
ということで申し訳ないが起きて貰おう。
「ほら、藍、起きて、起きないと色々大変なことになるから」
「んぅ……?野苺、様?」
目を擦りながら、藍がのそのそ起き上がる。
最悪の事態は回避出来たが、それでも鎖骨や肩が見えていて、ちょっと刺激的に過ぎる。
「着物、直して、じゃないとお互いに良くない」
赤みがかった顔、所々から覗く、白い肌。
藍を作った人はハイレベルの変態なのではなかろうか。
というか開発したという天才が天才的に変態だったのではなかろうか。
それくらい人間と変わらなくて、色気がある。
「野苺様、こういった状況を、据え膳というのではないでしょうか、据え膳食わぬは男の恥という言葉もありますよ?」
「良いから服をキチンとしてきなさい、女の子じゃそんな格好じゃだらしないの!」
藍は何故か不機嫌そうな顔をしてから、ボクに見えないよう風呂場へ行った。
こういう時だけ妙に表情豊かなのは、ずるいと思う。
さっきの光景が、真実忘れられない。
まさか全て計算されたことだったんじゃないかと、あらぬ妄想が脳裏を過る。
いけない、これじゃ藍に合わせる顔が無いではないか。
「野苺様、お待たせしました」
意外に早く来られてしまった。
「藍、予定変更、ちょっと散歩しよう」
言って窓を開け、外へ文字通り飛び出した。
あぁ、空を見ていると、全部忘れられる気がする。
藍のあの格好も、ボクの中にいる誰かのことも。
空は自由だ、邪魔をするものは、何も無い。
許されるなら、どこか誰も知らない場所まで飛んでいきたい。
でも、定められた区域から出ると、強制的に移動を停止させられる。
ボク達は人より強い存在だ、人間が普通に使う兵器では、勝てる道理が無い。
そのために、拠点に隔離され、檻の中の自由で満足するように仕向けられる。
「野苺様ー……っ!?危ない!」
急に送られた危険信号に驚く。
咄嗟に藍の方へ振り向いて、戦慄した。
藍が、ボクに銃を構えている。
ずっとボクの言うことは聞いてくれていたあの藍が、ボクを撃とうとしているのだ。
知らず知らずの内に、ボクは藍をそこまで追い詰めていたのか、なら、仕方が無い。
無情に引き金が引かれる。
ボクの注意を引いて、確実に当ててくる。
なんだ、藍もやるようになったじゃないか。
「もう、心配ないな……わぷっ!?」
妹のような友人の成長に感動しようと思ったら、右から突如襲撃してきた謎の液体に阻まれた。
「このっ、なんだ、これっ……!」
原因を突き止めようと、空中でもがく。
すると偶然、何かが手に入った。
銃弾で撃ち抜かれたせいで、ひしゃげているが、この赤を大胆に使ったカラーリングは、最も有名なあの炭酸飲料の缶ではないか。
何者かが、これを良く振った上で、ボクに投げ付けたのだ。
「誰だ、こんなのを投げ付けたのは!」
周囲を見回す、だが犯人の姿は見あたらない。
「ふふ、はは、フハハハハハハ!」
完璧な悪役笑い、これはさぞかし悪逆を重ねてきた人物に違いあるまい……!
「ここだ、新入り」
風きり音が上空から2つ、投擲用のピックだ。
反射的に弾けば、自然とそいつが視界に入る。
「フハハハハハハ、凡百の雑魚が、余の顔を見、声を聞き、会話が出来ることを、光栄に思うが良い!」
「き、貴様は……!?誰?」
知らない人だ。
まぁそうだよね、ボク記憶飛んでるからここのメンバーの顔と名前とか覚えてるわけないし。
逆立った赤毛と金色の瞳とか、1度見たら忘れなさそうだけど、お酒って怖い。
「くくく、知らぬのも無理は無い、我が名は魔王クリムゾン!貴様に制裁を与えに来たのだ!」
ボクもノリがいい方だと自負しているけど、この人凄いな、完全になり切ってる。
感心していると、新たな飛来物が、クリムゾンとやらの後頭部を直撃した。
「あいだぁっ!」
凶悪な攻撃力を持ったそれが、ボクの手に落ちる。
カナヅチだ、これはエグい。
いや、ボク達には効かないけど、痛覚をオンにしていると、痛いのは痛い。
「野苺様、これはどういう状況でしょうか」
「わかんないから様子を見よう」
「承知しました」
しばらく悶えるクリムゾンを見ていると、彼の後方から超高速で飛んできた何者かが、大根くらいなら切れそうな威力の手刀をまたもやクリムゾンの後頭部に炸裂させた。
「ぐっはあぁー!」
ボクの手にクリムゾンが落ちてきた。
ここにいるということは仲間なのだろうし、放っておけないので抱きとめておく。
「くっ、くそっ、出たな勇者シアン!またもや余の行く手を阻むかぁ!」
ほうほう、ライバル登場というわけだ、ボクはもう良く分からなくなってきているが、熱い展開ではないだろうか。
「茜、おふざけはやめろ、今度こそ殺すぞ」
あれ、あの人女性だよね、言動が物騒すぎないかな、クリムゾンは勇者って言ってたけど、とても勇者の発言じゃないよね。
「はいすみません、今すぐやめます葵様っ!」
おお、目を回しかけてたのに、一瞬で直立不動の体勢だ、凄い。
で、
「ボクに何か用なの、茜と葵……で良いのかな」
「私は違う、こっちのバカの方だ」
ガスッ、とこれまたエグい音をさせながら茜を蹴たぐる葵。
ひぎぃっ、とかヤバそうな声出してるんだけど。
「あ、あうあう……そ、そーだ新入り、これから余と決闘しろ!」
うん、最初から無視してれば良かったんだな。
「藍、行こう、部屋でゆっくりしよう」
「え?はい、承知しました野苺様」
「ちょ、待て待て待てーっ、最後まで話を聞かんかーっ!」
ボクはうんざりしながら、この茜という男の話を聞くことになるようだった。
藍が言っていたような、穏やかな1日というのは、まだまだ遠い夢となりそうだ。